「このままじゃ……やられる……!」
視界がぐらつく。 さっきの一撃で、肩の骨がきしむ音がした。
俺はなんとか踏ん張って、再びガン・ダガーを構えた。
対峙するのは――帝釈。
まるで空間そのものが、あいつを中心に崩れていくみたいだ。
拳を振るだけで空が裂け、視線を向けるだけで圧が走る。
そんな“異常”を前にしても、逃げるわけにはいかなかった。
「……くそ。こんなひりついたゲーム、はじめてだ」
ここで逃げたら、終わるのはゲームじゃない――仲間の命だ。妹の命だ。
矢神さんも、葉奈も、みんなを救うって、決めたんだ。
俺の取り柄はゲームがうまいだけ。
それでも、いやだからこそ、俺は一歩、前へ出た。
(矢神さんも、きっと……)
あの人も、こんな状況で、何度も戦ってきたんだろう。
誰よりも強くて、誰よりも遠くを見ていた背中。
追いつけるなんて思ってない。でも――
(俺も、そうありたいんだ)
妹・葉奈を救いたい。
仲間を見捨てたくない。
「最強」じゃなくてもいい。
でも、「救える」存在でありたい。
「逃げねえ。絶対にクリアしてみせる……!」
ガン・ダガーのモードを切り替えながら、俺は前へ出た。
銃を先行、剣を後追い。
斬撃で注意を逸らし、射撃で仕留める。
シンプルだが、最短の構え。
左右から交互に刻む刃。
それに反応するように、帝釈がごくわずかに動いた。
――そこだ!
ゼロ距離。照準は胸元、トリガーを引く――!
「……!」
確信と共に、撃ち抜いた。
だが――手応えは、ない。
空を撃ったような、虚無の感触。
「……遅い」
低く響いた声は――背後からだった。
「なっ……!」
どうやって後ろに!?
いや、それすら考える暇もなく――全身に雷のような衝撃。
視界が、真上に跳ね上がる。
背中に衝撃。空気が爆ぜる音。
「ぐあああっ!!」
岩壁に叩きつけられ、肋骨が嫌な音を立てた気がした。
肺が圧迫され、呼吸すらままならない。
それでも。
「っ、まだだ……!」
落下の勢いを殺し、地面に着地する瞬間に転がって体勢を立て直す。
足元がふらつく。だが、構えは崩さない。
ガン・ダガーに再びエネルギーを集中させた。
銃口が熱を帯び、赤く染まっていく。
「――フルブレイク・バレット!」
引き金を絞る。
爆音。
熱風。
閃光。
散弾のように拡散した光の粒子が、帝釈めがけて一直線に収束していく。
必中の間合い。回避不能の密度。
これを受ければ、どんな敵でも――
「……消えろッ!」
だが――
「無駄だよ」
帝釈の右手が、ただ静かに振られた。
その指先がなぞった空間が、まるで膜のように揺れる。
刹那――衝撃波。
まるで空気そのものが反転したかのような重圧。
俺の放ったすべての弾丸が、“面”に弾かれて空中で炸裂した。
「な……っ!?」
光の粒子が霧散し、その一部が跳弾のように逆流する。
俺の視界に、赤い線がいくつも走る。
「ぐっ……!」
肩、脚、脇腹――次々に熱と衝撃が突き刺さる。
体が痙攣し、膝が勝手に折れた。
崩れ落ちるように、地面に片手をつく。
でも。まだ終わってねぇ――!
「……あの程度じゃ、終わらねえよ」
気力を振り絞って顔を上げる。
銃口は焦げ、剣は刃こぼれしていた。
体も限界に近い。
だけど――俺の“ゲームセンス”は、まだ死んでねぇ。
「君、うまいね」
そのとき、帝釈が静かに呟いた。
「うん。やっぱりゲームは楽しいや。寝たきりでも、こんなに生きてる感じがする」
「……は?」
思わず声が漏れた。
「何、言ってんだ……?」
帝釈は俺を見ていない。 まるで、誰か別の場所にいる相手と会話しているようだった。
「この身体なら、まだ“遊べる”。命が尽きるまで、ね」
言葉の意味はわからなかった。
でも、わかったことが一つある。
――この相手は、ただ強いんじゃない。
純粋に戦いを楽しんでいる。
だから、こんなにも“止まらない”。
「……クソっ……!」
だけど、それでも――
「負けられないんだよ、俺は……!」
俺も、止まるわけにはいかないんだ。