――同時刻。
重たい瞼をようやく押し上げると、目の前にあったのは、粗く削られた岩の天井だった。
「っ……くそ……」
俺――黒磯風磨は、見知らぬ場所に拘束されていた。
喉が渇いている。関節の奥がじくじくと痛む。
動こうとしても、手首の硬い感触が俺を押しとどめる。
「まるで……囚人じゃねえか……」
不快な感覚に眉をしかめていたとき――
「ようやく目が覚めた?」
どこか聞き覚えのある声。
ゆっくり顔を上げると、そこには……
「……水上? おまえ……なんでこんなところに……」
洞窟の薄闇の中に立っていたのは、疲れた表情を浮かべた水上凪だった。
そして彼女は――ひとりの少女を抱えていた。
「その子は……」
「……灰島葉奈ちゃん。賢くんの、妹」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に走るものがあった。
「なんで、あいつの妹までここに……」
「ねえ、黒磯……少し、話いい?」
水上の声が、少しだけ震えていた。
「話? それよりも、まず説明を――」
「うん、説明もだけど……たぶん、聞いておいたほうがいいこと」
「……なんだよ、まわりくどいな」
「意地の悪い大人たちは、私たちの戦いをこう呼ぶよね――ウォーゲーム。血の流れない、戦争の紛い物って。だってそうだよ。やってること、ぱっと見はゲームなんだもん」
水上は視線を落とし、腕の中の葉奈の髪をそっと撫でた。
「……でも、私たちがやってるのって本当に遊びなのかな。戦ってるのって、本当に上位存在なのかな」
「……何が言いたいんだ」
水上が顔を上げる。
「ねえ、黒磯。SENETはね。私たちがプレイしているゲームは――……」
* * *
――その頃。
「ここを抜ければ、合流できるはずだ」
俺は双剣と銃を両手に、崩れかけた通路を走っていた。
遠野、浮水、秋月、三輪…… みんな、それぞれの戦場で踏ん張ってる。
俺だけが立ち止まるわけにはいかない。
「待ってろ、黒磯ッ……!」
石壁の裂け目を飛び越えようとした――その瞬間だった。
ドゥン……と空気が歪む音。
嫌な気配。重さ。空間が、押し返してくる。
「……なんだ?」
俺の前に、黒衣の影が立っていた。
髪は長く、顔立ちは整っているのに、どこか“人間じゃない”雰囲気を纏っている。
空間そのものが、その存在を拒絶しているような。
「……誰だ」
呟いたとき、影が動いた。
「帝釈、君を止める者」
短く、ただそれだけ。それだけで、戦慄が走る。
俺はすぐに構えを取った。
「どいてくれる気は、なさそうだな」
返事はなかった。
帝釈が、すっと右手を持ち上げた。
その動作に、風が逆巻く。
「っ……!」
反射的にガン・ダガーを抜き、銃口を向けた瞬間――
ズバンッ!
地面ごと吹き飛ぶような圧力が俺を襲った。
「っぐ……!」
間一髪で飛び退く。
それでも爆風の余波だけで、視界が揺れた。
「……冗談だろ……こんな威力が、牽制の一発かよ……」
俺は歯を食いしばった。
「だが、やれる……はずだ……!」
銃と剣、両方を構えた。
帝釈が、一歩、前に出た。
そのだけで、空間の空気が“沈んだ”。
「来る……!」
次の瞬間、音もなく帝釈が目の前にいた。
かすめるような拳。それだけで、地面がえぐれた。
「っ、速っ……!」
剣で受け止めるが、衝撃が骨まで響く。
「マジで……ヤバい……こいつ……!」
目の前の敵に、理屈じゃない“格”を感じていた。
――このままじゃ、終わる。
だが、今は――まだ引けない。
俺は踏みとどまる。
「負けるわけには、いかない……!」
……その言葉は、届かなかった。
帝釈が静かに手を引く。
それだけで、空気が割れた。
「っ、やば――!」
直撃は免れたが、肩を裂くような衝撃が走る。
地面に膝をつく。
「……なんてやつだ……!」
俺は、体勢を立て直す。ビビっている場合じゃない。
どちらにせよ、こいつを倒さなきゃ、先にはいけない。