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15-6: Those Who Brought War Near(戦争を“近付けた者”たち)

風が止み、訓練場の演算空間がゆっくりと凍結モードへと移行する。

セッション終了の合図だった。

俺は汗の滲んだ戦闘服のまま、仮想世界の岩に腰を下ろす。

ガドラは少し離れた場所で拳を解き、軽く腕を振った。

「お前が倒した敵、覚えてるか?」

「……数え切れない。たぶん、もう五十人以上」

「俺もだ。覚えていない」

ガドラは指を鳴らすと、ホログラムが起動した。

次々と映し出される《脱落済サーバー一覧》の文字列。

「ここに表示されてるのは、“敗れ去った世界の数”だ」

俺の喉が、わずかに鳴った。

「俺が……殺したのか……」

静かに、重く、その言葉は落ちる。

胸を締め付けるような苦しみだった。

勝つことが正義だと、思ってた。だけど、それが誰かの“世界”を奪うことになるなんて……

「いや、違う」

ガドラが首を振る。

「やらねば、やられていた。SENETは、最終的にひとつの世界だけを残す設計……受け入れるしかない。受け入れて、進むしかないんだ」

そして、俺に背を向けた。

「臣永がよく言ってた。“勝者の責任は、敗者の分まで戦い抜くことだ”とな」

それは、かつて俺が見た、あの人の背中と同じ言葉だった。

「プレイヤーってのは、ただ勝てばいい存在じゃない。 “なぜ戦うか”“誰の未来を守るか”を選びながら、それでも進む。だから、俺たちは選ばれた」

ガドラの拳が、無言で宙を突く。 その拳の重さを、俺は今ようやく理解し始めていた。

「でも、俺がこれまで倒してきた相手の中にも、きっと“守るため”に戦ってた奴らがいた」

拳を握る。 世界の命運を、無意識に引き寄せていた自分の手に、僅かな震えが走る。

「俺は……どうすればよかったんだよ……」

「答えなんてない」

ガドラは、そう言って俺の肩を軽く叩いた。「でもな、一つだけ確かなことがある」

「……?」

「“終わり”が近づいた今だからこそ、俺たち“残された者”にしかできないことがある」

「それは……?」

「“戦争の終わらせ方”を選ぶことだ」

ガドラの目には、有無を言わせない説得力があった。

「誰も傷つけずに終わらせる方法なんて、きっと存在しない。だが、傷ついた後で何を守るかは、お前が選べる」

「俺が……選ぶ」

「そうだ」

「でも、そんな責任、重すぎる……!」

思わず声を荒らげる。 だが、ガドラは笑っていた。

「だったら、まずは“誰となら一緒に背負えるか”を考えろ」

「……誰と」

「拳だけで戦場を渡るやつは、どこかで折れる。だが、隣に仲間がいるなら、道は続く」

ガドラは空に向かって拳を掲げた。

「臣永はそうしてきた。俺も、そうやってきた。そして、お前にもそれができると信じてる」

言葉の奥にある熱は、教訓ではなかった。 これは、ガドラ自身が幾度も戦場で叩き込まれてきた“真理”だった。

俺は目を閉じた。 そして、ゆっくりと頷いた。

「俺……もう一度、自分の“理由”を探す。今度は、誰かのために、じゃなくて、俺自身の答えを」

「それでいいさ。自分のために戦えるやつが、最後には“誰かを守れる”ってもんだ」

ガドラは、再び拳を振り上げた。

「だから、立て。選べる者として、最後まで戦え。背負った数だけ、踏み出す一歩に意味が生まれる」

俺は、静かに立ち上がった。

(あのとき、黒磯を救えなかった) (けど――次は、救う)

俺の戦いは、まだ終わっていない。

そして今ようやく、“始まった”とも言えるのかもしれなかった。


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