訓練の終わり際、空気が変わった。
数字の舞う演習場の中心に、ガドラは足を止め、腕を組んだ。
「そろそろ詳しく話しておくか。“この戦争”の正体を」
俺は水筒を傾けながら、彼の横顔を見た。
「……“正体”って?」
「俺たちが今いる世界。その座標軸を、
「α世界……」
「そうだ。ゲーム世界という意味じゃない。本当に“世界そのもの”を管理している情報層だ」
ガドラは足元に指で印を描いた。
「ここ、α。隣にβ、γ、Ω……と、無数に“世界”が並列してる」
その印が連なり、地面に円環が浮かび上がった。
仮想空間であるはずなのに、まるで重みを持って刻まれるような錯覚。
「そして、SENETは“その座標間”を繋ぐ装置なんだ」
「……繋ぐ? どういうことですか」
「つまり、俺たちがプレイしているSENETは――この戦いは“並行世界の代表者たち”が、世界ごとぶつかり合うトーナメントなんだ」
思考が止まる。黒磯の言っていたことが頭によぎる。
「俺たちは……“この世界”の代表……?」
「そう。お前も、黒磯も、俺も、矢神も。みんな、真の意味で、この世界の命運を担う《プレイヤー》だ」
「じゃあ、あの“神徒”ってやつらは……」
「他のサーバーの《プレイヤー》たちさ。視覚情報がいじられていて、人には見えないがな」
ぞくりと背筋が冷える。
「最初から、戦わされていたのか……?」
「そう。これは“上位存在が催したゲーム“だ。そして、“最後の世界”だけが、生き残る」
俺は無言で拳を握った。
「……じゃあ、もし俺たちが負けたら」
「この世界は、“切り捨て”られる」
「そんな理不尽な……!」
「理不尽だ。だから、俺たちは戦ってきた。矢神も、ヴァレンティナも、俺も」
ガドラの目に、熱が宿る。豪放な態度の奥にある、譲れない誇り。
「臣永は、その意味を“最初に見抜いた”男だった」
「矢神さんは……この仕組みを知ってた……」
「だからこそ、敵を“倒しすぎなかった”。臣永は、全体のバランスを維持しながら、可能性を残し続けた」
「可能性……?」
「一つでも多くのサーバーが“存続する”道を探っていたんだよ。臣永は最後の瞬間まで、誰も見捨てなかった」
俺の胸に熱いものが込み上げてくる。
(だから、あんなに迷いのある目をしてたんだ)
「お前はどうする、灰島賢。お前は“誰のために戦う”?」
その問いに、俺は答えを出せなかった。 まだ、答えが揺れている。
だが、その揺れもまた──“前に進むための揺らぎ”なのだと、ガドラは言った。
「答えが出なくてもいい。だが、拳を止めるな。それだけは、矢神から託されたものだろう」
彼の言葉は、豪放で熱く、けれどどこまでも優しかった。