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15-4: The Veil Lifted(見えなかったもの)

――SENET内秘匿サーバー。

秘匿サーバーには、昼も夜もなかった。

電子の風が吹き抜ける仮想空間。そこに重力も摩擦も存在せず、ただ無数のデータノードと圧縮された演算世界が広がっていた。

その中心で、吠えるような声が響き渡る。

「立て、灰島賢。まだお前は“今”を生きてない」

ガドラ・ホリシャシャ・エンコシ。

戦場を統べる南の獅子。

陽気で豪快。だがその拳には、一切の甘さはなかった。

「くっ……!」

仮想空間でも、痛みは“限りなく現実”だった。 膝をついた俺に、ガドラは容赦なく追い打ちをかける。

「敵の攻撃を“読み違えた”のはなぜだと思う?」

「……見えてなかった」

「そうだ。もっと言えば、お前は“見ようとしてなかった”」

汗が、意識の底から滲む。 これは訓練じゃない。 矢神臣永のようになるための、戦場の再現。

「いいか、賢。俺たちはプレイヤーだ。SENETは遊戯だ。自然発生したものではない。そこには全てのものが、“明確な意図を持って設計されている”」

「設計……?」

「そうだ」

ガドラが指を鳴らすと、視界に一枚の画面が投影された。

【TARGET: Ex.024-G / 近接型 / スキル傾向: 衝撃・破壊】

データウィンドウ。 RPGのように、敵の名前、傾向、能力値が記されたステータス表示だった。

「これは……」

「お前の視界にも、今からそれが“見える”ようにしてやる」

俺の目の前に、無数の演算データが開いていく。

「おまえは今まで、ただ“戦っていた”だけだった。初見の敵に、無策でぶつかって、力で押し切ろうとしてた」

「……だから負けた」

「そうだ。だが、これからは違う」

ガドラが拳を構えながら、声を強める。

「相手のステータスを視る。傾向を読み、戦術を立てる。それができれば、戦いは“読み合い”に変わる」

「じゃあ、全部が見えるってことか?」

「いや――すべてが開示されるわけじゃない。中には表示されない領域もある」

俺は目を細めた。

「つまり、確実な情報と、不確実な情報の混在……」

「そうだ。そこを見極めて、戦術を立てるのが“プレイヤー”であり、“プレイヤー”は、世界の再構築者だ」

「いま、おまえはこの秘匿サーバー内でしかステータスが知覚できない。だが、ここで眼を鍛えることで、外でも視えるようになる」

「慣れる……? どうやって?」

「こうやってだ!」

ガドラの拳が、虚空に向かって炸裂する。

「……ぐっ!」

【TARGET: Ex.024-F / 近接型 / スキル傾向: 炎熱・衝撃・破壊】

「どうだ! 視えなきゃ死ぬだけだぞ!」

ガドラの拳が、虚空に向かって炸裂する。

「俺や矢神に視えるものが視えなければ、その差は一向に縮まらない!」

ズドン!

「眼を凝らせ! 灰島賢!」

衝撃波のようなパンチが、シミュレートされた敵影を粉砕する。

仮想空間の演算が乱れ、敵のコードが霧散していく。

その様子を見て、俺は息を飲んだ。

「どうした。立て。コードの壁を、知識の殻を、迷いの霧をぶち破れ」

俺は頷いた。

「わかった……やってやる」

集中する。

すると、視界の隅に青いステータスウィンドウが浮かび上がった。

【TARGET: Ex.024-F / 近接型 / スキル傾向: 重撃・破壊】

「重撃……! なら、後の隙を狙えば……」

「ふんっ!」

「このタイミング……ここだ!」

ガン・ダガーを片手に、俺は空間を縫うように走った。

ガドラの拳を避け、懐に踏み込む。

「いけえええっ!」

トリガーを引いた。――ドガァン!

「ハッハッハッ! いいぞ! 灰島賢!!」

ガドラの声が響く。

「これで、ようやくお前は“戦場に立った”ってわけだ」

そして最後に、こう呟いた。

「そのまま目を凝らし続けろ。いずれ、俺や臣永の背中が見える。そして見えたなら、あとは“追いつく”だけだ」

俺は立ち上がった。

もう、迷わない。

矢神さんの背中へ。 葉奈と笑う明日へ。 仲間たちといる日常へ――。

新たな視界が、俺の目に確かに“開かれて”いた。


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