――SENET内秘匿サーバー。
秘匿サーバーには、昼も夜もなかった。
電子の風が吹き抜ける仮想空間。そこに重力も摩擦も存在せず、ただ無数のデータノードと圧縮された演算世界が広がっていた。
その中心で、吠えるような声が響き渡る。
「立て、灰島賢。まだお前は“今”を生きてない」
ガドラ・ホリシャシャ・エンコシ。
戦場を統べる南の獅子。
陽気で豪快。だがその拳には、一切の甘さはなかった。
「くっ……!」
仮想空間でも、痛みは“限りなく現実”だった。 膝をついた俺に、ガドラは容赦なく追い打ちをかける。
「敵の攻撃を“読み違えた”のはなぜだと思う?」
「……見えてなかった」
「そうだ。もっと言えば、お前は“見ようとしてなかった”」
汗が、意識の底から滲む。 これは訓練じゃない。 矢神臣永のようになるための、戦場の再現。
「いいか、賢。俺たちはプレイヤーだ。SENETは遊戯だ。自然発生したものではない。そこには全てのものが、“明確な意図を持って設計されている”」
「設計……?」
「そうだ」
ガドラが指を鳴らすと、視界に一枚の画面が投影された。
【TARGET: Ex.024-G / 近接型 / スキル傾向: 衝撃・破壊】
データウィンドウ。 RPGのように、敵の名前、傾向、能力値が記されたステータス表示だった。
「これは……」
「お前の視界にも、今からそれが“見える”ようにしてやる」
俺の目の前に、無数の演算データが開いていく。
「おまえは今まで、ただ“戦っていた”だけだった。初見の敵に、無策でぶつかって、力で押し切ろうとしてた」
「……だから負けた」
「そうだ。だが、これからは違う」
ガドラが拳を構えながら、声を強める。
「相手のステータスを視る。傾向を読み、戦術を立てる。それができれば、戦いは“読み合い”に変わる」
「じゃあ、全部が見えるってことか?」
「いや――すべてが開示されるわけじゃない。中には表示されない領域もある」
俺は目を細めた。
「つまり、確実な情報と、不確実な情報の混在……」
「そうだ。そこを見極めて、戦術を立てるのが“プレイヤー”であり、“プレイヤー”は、世界の再構築者だ」
「いま、おまえはこの秘匿サーバー内でしかステータスが知覚できない。だが、ここで眼を鍛えることで、外でも視えるようになる」
「慣れる……? どうやって?」
「こうやってだ!」
ガドラの拳が、虚空に向かって炸裂する。
「……ぐっ!」
【TARGET: Ex.024-F / 近接型 / スキル傾向: 炎熱・衝撃・破壊】
「どうだ! 視えなきゃ死ぬだけだぞ!」
ガドラの拳が、虚空に向かって炸裂する。
「俺や矢神に視えるものが視えなければ、その差は一向に縮まらない!」
ズドン!
「眼を凝らせ! 灰島賢!」
衝撃波のようなパンチが、シミュレートされた敵影を粉砕する。
仮想空間の演算が乱れ、敵のコードが霧散していく。
その様子を見て、俺は息を飲んだ。
「どうした。立て。コードの壁を、知識の殻を、迷いの霧をぶち破れ」
俺は頷いた。
「わかった……やってやる」
集中する。
すると、視界の隅に青いステータスウィンドウが浮かび上がった。
【TARGET: Ex.024-F / 近接型 / スキル傾向: 重撃・破壊】
「重撃……! なら、後の隙を狙えば……」
「ふんっ!」
「このタイミング……ここだ!」
ガン・ダガーを片手に、俺は空間を縫うように走った。
ガドラの拳を避け、懐に踏み込む。
「いけえええっ!」
トリガーを引いた。――ドガァン!
「ハッハッハッ! いいぞ! 灰島賢!!」
ガドラの声が響く。
「これで、ようやくお前は“戦場に立った”ってわけだ」
そして最後に、こう呟いた。
「そのまま目を凝らし続けろ。いずれ、俺や臣永の背中が見える。そして見えたなら、あとは“追いつく”だけだ」
俺は立ち上がった。
もう、迷わない。
矢神さんの背中へ。 葉奈と笑う明日へ。 仲間たちといる日常へ――。
新たな視界が、俺の目に確かに“開かれて”いた。