『はぁー……面倒ね。もう少し察し悪くても助かるのだけど?』
「ふふ、って事は当たってる訳だね?」
『ッ〜〜!そうよ!全身乗っ取れなきゃ前みたいには動けないわよ!これで良い?!』
私の予想が当たっていたようで。
【口裂け女】、その暴走は私に直接的な被害を齎す事はできない。
ならば、私が彼女に掛ける言葉は決まった。
「ねぇ――取引しない?」
『……取引?』
そう、取引だ。
超常の存在であり、データ上の存在である【口裂け女】に対し。
現実の存在であり、アバターを操る私が持ち掛ける取引。それは、
「私の身体、自由に乗っ取って良いから……力を貸して欲しい」
『……貴女、何言ってるか分かってる?』
「分かってるよ?でもさぁ……貴女も分かってるでしょ?私の……私達の状況ってやつ」
自らの身体を担保とした援助の要請。
ライオネルにあんな啖呵を切った手前、制御出来ませんでしたなんて言う事はできない。だが、それに似た状況に、状態に持っていく事なら今だって出来る可能性はあるのだから。
『貴女の身体を全て……それこそ街に居る時に乗っ取れば、その時点で私は近くにいる人間を殺すでしょうね』
「うん。今のままだったらそうなるね。だから条件は流石に決めさせてもらうけど……それでも、【口裂け女】という
何故なら、
「だって、自由が欲しいんだよね?だったら仮初でも……それが条件付きだったとしても、貴女はこの取引を受けずにはいられない」
彼女は言っていた。
自身が表に出れないのに、他の有象無象が好き勝手するのは気に入らないと。
「だから、取引。
『貴女、これなんて言うか知ってる?取引じゃなくて脅しとか脅迫って言うのよ?』
「ふふ、そういうのは言ってる側の立場が上じゃないと成立しないから。今回はしっかり対等な立場での取引で合ってるよ」
私は道を用意した。
無論、彼女が私に頼らずに表に出てくる方法など幾らでもあるだろう。それこそ……到底許せないし許すつもりもないが、イベントの失敗に合わせて現実に出ていくとか。実際に出来るかは置いておいたとしても、それが出来る可能性はきっと何処かにはあるのだろう。
しかしながら、それを選択しない……仄めかすような事すらしない、という事は。
……この場ではこの取引は有効だって事だよね。
いずれ破棄されるとしても、それまでに私が強く、そして今は暴走してしまう謎の技術を扱えるようになれば良いだけの事。
これは、そこまでの道をつける為の取引なのだから。
『……良いわ。条件を聞かせなさい』
「あれ、良いの?もっと渋ると思ってたんだけど」
『最終的な答えが決まっているのに渋っても意味がないでしょう』
「ふふ、そりゃそうだ……ッと!」
その場から跳ねるように立ち上がり、軽く手足を回す。
何も取引が上手くいきそうだからテンションが上がっての行動ではない。……多少、その気はあるが、それがメインではなく。
「でもそれを話し合うのは少し後でも良い?来ちゃった」
『はぁ……今回は抑えておくから早めに終わらせなさい』
「心得た!」
【下水道のワニ】の能力によって、こちらへと近寄ってくる存在を感知したからだ。
どうやら【口裂け女】の方も話を進めたいのか、今回ばかりは暴走自体を抑えてくれるらしいので。
……最初っから全力で。幸い……1体しか居ないっぽいし。
首元の印から取り出すのは、下水道で同僚が使っていたモノに近い形をした鮪包丁。
刀の様でそうではないそれを、強化されたステータスにモノをいわせる事で片手剣のように左手で握り、
「『あたしメリーさん』」
転移する。
瞬間、私の目の前に現れたのは今まで見たどの機械の猿よりも巨大な、しかしそれでいて若干壊れているのか内部のコードが見える背中。だが新種というわけではなく、きちんと見覚えのある種類。
……ゴリラか!
両腕が異常発達している、叩き潰し攻撃をメインにしてくるゴリラのような機械の猿だ。
突如背後へと転移してきた私に反応して振り向こうとしているのが分かるものの、巨大な両腕が邪魔となってすぐには振り向けないようで。
『タタタッタタッキィ!』
「『今あなたの後ろにいるの』ッ!」
一閃。
着地すると共に、右足を軸に横へと回転しながら左手に握った鮪包丁を無防備な背中へと叩きこむ。元々よりも壊れている所為か脆くなっているのか、それだけで身体の半ばまで刃が入っていく。
だが、これだけではまだ動くのが非生物。強引に振り向く動きを続けようとしているのを確認し。
……これで落ちてくれないと面倒なんだけど!
こちらも強引に刃を上へと向け、そのまま跳ね上げるようにして胴体部から頭部に掛けてを斬り裂いた。
『――ッ!』
「ッ!やられた!」
心臓部は潰した。頭部も破壊した為に、こちらを視認したとしても四肢に対して命令を送る事は出来ないだろう。
しかしながらゴリラのような機械は最期に大きく口を開き、その奥にあるスピーカーを震わせた。
声として認識できない、無意味のように感じるその行動。だが今の……音を振動として受け取り、動きを感知する【下水道のワニ】の能力を得た私にとって、ソレが行った行動はこちらにとって致命的な意味を持つ事が分かってしまった。
それは、
「仲間を呼ぶとか本当趣味が悪い……ッ!」
周囲どころか、私の感知範囲全体に響く程の範囲に広がる仲間への招集命令。
明らかに私を認識していなかった、感知範囲ギリギリの敵性バグらしき動く個体すらもこちらへと向かって動き始めているのだからその影響力は凄まじいものと言えるだろう。
「出口に近い奴の所に飛んでも良いけど――逆に行くのもありか……!」
『あら、思ったよりも大変な事になってきたわね?』
「楽しそうだね!」
『そりゃあそうよ。人が慌ててるのって見る分には楽しいじゃない?』
「否定はしない!」
ここぞとばかりに煽ってくる【口裂け女】に返答しつつも、私は今選択できる2つの道を頭の中に見つけ出す。
1つは、この地下の出入り口近くを行動している敵性バグらしき個体へと、【メリーさん】の能力を使う事で転移する事での離脱案。
しかし私はそれを選ばなかった。
「連続使用だけど……流石に大丈夫だよね?――『あたしメリーさん』ッ!」
幾度目かの転移による視界転換。
それと共に目の前に見えるのは……出入口ではなく、この【猿夢】という都市伝説が支配する駅構内では重要な意味を持つ場所。
駅のホームだ。
「『今あなたの後ろにいるの』!」
『ッ!?』
適当な鉈持ちの背後へと転移した私は、何度も相手してきた経験から一撃で心臓部へ鮪包丁を突き入れると共に、頭部を破壊するように刀身を跳ね上げてから首を刎ねる。
先程のように仲間を呼ばれるのは嫌だからだ。
……さて、と……どうなるかな?
ここに飛んだ理由は単純だ。
難度が上がり、駅構内を徘徊する機械の猿達は半ば壊れた状態。ならば、それを生み出し
前回討伐した時は、その列車を止める事で勝利を収める事が出来た。
ならば、今回は?それが気になったと共に、ここで逃げるのは少しだけ格好悪いなと思った。ただそれだけだ。
『あら、後半の方が比率としては大きいわよね?』
「そこ、心を読まない。……ほら、始まるっぽいよ。話の続きは……戦闘中でも出来るかな?」
『貴女に余裕があれば出来るでしょうね。……私にも余裕があれば良いのだけど』
軽口を叩いていれば、ホームに設置されたスピーカーがノイズ混じりの音を流し始める。
どうやら前回と同じように、私がここに訪れた為にイベントが始まったのだろう。