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Episode6 - レフトビハインドモンキー1


――――――――――――――――――――


 嘘はない。

 自分は、ただ遊びたかった。

 夢の中の存在であり、表には普段出て行けない自分であれど、それが叶うならば……仲間達と延々と遊んでいたかったのだ。

 玩具は勝手に補充され、たまにちょっと抵抗してくるのも居たけれど、その分自分が頭を捻らせて遊びの道具にして。それが楽しかったのだ。


 自分達の命そのものであり、玩具箱であり、遊び場でもある列車が機能を停止させ、自分達は夢を見ない動力源を失い暗闇の中へと電源を落とされて。

 結果、自分達は眠りについた。


 故に、これは。現実ではなく、夢の続き。

 悪夢の象徴である自分達が見る夢は、幸せなものであってはいけない。

 オイルが流れ、肉が弾けネジが飛び悲鳴ノイズによって飾られる……自分達の饗宴。

 それが、今、始まったのだ。


 全ては、再び遊ぶ為に。

 再び、列車に乗って各地を巡る為に。

 夢を終わらせる為に。


――――――――――――――――――――


 よくある、システム的に身体の自由が効かなくなるムービー処理が終わり。

 ホーム内にアナウンスが流れ始める。


『れ、れれれ列車ががガ……』


 以前聞いたアナウンスと声は同じ。

 しかしながら、その声にはノイズが混じりその後に続くであろう文言は無い。代わりに、


「『うっわぁ……』」


 駅のホームの下、通常避難スペースがあるであろうそこから、大量の機械の猿が這い出るように出現すると同時、1つの山のように重なり、連結し、合体していく。

 やがて出来上がったのは、巨大な機械の猿。しかし、列車内で見た異形の機械の猿と同じものではない。

……アナウンスしてた猿がそのままでっかくなってるみたいな……!

 乗務員室に居た、最後に真っ二つにした小さな猿。その形状を、機械の猿達がまるで小魚のように集まって作り出しているのだ。


『到着ゥゥゥ!』

「あっぶないなぁ!?」


 その姿に圧倒されていた私に対し、機械の猿の群れは腕の様になったソレを振り上げ……こちらへと叩きつける。

 動き自体は遅く、今の私でも十二分に余裕をもって避けられる程度。しかしながら、


「ッ!」


 地面に腕が触れた瞬間、複数の爆発と共に……私の身体が一瞬だけではあるが動かなくなる。

……鉈持ちの自爆と……メガホン持ちの咆哮!

 原因は分かり切っている。腕を構成している機械の猿達は鉈持ち、メガホン持ち、そしてゴリラの3種類。それらがそれぞれの持つ能力を地面等に接触する瞬間に行使しているのだ。

 と、なれば。


「長期戦は絶対にまずい……!」


 本格的にボス戦が始まったのか、ボスはこちらへと向かって我武者羅に腕を振るう。

 横に薙ぐように、上から振り下ろすように、時には殴りつけるように。そのどれもに爆発やノイズ、時にはオイルが周囲に撒き散らされ……薄く青色の電気を纏っている事もあった。

 それらを見て回避しつつも、どう対処するべきか必死に頭を回し続けていく。

……普通に攻撃しても無理。腕一本一気に斬れるんだったら話は別だけど……どの刃物出しても私じゃ無理!

 私が具現化出来る刃物は想像でき、尚且つ現実に存在しているもののみ。その上で、大太刀などが刃渡り的には最長にはなるのだろうが……結局それも、対人向けのモノ。

 元々が私と同程度か、それよりも大きい機械の猿達が無数に集まって出来ている今回のボスに関して言えば……腕一本斬るのに何度も斬り付ける必要が出てくるだろう。


「……やってみるしかないか」


 だが、やらないのも自らの可能性を潰すだけだ。

 首元に手を添え、取り出すのは私が扱える最大の長さの大太刀。


「『私は君に絶対に勝つ』……そうだよね!?」

『亜ァあ……列車列車列車列車ァ!』

「よっし感謝ァ!」


 こちらの声を認識出来ているかは分からない。だが、こちらの能力の条件を満たすかのように声を挙げてくれたのだから有効活用していかねば失礼だろう。

 赤黒いオーラが首元から溢れ出しながら、私は今も振るわれている猿の両腕を見据え、


「――ッ」


 片腕……右腕が地面に接触し爆発すると同時、そこへと突っ込むようにして大太刀を振るう。

 直撃しなければ耐えられる。それ自体は既に鉈持ちとの戦闘で理解している。回復用のアイテムだってあるのだから、その後に繋げる事が出来る。

……硬くは……ないッ!

 一閃。当然分かっていた通り、腕一本を斬り飛ばすのには刃渡りが足りず。

 しかしながら、私が振り抜いた大太刀は確かに腕を斬り付けた。


「お願い!」

『まだ取引は途中なのだけど、ね!』


 それと共に、私の両足が瞬間的に【口裂け女】のモノへと切り替わりその場から離脱していく。

 踏み込み等、すぐに離脱出来る状態でなかった私の身体を無理矢理に動かす為の一つの策だ。

……あれは……?

 大太刀による一閃によって無数のネジやオイルが撒き散らされた先、人間で言う皮膚の下……骨があるであろう部分。そこに私は何かを見た。骨のように一本腕の芯として通っている鈍く光るソレ。

 だがその正体に心当たりはなく、ソレを見つけたからと言って今どうこう出来る策はない。

 だから聞く。今の私は1人では無いのだから。


「何か分かる?今の」

『奇譚繊維かしら。人間で言う骨の部分ね。あれが肉付く事で実体系の都市伝説は身体を形作る筈よ』

「ワニにもあった?」

『あのワニは核がソレだったわ。上手くバレないように身体中を動かし続けてたから捉えにくかったけど……多分、これに関して言えば傷さえ付ければその部分の猿達が剥がれるとは思うわ』


 流石、都市伝説とでも言えば良いだろうか。

 欲しかった答えと、ここから目指すべき道が見えた。

……つまる所、私がやるべきなのは1つ。

 腕を振い続けるボスの動きをしっかりと見据え、その行動パターンを頭に叩き込みつつも一度大太刀の具現化を解き、自らの左手に意識を向ける。

 『奇譚繊維』なるものは初めて知ったが……つまりは大火力でそれを露出させ、ダメージを与えれば良いと言う話だ。

 具現化した制帽を被りつつ、私は宣言する。


「じゃ、人身事故行っときますか!『出発進行オールアボート』!」


 迫り来る腕を避け、爆発の余波を何とかやり過ごし。

 鉈持ちの能力を使っているのか、四方八方に飛んでいく鉈が頬を掠めつつも。

 私は右手で指鉄砲を作り、ボスの腕へと狙いを付ける。


『電車が発車します。電車が発車します〜……同胞だろうと容赦は致しませんので、祈り散らして進路上でお待ちください〜』


 アナウンスと共に出現した光の門。

 以前の様にゆっくりとしたものではなく、私の心情も合わさってかすぐさま門は開き、


『お客様と接触します〜。集まるしか能がないのは散って土に還ってくださいませ〜』


 猿を模したファンシーな列車が私を狙い迫ってきていた右腕へと向かって発進し激突した。

 瞬間、これまでとは比較にならない程の大きな爆発が起きると共に、


『レッ列車ャア!』

『お客様〜!おやめ下さい〜!ウチの列車は玩具ではなく、人身事故専用の列車です〜!』


 ボスが無事な左手を使い、列車を掴み取る。


「そんなのアリ!?」

『同じ都市伝説だしアリなんでしょうよ。こっち側はある意味劣化版だし、侵食自体は簡単だと思うわよ』

「そういうのは早く言う!」


 そうして掴まれた【猿夢】の列車は、徐々にその全体を鈍く光る何か……奇譚繊維によって覆われ、取り込まれていく。

 次第にアナウンスの声も小さくなっていき、こちらの左手の甲の【猿夢】の印も薄く、掻き消えたかのような状態になってしまった。

……侵食してくるとか……いや、これは私のミス!

 そもそも元は同じ都市伝説。侵食される云々は分からなくとも相性が良くない事くらいは考えつくべきだった。

 しかし失敗だけではない。列車が直撃した右腕部に関しては表面に集まっていた機械の猿達の大多数が破壊され、内側の奇譚繊維が露出している状態になっている。


「あぁもう!行くしかない!」


 ボスが左腕と一体化した列車を振り回している中を征く。

 既に自身の目でどこから攻撃が飛んできているかは見ていない。全てをもう1体のボスから得たアルバン【下水道のワニ】の力によって把握し、攻撃が当たらない、もしくは掠る程度の位置へと移動しながらも再度腕へと攻撃を仕掛ける為に足を動かした。

 得物は一本の刀。長い刃渡りは要らず、小回りが利くものの中で攻撃力が高そうなモノを選んだ結果だ。


 一歩踏み出し、頬を鉈が掠める。頭がその衝撃に持っていかれそうになりながらも、前を向く事だけは止めず。

 二歩踏み出し、身体のすぐ横を爆風が通り過ぎていく。その熱によって身体の表面が焼かれ火傷のデバフが付与されるのが見えたものの、下がる理由にはならない。

 三歩踏み出し、侵食された列車がこちらへと突っ込んでくる。そこでやっと私は地面を蹴り、空へと跳んだ。

 見るは、今も尚露出しているものの、徐々に周囲から機械の猿が集まってくる事で修復されていくボスの右腕。

 行ける。それが分かっているから跳んだのだ。


「――ァあ!」


 行った。

 空中から叩き落す様に、一本の刀を振り下ろす。

 斬った感触はない。そもそも硬い物に刀が当たった感覚もない。しかしながら、私は何かを斬ったと理解した。

 瞬間、


『レ、れぇああシャァ!?』


 ボスの巨大な右腕が……鈍く光る、右腕を模した奇譚繊維が断ち斬られた。

 衝撃によってくるくると回転しながら空中へと弾け飛び、次第にその形を溶かしながら光の粒子となって消えていく。それと共に、ボスの身体全体の輪郭が僅かに波打った。

……基部の1つを断ち切ったから、身体を保つのが難しくなったのかな?

 だが、まだ終わらない。

 断ち斬られた右腕を押さえながらも、その身体から全方位に対して鉈やノイズを放ちながらもこちらへと列車をぶつけようと動かしてきているのだ。

 空中に居る私にとって、回避しようがない暴力の嵐。

 だが、それは私が私であるが故であり、


「ふぅー……【口裂け女】、対価は後で払うよ。後任せられる?」

『あらそう。――私の対価は高いわよ』


 私でないのならば、容易に対処する事が出来る。


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