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Episode7 - レフトビハインドモンキー2


 視界が暗転していく共に、私の首元から赤黒い靄のようなオーラが噴き出たのが見え 。

 私は再度、以前訪れた無数の刃物が存在する水面の世界へと訪れた。

 前のような混乱はない。今回は暴走と言うよりは……自ら身体を明け渡した、と言うべきなのだから。

……ふぅ、力及ばずって感じかな。

 その場に座り込みながら、外……私の身体を使って【口裂け女】がハードモードの猿夢を蹂躙する映像へと視線を向ける。


「うわ、真正面から全部捌いてるよ。バケモノかな?バケモノだったね」

『やっかましい!』


 先程の状況。【メリーさん】の能力を使ってボスの背後へと転移したとしても、全方位へと放たれている鉈やノイズによって動きを止められるか、全身を貫かれてHPを全損させるしかない状況。

 しかしながら、私の身体を使い限定的に具現化した【口裂け女】という都市伝説は、それをしない。

 自身の膂力、そしてステータス強化、具現化能力と言う、あくまで自身が持つ力だけで鉈を捌き、ノイズを身体全体で受け止め、列車の運転席のガラスを具現化させたナイフで割り中へと侵入する事で対処したのだ。

 戦闘センスと言うよりは、自身の持った能力をどう活かせば生きられるのか、相手と渡り合う事が出来るかを知った動き。

 まだ私には出来ない、能力を十全に使いこなした上での動きだ。


『丁度良いわ。見てなさい……これが本当の私の得物よ』

「は?……はぁ!?」


 言われ、見て。

 巨大な包丁が映し出す【口裂け女】の視界にて起きている事を理解して驚きの声を挙げてしまう。

 そこに映っていたのは、身体全身から剣山のように生えた無数の包丁。その全てが赤黒い色をしているのは置いておくにしても、私の知らない能力がそこには映っていた。

……隠された能力?いや、多分あれは具現化能力の応用?……そう言えば、問い掛けも前に使ってた時、私とは効果がちょっと違ったような……。

 全身から生えた包丁を活かし、車両の扉を蹴る事で斬り飛ばし。

 そのままの勢いで列車内から飛び出し、ボスの顔面へと殴りかかる姿は……どう見ても【口裂け女】とは結び付かない姿。

 しかしながら、元々の都市伝説からして口裂け女という怪異譚に出てくる女は力強く、勇ましい。

 故に、


『アンタ、調子乗り過ぎ』

『シャぁ亜?!』


 その攻撃方法も原始的。

 身体から刃物が生えているのを良い事に、殴り蹴る事で相手を斬り刻み。周囲から飛来する攻撃は、新たに刃渡りの長い刃物を生やす事で見もせず弾く。

 爆風に関しては、そもそもの動きが速すぎる為か【口裂け女】の事を捉える事が出来ずに過ぎ去っていく。


『良い?小娘。私を御そうとするなら、せめて今私が使ってる力の内の1つくらいは再現できるようになりなさい。それが出来ないなら……結果的にこうして出てきた方が早いわ』

「……取引での狼狽えっていうか、下手に出てた態度はなんだったの?」

『あら、それとこれとは別よ別。だって取引した内容は制限された自由を得るか得ないかでしょう?これは貴女が私を御せるか御せないかの問題。端から御さずに暴れさせようとする取引とは根っこが違うのよ』

「ぐっ……」


 確かに言われている通りであり、私は【口裂け女】を制御する為の取引をした覚えはない。

 条件の中、【口裂け女】が自由に暴れられる……今のように、私の身体を使って暴走出来る環境を整えるだけの取引だ。

……だからやけに素直だったわけだ。

 【口裂け女】の方が上手、と言うよりは。こちらの意図を把握していたからこその物分かりの良さだった、と言う事だ。


『と言うわけ、でッ!』

『列レれッ車ァ!』


 気が付けば、【口裂け女】の全身から生えていた赤黒い刃物が全て右腕へと集まり巨大な1本の刃を形成し。

 私が死ぬ気で斬り飛ばした右腕の様に、列車と一体化している左腕を奇譚繊維ごと断ち斬っている。


「……えぇ、それ私にも出来るって事だよね……」

『出来るわよ?ま、今の小娘には無理だけど』

「うるさいなぁ!」


 だがボス側もやられてばかりではない。

 【口裂け女】が左腕を断ち斬った瞬間の硬直に合わせ、胴体、頭部に群がっている無数の機械の猿達の能力を集中して放つ。

 青白い雷電を纏い、爆炎と共に迫ってくる無数の鉈。それと共に、身体を硬直させるノイズが空気中を走り【口裂け女】の動きを阻害する……のだが。


『いーい?私がこの身体を使えるって事は、よ?――『あたし、メリーさん』』

「……それ、アルバン側が使ったら色々オーバーパワーじゃない!?」

『『今あなたの後ろにいるの』。使えるものは使えるわよ。例え相手が先輩だったとしてもね』


 四肢から血を噴きだしながらも、無理矢理に【メリーさん】の能力を発動させたのか……視点がボスの背後、空中へと更に移動した。

……先輩……ってあぁ、メリーさんの起源と口裂け女の起こり始めの話か。

 都市伝説内に先輩後輩のような上下関係があるのかどうかは置いておいて。

 【メリーさん】の能力と共に、再度生み出した赤黒い巨大な刃を使い、通常脊椎があるであろう場所へと思いっきり突き刺した。


『さて、お勉強の時間ね。奇譚繊維が骨のようなモノって話はしたわね?だからこそ、生物の様に奇譚繊維が身体の中に通っている相手ならば……こうやって生物と同じ弱点を狙えば、行動不能にすることが出来る』


 ボスの身体全体がびくんと震え、首の下の身体を形作っていた機械の猿達が奇譚繊維の影響を失った為か崩れ落ちていく。


『そして、奇譚繊維ってものはこっちも扱う事が出来るし、核をしっかり持ってる都市伝説が扱えば――』

「うっわ……」


 それと共に、【口裂け女】の左腕から赤黒く光る糸のようなモノが湧き出始める。恐らく、話の流れ通りならば……それが【口裂け女】の奇譚繊維なのだろう。

 腕から湧き出たソレは、突如周囲へと……ボスが散々周囲へと放ち続けていた無数の鉈へと伸びていき、巻き付くや否や全体を赤黒く染め上げていく。

 先程見た、ボスによる列車の侵食。それと似たような現象が生じているのだ。


『――こういう事も出来るわ』

『ッァ!?』


 瞬間、【口裂け女】に侵食され赤黒く染まった無数の鉈が残った猿の頭部へと向かって殺到する。

 ボス側もボス側で、電撃や鉈を放つ事で何とか防ごうとしているものの……鉈を放てば放つほど、【口裂け女】が侵食し弾として利用する為に逆効果。

 程なくして、


『はい、終わり。あとで取引内容はしっかり詰めるけれど……今回は……そうね、手に入った都市伝説の欠片全部で良いわよ』

「ちょっと流石に可哀想になるなぁ……」


 そこに残ったのは、見覚えのある小さなアナウンス係の機械の猿。

 全身が鈍く光る奇譚繊維のように成っており、気絶しているのか白目を剥いて泡を吹いていた。


「っとと……急に切り替わったね」

『まあ、トドメまで私が刺す必要はないでしょう』


 と、ここで私の視点が戻り、身体アバターの自由が戻ってきた。

……結構自由に使ってくれたなぁ。

 見れば、【口裂け女】が無理をした結果か状態異常として『骨折』や『出血』など様々な症状が付与されている。

 徐々にHPが減っていっている為、余韻に浸っている暇はなさそうだ。


「じゃ、トドメっと。運が悪かったね」

『ギャッ』


 流石にまだ身体から自由に刃物を具現化させる方法は分かっていない為、首元から刀を取り出しつつ。

 その小さな身体を、以前のように真っ二つにした。


【ボス:【猿夢】Hardを討伐しました】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】

【戦利品を付与しました】

【転移を開始します】


 周囲の景色が光の粒子と化すと共に、次の瞬間には私はトウキョウのいつもの広場へと転移していた。ノーマルとは違い、既に解放された区画だった為か地下の安定化は行われた様子はない。

 突然転移してきた私に、周囲に居たプレイヤーの反応は様々だ。

 ボスをまだ倒した事がない、そもそもゲームを始めて時間がそこまで経っていないプレイヤーは驚きの目を。

 それなりに時間が経っているプレイヤーは、ボスをソロで倒したのかという疑問と尊敬、嫉妬のような目を。

 そして、私の実力を察し取り込もうと動き出しているプレイヤーの目。

……流石に面倒だなぁ!転移先変えられるか後で調べよう!

 後半はただ見ているだけだったとは言え、初めて使った【下水道のワニ】の能力に加え、一歩間違えば即デスペナ一直線の環境で戦ってきてはいるのだ。

 精神的に疲れが溜まっている状態で、そんなプレイヤー達の相手はしたくはない。


「ライオネルさんには……リアルの方で連絡送っておこう……!」


 迫ってくるプレイヤー達から逃げるように、私はそのまま今日はログアウトした。

 戦利品に関しては……次、ログインした時にライオネルと合流する前に確認する事にしよう。



――――――――――

プレイヤー:神酒


・所属

 伝承蒐集部隊【蒐集部門】


・所有アルバン

 メイン【口裂け女】

 サブ1【メリーさん】

 サブ2【猿夢】

 サブ3【下水道のワニ】


・装備

 蒐集部門急所特化制服(上)

 蒐集部門急所特化制服(下)


・■■■■

 技術:奇譚繊維操術 Lv.0

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