目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

Episode8 - モンキーリザルト


--仮想電子都市:トウキョウ・賭博区


 生産区、下水道のワニが支配していた地下へと繋がる廃坑の入り口。

 ハードモードへの挑戦をせず、そのまままっすぐ中へと入るように進んでいくと。


「おぉ……すっごい!カジノって感じじゃないけど地下の街っぽい!」


 そこには、生産区とは違う様相の地下の街が存在していた。

 生産区は何処か海外の洋式で作られていたのに対し、賭博区はと言えば全体的に和のテイストが強い。

 朱色を基調とした橋柱の円月橋がそこらかしこに建ち並びつつ、地下空間であるのにも関わらず、何処かからか引っ張ってこられた水源によって、疑似的な川まで出来ている。

 それに加え、景観を崩さぬように植えられた数々の紅葉しているもみじ・・・

……海外の日本、それも遊郭とかってこんな感じのイメージだよね!って出されたみたいな感覚だぁ。

 当然、遊女などは見当たらないものの。雰囲気的にはその手の場所に近いものがある。


「店は……うん、物の見事に全部ギャンブル系」


 そんな場所を歩き進んで行くと、道の左右には和風建築の店が複数存在する大通りのような場所に出る。と言っても、生産区のようなアイテムや装備が売っているような店ではない。全てが全て、区画名に恥じぬ賭場である。

 店によって出来る賭博が変わるようで。丁半や手本引のような日本で馴染み深いものから、テキサスホールデムやスロットのような海外産のものも数多く体験する事が可能となっている。


「いやぁ色々あるねぇ」

「そうですねぇ……って、ライオネルさんいつの間に」

「あは、掲示板を見てね。君、一部じゃ結構有名だぜ?女の子ってのもあるんだろうけど」

「そんな追っかけみたいな……」


 と、何処の店に入ってみようかと通りから冷かしていると。

 知り合いの声と共に、肩に腕を回されホールドされる。

 【下水道のワニ】の感知能力は地下限定。それに頼り切っていたわけでは無いものの、誰かに接近されるまで気が付けなくなっているのは……少しばかり不味い。気を引き締め直した方が良いだろう。


「さて、ここじゃあ何だし……上に戻るかい?」

「ライオネルさんはギャンブルしないんです?」

「いやぁ、チップ溶かしちゃってねぇ……時間ある時にダンジョン挑んで欠片回収中だよ」

「あぁ、成程……」


 死んだ魚のような目をしつつ、何処か遠くへと視線を投げる姿に苦笑しつつ。

 私は彼女の精神がこれ以上荒んでしまう前に、一度生産区へと戻る事にした。

 ギャンブルに関しては……また時間のある時にたっぷり楽しめばいいだろう。

……私も手持ちの欠片が多いわけじゃないしねー……入る前に知れて良かった良かった。

 幾ら猿夢のハードモードをクリアしたと言っても、その攻略中に手に入れた都市伝説の欠片は全て【口裂け女】に持っていかれてしまっている。

 その為、私の懐も余裕があるとは言い難いのだ。


「あ、ちょっと先に戦利品確認して良いですか?前、攻略終わった後にすぐログアウトしちゃったんで」

「オーケィオーケィ。こっちは……ちょっと呼んどくよ」

「?了解です?」


 何を、誰を呼ぶのかを聞かず、私達は賭博区を後にしてそのまま生産区のいつも使っている喫茶店へと移動した。

 適当な飲み物と軽食を注文しつつ、少しだけ待っていて欲しいと店の前へと出ていったライオネルの背中を見ながら私はインベントリを開く。

……今の内に確認しておこう。

 何を?当然、前回の戦利品を、だ。

 と言っても、その大部分を占めていたであろう都市伝説の欠片は私が触れられないよう、スロットごと赤黒い光る糸……間違いなく【口裂け女】の奇譚繊維によって覆われている。


「はぁ……懐が寂しい……」

『ちょっと、私が悪いみたいじゃない。ちゃんと許可は取ったわよ』

「知ってるよ。後で色々練習する為にまた猿夢か……ワニと遊びに行くから、その時はよろしく」

『またある程度取り分があるなら別に何も言わないわ』


 嘆いていても始まらない為、一旦置いておいて。

 都市伝説の欠片以外の物へと視線を向けていく。そこに在るのは2つの指輪。

 試しに両方共にインベントリから出してみると、


「あっ、成程。その手の報酬なのね」


 片方はシンプルでありながら1匹の猿が輪になるように造形された金属の指輪が。

 そしてもう片方は、メガホン、鉈が小さくあしらわれた複数のコード状の金属によって造られた指輪が私の手のひらの上に出現した。


「モブモチーフのアクセサリーか。中々良いね」


 ボスのアルバンを二度入手させるつもりはないのか、それとも私の運に依るモノなのかは分からないものの、今回手に入った2つの指輪は明らかに機械の猿達をモチーフとしたものだろう。

 これ以上下手にアルバンが手に入っても私に扱い切れるか怪しい為、ここでアクセサリーが戦利品になってくれたのは有難い。

 さて、では詳細を見ていく事にしよう。


「……うわ、完全に補助だ。【猿夢】どんどん使ってくださいねって感じなのかな」

『と言うよりは、これがあるからあんな召喚能力になってるんじゃないかしら?』

「まぁだろうね。列車なのに中身無いし……片方はソロじゃ使わない……いや、敵を集めるのに使えるのかな」


――――――――――

放葬猿の指輪

種別:アクセサリー

状態:安定


能力:自身の声、喉から発した音を半径200メートルに存在する対象に対して届ける

   クールタイム:5m

   制限:サブアルバン【猿夢】が適応状態でなければ使用できない


説明:かつて、彼は直接人を見た事は無かった

   人を見て、人を聞き、そして人と言葉を交わした猿は今、人と共に在る

――――――――――

――――――――――

三機猿の指輪

種別:アクセサリー

状態:安定


能力:装備中、サブアルバン【猿夢】の使用時に列車内から最大3体の機械の猿を出現させる

   クールタイム:1h

   制限:サブアルバン【猿夢】が適応状態でなければ使用できない


説明:三猿は考えない

   只、自身に課された仕事をこなす……それが彼らの存在意義なのだから

――――――――――


 どちらも【猿夢】が使える状態にある事が制限として付いているアクセサリーであり、その上でクールタイムまで設定されている。

 とはいえ、このタイミングで手に入ったのは僥倖だ。

 放葬猿の指輪は単純にこれからのイベントで大いに役に立つ能力を持っているし、三機猿の指輪はクールタイムこそ1時間と長いものの、その分列車で突撃させた後の詰めを行えるようになっているのだから……中々にフィニッシャーとしての性能が高い。


「これは左手に着けとこう……おっと?」

『あら、奇譚繊維。でも薄いわね』

「……こっから復活とか……する?」

『流石に力が弱すぎて無理よ。でも、この指輪を……そうね、100個とか1人で着けたりしたら実体化するんじゃないかしら?』

「実際無いようなもんじゃん。安心安心っと」


 左手……【猿夢】が宿っている手の人差し指と中指にそれぞれを嵌めていくと、薄っすらとではあるものの、【猿夢】の印と2つの指輪から奇譚繊維が出現し結ばれる。

 とはいえ、【口裂け女】の話的に復活自体はこの状態では難しいようなので放っておいても問題はないだろう。


「いやぁーごめんね神酒ちゃん。1人で待たせちゃった」

「いえ、大丈夫ですよ。――って」


 そうして1人、届いた飲み物と軽食を摘みながら待っていると。

 店の外に居たライオネルが2人のプレイヤーを連れて戻ってきた。否、


「――どっから持ってきたんですかその人達!?」


 2人の男性プレイヤーの首根っこを掴み、引き摺るようにして連れてきていた。

 それぞれ、片方はRPGなどでよく見る『まほうつかい』の帽子のような三角帽を被っている男性と、もう片方は白く短い髪をした犬耳の鎧風の装備を身に着けている男性だ。

……なんで2人共抵抗とかそういうのしてないの?!

 どちらも体格的に成人していてもおかしくないと思うのだが……それでも、彼女にされるがままとなっている状態は中々に珍妙な光景だった。


「あは、まるで私が誘拐してきたみたいじゃないか。心外だなぁ……違うよね?マギくん?」

「そうですね。協力してボスを狩り終わった僕と1YOUを転移してきた瞬間に捕まえて、行先すら告げずにここまで連れてきた事を誘拐と言わないのならそうだと思いますよ、先輩」

「……ん?おぉ、着いたか?いやぁ久々だなこの感じも」


 ライオネルが2人を持ち上げ、そのまま立たせるとその顔が良く見える。

 まほうつかい風の様相をした男性は、髪も目も、そして装備の色も全てが全て黒く。横に立っている鎧の男性とは色合い含め全てが真逆のように感じてしまう。

 と、ここで白い方の顔に見覚えがあった事に気が付いた。それは、


「……って、その顔もしかして……1YOUさん?!有名ストリーマーじゃないですか!?」

「おや、知ってるか。どうだマギ、お前はいまいち信じてなかったが一応俺だって知名度はあるんだぞ」

「信じてないわけじゃなかったよ。ただ女性人気が云々って話をしてたから、昔っから女っ気のない君にはハードルの高い嘘だなぁって思ってただけで」

「まぁ学生時代は私が居たしねぇ。普通の女の子とか寄ってこないでしょ、1YOUくんかわいそ」

「こっんの先輩と友達は本当に……ッ!」


 若干取っ組み合いが始まりそうな雰囲気を醸し出しながらも、どうやら人が集まったらしく。

 何を話すのかは知らないものの、ライオネルに集められたこの会がようやく始まろうとしていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?