「知ってる様だが、改めて。俺はSneers wolf所属のストリーマー、1YOUだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします。私は――」
「あぁ、大丈夫。二重の意味で知ってる。神酒さん」
「……二重の意味、というと?」
喫茶店の席にそれぞれ座り、軽く自己紹介をしようとしたタイミングで1YOUからそう言われ、思わずライオネルの方を見る。
すると、彼女は薄く笑い、
「ま、協力者だね。ほら、たまにそっちに有志の情報提供とか入るでしょ?」
「あぁー……真偽不明だけど、確かめた方が良いやつとか……それの出元、って訳ですね?」
「そう言う事だ。今回はウチのオーナーからこのゲームをやってくれって言われてやってただけなんだが……まぁ最近きな臭くなって来てたところにライオネルさんだ。色々腑に落ちたよ」
「成程……」
彼は軽く指で多く話さない様に、とこちらを制した後そう言った。
……民間の協力者。確かに有名ストリーマーならネットの情報は集めやすいか。
私が所属する秘匿事象隠蔽特課では、確かにその手の話を集めやすくする為のシステムは構築されている。とは言え、抜けがあるのは当然だし、都市伝説や逸話といったものは新たに発生するのが常のモノ。
彼はその、新たに発生したモノやそれに類するであろうモノをこちらへと共有してくれる立ち位置だ、ということなのだろう。
「……で、そちらの方は……」
「あぁ、紹介遅れました。僕はマギステル。そっちのライオネル先輩と同じ実働ですが、主に先輩が荒らした現場の後始末とか、現場での指揮役を担ったりしてます。……この度は本当に、先輩が御世話になりました……」
「えっ、いやいや、そんな別に!御世話になったのはどっちかって言うと私の方ですし!頭あげてください!」
「なんだい君達。まるで小学生の親みたいじゃないか」
「その場合ライオネルさんがその小学生になるんすけど、良いんすか?」
互いに頭を下げ、ライオネルについて礼を言い合うという……何ともこれからするであろう話にはそぐわない雰囲気の中。
一度ライオネルが咳払いをして、場の空気を締め直す。
「さて、変な空気になっちゃったけど改めて。2人は少し前に呼ぶって言った知り合いと後輩だね」
「あぁ、5人くらいって言ってた……じゃあ後3人ほど?」
「居るね。今回はマギくんが
「成程」
やはり、彼ら2人は下水道のワニとの戦闘が終わった後に言っていたゲーム内での協力者。
こちらと同じ目的をもって動いてくれるプレイヤーは多いに越した事はないし、その内の1人がライオネルと同様に現実でも超常的存在と相対している実働隊とくれば有難いなんてものではない。
……それに、後の3人も……ライオネルさんが手伝いに行ってないって事は、ソロでもボスくらいは倒せるって事だもんね。
プレイヤースキルが高い、というのはそれだけで即戦力になり得る。アルバンという外的要因があるにしても、使う側の技量が高くなければ意味がないのだから。
いつの間に頼んだのか、運ばれてきた紅茶に一度口を付け喉を潤した後、
「じゃあまずは認識の擦り合わせからですか?」
「そうなるね。って言ってもその辺りは私よりも神酒ちゃんの方が詳しいだろうし任せるよ」
「了解です。それじゃあ話していきましょうか――」
そうして、私が知り得る情報を2人へと改めて伝えていくと。
1YOUについてはある程度自身の知っている情報と齟齬が無いのか、同意するように頷いているものの。
マギステルは話を聞いていくにつれ、次第に首を傾げたり、隣にて運ばれてくる料理を延々口に放り込み続けているライオネルへと目線を向けたりと言った仕草が増えていく。
「――って感じなんですけど……」
「俺、というかSneers wolf側の認識もほぼ同じだな。アルバンに意志がある、というのは知らなかったが……まぁ、元より会話できる都市伝説もあったりするからな。そういうモノなのだろう。……で、だ」
「はぁ……すいません。ほぼ初見の情報ですね。先輩から共有されていたのは『いつも相手にしてるようなのと関係あるっぽい』程度のモノだったので、そこまで規模が大きいものとは……いや、相手が先輩なのに予測出来なかった僕の落ち度か……」
「そんな落ち込むなって。昔っからだろ、ライオネルさんの情報伝達不足は。こっからだよこっから」
「昔からの付き合いだからこそダメージが大きいんだよ1YOU……」
様子から予想は出来ていたが、どうやらマギステルは事前情報の類をほぼ聞いていなかったらしく。
現在自身の置かれている状況を改めて再確認した事で、少しばかり項垂れてしまっていた。
……今度からライオネルさんに伝言とか頼むのはやめておこう……。
そんな事を考えていると。
気持ちの整理が出来たのか、マギステルがライオネルが食べている料理を1つ取り飲み込むように食べた後、
「まぁ色々と情報伝達系については置いておいて。気になる事が1つありますね」
「何だ?」
「いや、本当に現実に出てくるのが都市伝説だけなのか、って所だね。えぇっと……先輩?」
「ん?……あぁ、このゲームは今の所PvPとかの要素は見当たらないから大丈夫」
その言葉を聞いて、彼は一度息を吐いて。
「了解です。……僕のメインアルバン、別に都市伝説じゃないんですよ。【ヴォジャノーイ】って知ってますか?」
「あぁー……精霊の?」
「そうです。東欧の方の水霊ですね」
「あ、でもそれなら俺もそうだぞ。【狼男】とか伝説とかはあるにしても都市伝説じゃないだろ」
ヴォジャノーイ。東欧に伝わる精霊であり、水や豊穣を司るとされている存在。1YOUの言った狼男も、精霊と見做す人もいれば人外の化け物と称される事もある存在だ。
だが、都市伝説かと言われると首を傾げざるを得ない。
……いや、広義で考えるなら……そう言えなくもないのかな?
どちらも
開発的にはアルバンの幅を持たせる為に、なんて事を考えたのだろうが……現状のこのゲームを考えると少しだけその意味は変わって来てしまう。
「アルバンでその手の、都市伝説とは言い難い……逸話とか伝承系?の存在が確認出来ちゃったって事はですよ」
「あは、敵として出てくる事もありそうだね?実際【猿夢】とか【巨頭オ】、【紫鏡】とかのボスがアルバンになってるんだし、逆がないとは言えないなぁ」
「……これ、もしかして考える事が増えたとかその手の悪い情報か?マギ」
「うん。しっかり悪いね。対応する幅が一気に広くなってるから、僕達だけじゃ手が足りない可能性もある」
ある程度、現実でその手の現象、物体、生物に対して対応しているが故に分かる事。
……対処を間違えると、危険度が低い相手でも面倒な事態に陥りかねない。
都市伝説の類はまだ良い。口裂け女におけるポマードのように、八尺様における部屋から出ない事のように、対処法が確立している事が多いからだ。
しかしながら、それが伝承として伝わっている存在……ヴォジャノーイや狼男のような存在となるとまた別の話になってくる。
弱点と言える弱点が無い存在も珍しくはないし、それが去るまでじっと耐え続ける事が正解であるとされる存在だって少なくはないのだから。
「……イベントでその手のが出てくる可能性がある、って考えるだけでも中々面倒ですね」
「あぁー……確かに。そういえばマギ、お前イベントの情報は?」
「ちらっとは見たよ。確かトウキョウの防衛戦だよね」
「そうだな。……丁度良い。今度は俺が話す側に回って、イベントについての擦り合わせをしていこうか」
1YOUはそう言うと、自身の周囲に不透明なウィンドウを複数展開し始める。
恐らくは彼がリーダーを務めているSneers wolfの情報を見ているのだろう。その数は多く、組織として情報収集能力に長けている事がはっきりと分かる。
「よし、確認完了。じゃあ話して行くぞ」
彼は席から立ち上がり、巨大化したウィンドウを1枚自身の背後へと展開しながら私達の顔を見渡した。