「さて、イベントについて改めて擦り合わせを行うわけだが……先に聞こう。マギ、お前はどの程度まで知っている?」
「僕は……そうだね、今回が『僕達』が出るような事態になりつつある事、イベントを成功させないと主に僕や神酒さんみたいなポジションの人が過労死するレベルの仕事が舞い込んでくる事、くらいかな」
「本当……本当に何も伝わってない……!ライオネルさん!」
「あは、ごめんて。――あ、店員さーん。次ここからここまでの料理お願いねー」
ライオネルはマギステルに対して触り程度にしか伝えていないらしく。
彼が持っている情報が僅か、それも私達のような部隊に所属している者からすればあまり普段と変わらないような情報しか握れていない。
……というか凄いな。それだけの情報でここに居るって事は……ボスも倒してきてるって事だもんね。
プレイヤースキルがあるのか、それとも彼自身がライオネルを疑うという事をしないのか。
どちらにせよ、しっかりと情報を伝えねばならない事は確かだ。
「この人はホント相変わらずだな……まぁ簡単にやっていくぞ。詳細は後でウチの情報収集班の方に聞いてくれ。――今回のイベントが開催されると発表されてから、すぐ辺り。掲示板に真偽不明ではあるものの、何個かの情報が投下された」
言って、1YOUは私達にも見えるように新たにウィンドウを出現させた。
そこに写っていたのは、
「このゲームの総合と……イベント情報系、ストーリー考察系のスレッドですね」
「この各スレッドにて、数人のプレイヤーが『目の前で店が消えた』だとか『不可思議な結晶片を入手した』という話題を挙げていてな。かく言う俺も結晶片を入手した中の1人なんだが」
「へぇ、都市伝説の欠片みたいな奴かい?」
「大体そんなものだ。解読屋で解析出来るしな。……で、問題はその解析した後の方だった」
更にウィンドウを出現させ、解析結果らしきスクリーンショットを数枚表示させる。
「『現実に怪異が侵食する』、『イベントを成功させろ』、『虚構がもうすぐそこに迫って来ている』等、一見すれば運営側がイベントを成功させたいが故の行き過ぎたフレーバーアイテムの類にしか見えないもの……だったんだが」
「そこに僕達が現れちゃった、と」
「そういう事だ。その時点で俺を含めたSneers wolf内の協力者は警戒度を一気に引き上げた。元々このゲームをやる予定のなかったメンバーも招集したり……現在進行形で、スリーエスなんかの外交向きのメンバーがゲーム内の他のプロプレイヤーなんかと協力関係を築いているはずだ」
「ある意味、本気になってくれたから良いんでしょうけど……気になりますね」
「んぐ……ふぅ。何が気になるんだい?神酒ちゃん。お姉さんに教えてごらんよ」
料理を無理矢理に飲み込み、こちらへと笑みを浮かべながら視線を向けてくるライオネルに少しだけ苦笑する。
……絶対私が言いたい事を分かって聞いてるよね、この人。
ある意味でありがたいとは思いつつ、他の2人の視線もこちらへと向けられている為、すぐに話す。
私が気になっている事……それは、
「なんでこの情報を運営側が流すのかって所です。現実に都市伝説なんかが侵食、出てくるなんて仕掛けをしている以上、ゲーム側は成功させた方が良いなんて情報を与えるメリットが皆無じゃないですか」
「それは……そうだね。その辺りの下調べはどうなってるんだい?1YOU」
「全くだな。だが、その疑問点についてはウチの情報収集班も言っていた。彼らなりの答えとしては……このゲームでは、イベントを成功させたい側と失敗させたい側の二つの派閥があるんじゃないか、というものだ」
「成程ねぇ。成功させたい側が謎の結晶片をゲーム内に配置して情報を伝えている、失敗したい側は特に何も伝えないし、ゲーム内に変なデータが在ったら逐一痕跡を消していっている……店が消えたのもその手の流れじゃないかな?どうだいマギくん?」
話を振られたマギステルは、一口。
ライオネルが注文していた紅茶を口に含みつつ、一瞬渋い顔をした後に口を開く。
「大体合ってるんじゃないですか?先輩的にはどうでもいいとは思いますけど、後片付け役の僕とか、事務の神酒さん的には調べる対象が絞れるんで良い推測、予想だと思います」
「あは、堅い返しだねぇ。――という事で、大体話は擦り合わせ終わったね?今自分達を取り巻く状況が理解できたと思うけれど……ちょっと相手方は待ってくれないらしい」
言って、いつの間に用意していたのか、ライオネルは私達全員の目の前にそれぞれ1枚ずつウィンドウを出現させる。
そこに映っているのは、Arban collect Onlineの公式ホームページ。
イベント情報のタブが開かれており、
「イベント開催日程発表……ってコレ明日からじゃないですか」
「ゲームの内部を弄れるくらいだ。こっちの把握してる情報が相手の許容量を上回った、という事だろうな……それにしても急だが」
「……先輩、これ他の人達は間に合います?」
「間に合うか間に合わないかで言ったら……間に合わせるよ。最悪私と1YOUくんの所、あとは神酒ちゃんが頑張れば地上側のボス3種類ならすぐ倒せるだろうし」
明日、日付が変わると同時にイベントが開催される。
急も急だが、それだけ推定失敗推奨側は現実に都市伝説の類を放出したい、という事だろう。
……まだ強化イベントとかそういうのこなしたいんだけどなぁ。
準備が出来ているとは言い難い。
奇譚繊維についての理解を深めておきたいし、【口裂け女】との対話も進めたい。
装備に関しても、今と前では必要としているモノが違う為に新調しておきたいと思っていた所だ。
「1YOUくん、Sneers wolfの方で協力関係を築けたのは何処だい?」
「今の所は駆除班のみっすね。他だと……個人的な知り合いのVtuber達が手伝ってくれるみたいで。他チームにはウチみたいな協力者が居ないんで、なんでそんなに力入れてるのか分からないみたいです」
「おっけ、駆除班って言うと……確かボス狩り専門のゲーム外クランだね?あそこが居れば最低限ボスは狩れる筈だ。1YOUくんは私達3人……最大6人が自由に動ける部隊を編成しておいて。次にマギくん、今君が十二分に動くのに必要なのは何だい?」
「液体が欲しいです。大量に」
「なら大丈夫だ。マギくんと私はイベント中、いつも通りにバディで動こう」
まるで人が変わったかのように、ライオネルが口早く確認し始める。
その様子に少しだけ戸惑いながらも、そもそも彼女が実働隊である事を思い出す。否、忘れてはいなかったが……普段の様子から、それらしくなかった為に頭から抜け落ちていただけだと気が付いた。
「さて、じゃあ神酒ちゃん。ちょっと君には聞きたい事があるから……この後残ってもらっていい?」
「えっ、あ、はい。……何ですか?」
「指輪の事だね。――よし、じゃあ行動開始。マギくんは消耗品とか上で買っておいで」
「「了解」」
男性2人はこの状態の彼女に慣れているのか、特に戸惑う事もなく行動を開始する。
残された私は少しだけ居心地が悪くなりつつも、こちらをじっと見つめてくるライオネルに対して口を開く。