「えぇっと……何から話せばいいですか?」
「あは、そんな畏まらないでよ。説教するわけじゃないしね?……その指輪から伸びてる、糸みたいなのが気になってさ。他の2人には見えてないみたいだったから、いつ聞こうか迷っててね」
「あ、あぁー……成程ぉ……」
【猿夢】の印、そしてモブを模した指輪を繋ぐようにして伸びている細い糸のような奇譚繊維。
……って言っても……私自身がしっかり扱えるわけじゃないんだよね。【口裂け女】や【猿夢】が勝手に出したりしてるだけで。
まだどうやって出すのかも、その上で操るのかも良くは分かっていない。
だが、隠すべき話ではなく教えておいて損はない話ではあるのだ。
「と言っても私にもちょっと良くは分かってないんですよ。【口裂け女】曰く、奇譚繊維って名前が付いている事、都市伝説達の骨とも言うべき物質である事、これを扱えれば【猿夢】のハードぐらいだったら楽勝そうだった事くらいです」
「最後が一番重要じゃない?……いやはや、そういう類の力ねぇ。もしかして私にも使えるかな?」
「どうなんでしょう。……どうなの?」
『突然話を振らないでよ。今包丁研いでたんだから……っと、今は2人しか居ないのね。それなら――』
詳しい話は【口裂け女】に聞くべきだ。
そう考え話し掛けると同時、文句が返ってくると共に、
「うわ……どっかの漫画の主人公みたいになってるぜ?神酒ちゃん」
「えっ?」
「こうした方が話しやすいんだもの。口だけ表に出すくらいなら……この前の欠片分で賄えるし」
頬へと視線と指を向けられる。
そこへと自身の指を這わせてみれば……頬の横、もみあげ周辺の到底口が在るべきではない場所に唇のようなモノが出現しているのが分かった。
「ひぃっ!ちょっと舐めないで!」
「邪魔だったから退かす為よ。で、何だっけ?奇譚繊維ね。扱えるか扱えないかの話で言うなら、皆が皆扱える力ではあるわよ?その力の一端がアルバンなのだし」
「へぇ……つまりは力の源泉がその奇譚繊維を扱う力って訳だ」
「神酒よりも理解が早いわね。流石に外でも私達を相手にしてるだけあるわ」
奇譚繊維を扱う力は源泉であり、私達が身に宿しているアルバンはその一端。
……周囲の刃物を使って攻撃してたのも、私が頑張れば使えるようになる……って事だよね。
思い返すのは、【猿夢】との戦闘中。【口裂け女】が行った戦闘の内容だ。
十二分に奇譚繊維を扱えれば、あのレベルの戦闘を私にも行える。そしてその上で、あの時の【口裂け女】は本気ではなかったのが伺えたのだから……やろうと思えば、もっと強力に力を扱う事が出来るのだろう。
「ふぅーむ……おっと。何か出てきたね。コレがそう?」
「へ?……うわ、本当に奇譚繊維じゃないソレ。話を聞いただけで出来るとかお嬢さん本当何者?そっちの……【ソニービーン】の意志が弱いだけかしら?」
「あは、ちょっと意識向けたらゴゴゴって抵抗されそうだったから、その分ぐわーっと黙らせただけだよ。ふぅん、これがそうなのか……うん。ちょっと試しながらやっていく事にしようかな。ありがと、神酒ちゃん」
「え、あぁはい……?」
私が思考を巡らせていた所、突然ライオネルは指先から1本の糸のようなモノ……奇譚繊維をこちらへと見せてきた。
戦闘的な、というよりはその手のコツを掴むのが巧いのだろう。
【口裂け女】も少しばかり引きながら肯定したのを見ると、彼女は嬉しそうに私へと礼を言った。
……センスとかそういうので片づけていい問題かな、コレ……!凄いんだけどさ!
とはいえ、擬音付きの抽象的な説明をしている辺り、説明を求める事は出来ないだろう。
この手の天才型の話を聞くよりは、地道に探っていくしかない。
「じゃ、私も地上側に行くとするよ。少ししたら1YOUくんからメッセージでイベント開始時に何処に居ればいいかが送られてくると思うから、そこで合流しよっか」
「りょ、了解です」
「はーい、また後でね」
彼女はそのまま喫茶店の席から立ち、会計を済ませた後に地上へと向かって足を進めていく。
残された私達はと言えば、軽く茫然としたままこれから何をするのかを考え始めていた。
―――――
そうして、時間は過ぎ日付が変わる約1時間程前。
一度リアルの方にて諸々の家事や仕事側の連絡が無いかを確認した後に、再度ゲーム内へとログインすると、
「お、連絡来てる。……私達はトウキョウの端っこの方なんだ」
『あら、中心近くではないのね』
「多分一番戦力が不確定で不安要素があるからだと思うよ。それに、何があっても大丈夫なように、だと思う」
『何があっても……まぁ外で都市伝説と相対してるのが2人、間接的に関わってるのが1人もいれば大体の都市伝説は対応出来るでしょうし』
「そうだね」
私宛に1YOUからメッセージが送られてきていた。
それなりに広いトウキョウの中で端の方。別段不満はなく、戦力的にも不透明な私を含めたメンバーを配置するならここだろう、というのは予想していた為に驚きもない。
……さて、ライオネルさんは……うん、もうログイン自体はしてるし元々の予定通り現地合流でいっか。
フレンドリストからライオネルが居るのかどうかを確認した後、私は移動を開始した。
少しして、辿り着いたそこは街の外れであり……すぐ近くには何も無い暗い海のようなものが広がっている場所だった。
トウキョウ以外に形あるモノはこの世界には存在しないのか、他の陸地のようなモノは海の向こうには見えず、かと言って地平線のようなモノも描画距離が足りていないのかぼやけて見えない。
正しく世界の果てのその場所には、私以外に既に2人集まっていた。
「お、来たね神酒ちゃん。待ってたぜ」
「お疲れ様です。まだライオネルさんとマギステルさんだけですか?」
「そうです。残りの人は……先輩?」
「あは、2人は遅れる理由が予想できるんだけど……あと1人はなんでだろうね?ログインはしてるし、場所は伝えてあるから問題ないとは思うぜ。まだまだ開始には時間あるし」
ライオネルはいつも通りに、自身の得物である鮪包丁と……何やら前の攻略時には持っていなかった、またもや包帯で全体を巻かれた長物を1本を持って、新体操選手のように回している。
そんな彼女の姿を横目に、マギステルはと言えば、
「……何してるんです?」
「これですか?ちょっと僕のアルバンの能力を使うには下準備が結構必要なんですよ」
虚空から大量の液体が入った瓶を取り出しては、打ち水のように周囲へと撒き続けていた。
お陰でこの辺りの地面は濡れ、少しばかり滑りやすくなっている。
……確かメインのアルバンが【ヴォジャノーイ】って言ってたっけ……水霊だし、
彼の持つアルバンは【ヴォジャノーイ】。
東欧の水霊であり、水を操る権能を持った精霊の筈だ。
スキルとしてアジャストされた逸話がどんなものかは詳しく無い為に予想出来ないが、それでも必要な事なのだろう。
「――おっと、こりゃ大変だ」
「どうしました?ライオネルさん」
「いやね、流石成功させたくない派閥と言うべきかな……
「「は?――ッ!」」
ライオネルが不意に動きを止め、空を見上げる。
その瞬間、
『ATTENTION!ATTENTION!トウキョウ内部にて都市伝説の発生及び暴走、侵食を確認しました!蒐集家の方々は対処を行ってください!』
街の端であるというのにも関わらず、大音量で鳴り始めたそれは警報でありイベント開始を報せるモノ。
……30分早いけど……それだけイベント失敗させたいって事だね!
思いつつ、何が来るのかと首元の印からベーシックな両刃剣を取り出し構えると、それは来た。――否、発生した。
「これ、は……」
「ちょっと予想外ですね。先輩は?」
「ん、見た事はあるね。巨頭オと戦った時と似てる。――領域侵食型の、概念か場所系だ」
まず見えたのは、突如上空に出現した巨大な時計。12時を示すそれは徐々に動き出し。
それと共に、街全体が一度脈打ったかの様に揺れる。
瞬間、
「外国の街並み……?」
トウキョウの建物に重なるようにして、半透明の薄紫色をした煉瓦造りの街並みが出現した。
……侵食ってそういう事か!
時計の針が僅かに進むと同時、私達の近くに建っているビルの外壁の一部が突如煉瓦へと変化する。
各地でそれと同様の現象が起こっているのか、マギステルが急ぎ展開したこのゲームの総合掲示板にはプレイヤー達が混乱している様子が表示されていた。
準備は整っていない。しかしながら……負けられない戦いが今ここに始まってしまったのだ。
【イベント『トウキョウ侵食防衛戦』が開始されました】
【時間内に侵食を食い止められなかった場合、仮想電子都市:トウキョウは侵食され、
【仮想の都市にて貴方達の蒐集が続きますよう、お祈りいたします】