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Episode18 - シチュエーションセトールド


 引き抜かれたというのに未だ鼓動を続けるそれは、周囲から紫色のオーラを集め出しているように見えた。

……これが核。猿夢の時よりはこれぞ!って感じではあるね。

 思わず見とれてしまいそうになる気持ちを抑え、私は心臓のような核を一思いに握り潰す。

 その瞬間、


【核の消失確認:特殊空間の崩壊開始を確認】

【ANNOUNCE:特殊空間にて都市伝説『ダドリータウンの呪い』の核の消失を確認しました。これより仮想電子都市:トウキョウは自浄作用により侵食を受けた地域を放棄、再構築を開始します。蒐集家の皆様におかれましては、未だ地上に残る敵性バグの処理、トウキョウ内の探索を宜しくお願いします】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】


 ログが流れ、私の周囲の景色から光の粒子が立ち昇ると共に、私の目に入るように表示されていたタイムリミットが止まり消えていく。

 どうやらこの空間が崩れていっている様だった。


「一応、終わったって事で良いのかな」

『良いとは思うわよ。少なくともこの空間内にはさっきの奴と同じ気配はしないわね』

「なら安心かなぁ……」


 【口裂け女】が居ない、というならば既に脅威となる存在はここには居ないのだろう。

 信じていないわけではないが、一応私自身も【下水道のワニ】の能力によって周囲に音源が無いか確かめてみてはいるが……1人の足音と咀嚼音程度しか聞こえてこない為、問題はないはずだ。

 流石にそのままにしておくわけにはいかない為、消えていく教会から外へと出てみれば。

 外はいつの間にか夜が明けており、教会の前には青黒いマズルマスクを器用に動かし巨大な肉っぽい何かを喰らっているライオネルの姿があった。


「ん……っぱぁ、終わったっぽいね神酒ちゃん」

「多分、ですけどね。ログ的にまだトウキョウの方に何かしらありそうですし……まぁタイムリミットは消えたんで、問題ないとは思いますけど」

「そこら辺を頑張るのは私達みたいな少数じゃなく、1YOUくんが抱えてる大多数さ。デカいのは倒したんだ、褒められてもサボってると言われる謂れは無いぜ」

「ま、そうですね。戻りますか……戻り方分かります?」

「一応、街の方に扉みたいなのが出現してるのは見えたよ。多分あれが出口だろうね」


 その後、消えていく煉瓦造りの街の中にぽつんと出現していた光る扉を開け進んで行くと。

 気が付けば、私達はトウキョウの中央……いつもボス戦後に転移してくる場所へと戻ってきていた。

 突然転移してきた私達に周囲のプレイヤー達が驚いたものの、その中に居た数人のSneers wolf所属のプレイヤーが誘導、1YOUへと連絡を入れてくれた為に余計な混乱を避けつつも、他プレイヤー達と同じ様に残った敵性バグの対処等に駆り出される事となった。有難いことだ。

……正直、実感はないなぁ。

 あっさりしすぎていた、と言えばそうだろう。結局難しかったのはあの空間に行くまでの道中であり、その後は流れで何とかなってしまった。途中、確かに危ない場面はあったし諦めかけたものの、それでも何処か消化不良のようなものを私は感じていた。

 そんな私の胸の内を察したのか、共に街中を探索していたライオネルはこちらへと笑い掛ける。


「あは、思ったよりも簡単に終わったなって感じの顔してるねぇ」

「あー……分かります?」

「分かるよ。というか私もそうだからね。あっさりしすぎてるし……何と言うか、今回は本気じゃなかった、とか実力を見る為に、みたいな感じだよコレ。端的に言えば嘗められてるね、私達日本

「ですよねぇー……」


 これで終わりとは思えない。当然終わりなんてものはこのゲームがサービス終了にでもならない限りは訪れないのだろうが、それでも今回の侵食防衛戦がこんなに簡単に終わるとは思えなかったのだ。

 ぶっちゃければ、下水道のワニの方が強かった……そう思うレベルには最後の相手も弱かった。故に、相手……今回で言うならば、現実に都市伝説を放出させたい側が本気ではなかったと考えて良いだろう……それが私とライオネル2人の共通の見解だった。

……失敗させたかったのは本当だろうけど、威力偵察なのも本当っぽいよね。

 ライオネルが言った、『実力を見る為に』。これが本当ならば……次回、次々回くらいに開催されるイベントが本番になる可能性が高い。


「ちなみに、私があの空間に行った後ってどうなったんですか?」

「あぁー。凄かったよ?突然街中に何体もでっかい人型の奴……あの教会の前に居た奴が出てきてさ。街の破壊を始めたもんだから誰も彼もが大慌てだったよ」

「……それでこんな感じに……」


 目線を周囲へと向ければ、そこには所々が破壊されたビルや道路の姿が目に入る。

 あの空間へと転移する前はトウキョウ内で戦っていた為に、その余波なのだろうかと思っていたが……どうやら違ったようだ。


「でもこの辺は中央に近いからまだ被害が少ない方だね。外周部なんて人が少なかったから、マギくんやらハロウみたいな高速移動が出来るプレイヤーが頑張って向かったっぽいぜ」

「へぇ……ちなみにライオネルさんは?」

「私はその隙に、ちょっと知り合いに頼んで軽く打ち上げて貰って、手持ちの投げナイフを時計に向かって投げた後にコレで掴んで……そのまま転移、って感じだね。いやぁ運ゲーだったけど成功して良かったよ」

「無茶苦茶な事してるこの人……!」


 思った以上にアグレッシブな方法をとって助けにきてくれていたようだった。


「ま、とりあえずマギくん達と合流しちゃおうか。今後の話し合いとかもあるしね」

「ですね。と言っても……暫くは攻略進めて地力付けるくらいにはなりそうですけど」

「ゲームって元々そんなもんだぜ?神酒ちゃん」

「そういえばそうでしたねぇ」


 そんな事を言いながら、私達は街の中へと駆けていく。

 その後、トウキョウ内に残る敵性バグ達を処理し終わると正式にログが流れイベント『トウキョウ侵食防衛戦』は幕を閉じた……のだが。


『ニュースをお知らせします。現在、シリア国内では突如現れた正体不明の建造物及び、その内部から現れた武装集団によって混乱の一途を辿り――』

『ブラジルから中継です。現在、ここから国境を越えた先にあるコロンビアにて、大量の化け物としか言いようがない生物達が出現しているとの事で――』

『地中海に現代のネッシーが!?その噂が本当なのかをこれから確かめに――』

「ふぅー……ダメだった所は当然ある、か」


 現実に戻った私が見たのは、世界中が都市伝説や逸話関係と思われる存在によって滅茶苦茶にされている現状だった。

 当然、私達の所属する秘匿事象隠蔽特課からは『政府と連携を取り、まずは国内の安定を図る』との連絡が来ており……それなりに忙しいであろう事は伺える。末端である私にはその余波は来ていないものの、次第に世界は気が付いてしまうだろう。

 世の中には説明のつかない、想像上の存在、噂話の中だけに居た筈の存在が実在している事に。


「……止めないとだなぁ。絶対」


 とはいえ、私が現実側で出来る事などほぼ無い。元々デスクワークを主としている人間だ。超常的な力を持っているわけでも、ライオネル達のように現実で超常的存在に対抗できるほど勇気も、身体能力もあるわけではない。

 故に、私は視線を自身の部屋に設置されている端末のディスプレイへと向ける。

 そこに表示されているのは、Arban collect Onlineの総合掲示板だ。

 世界の情勢を見て混乱している者も多い中、そこにはある1つの希望の様な情報が投下されていた。

 それは、


「『地下の奥底、その先に辿り着け。さすれば願いは叶う』……普通ならゲーム内の事だと思うけど、ここまで現実に侵食してきてるんだし……そういう事だよね」


 イベントが終わった後に発見されたデータを解析し、出現したその一文。

 情報としては下の下、信じるにも値しない程度にはソースも何もないモノだ。しかしながら、私はそれを信じたい。

 だからこそ、私には新たな目標が……仕事という理由以外でArban collect Onlineというゲームの攻略を続ける目標が出来た。


「最下層まで辿り着いて、変な事になっちゃった世界を元に戻す。そうしないと……私が好きなお金稼ぎも何も出来ない世界になっちゃうし……もう一部じゃなっちゃってるからね」


 根っこの理由は不純だろう。しかしながら、熱意だけはある。

 私はファンタジーの勇者ではないのだ。過去に居た英雄になれるような存在でもない。

 私情と欲、この2つに沿って行動する。現代の人間なのだ、それくらいでないと動く理由にはならない。


「よぉーし、でもとりあえず……今日は寝よっか!疲れたし!」


 そう言って、私はベッドへと横になり眠りにつく。

 明日から、変わってしまった世界で生きていく事になると感じながら。

 平穏だった世界を感じながら、最後になるであろう安寧の眠りへと落ちていく。



――――――――――

プレイヤー:神酒


・所属

 伝承蒐集部隊【蒐集部門】


・所有アルバン

 メイン【口裂け女】

 サブ1【メリーさん】

 サブ2【猿夢】

 サブ3【下水道のワニ】


・装備

 蒐集部門急所特化制服(上)

 蒐集部門急所特化制服(下)


・逸話同調

 技術:奇譚繊維操術 Lv.1

 技術:同種侵食【武器】Lv.1

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