「見たところ……あの教会が元凶で、核って所かな」
「恐らく!……でも大丈夫ですか?」
「あぁ、これ?」
言って、彼女は受け止めていた巨大な拳へと視線を向け、
「大丈夫」
大きく、口を開いた。
青黒いマズルマスクがまるで本物の口であるかの様に大きく開き、みるみるうちに巨大化していく。
……奇譚繊維!?
見れば、彼女のマズルマスクはいつも着けている物ではなく、膨大な本数の糸によって作られたもの。それが蠢き、形を成す事でマズルマスクから巨大なイヌ科の口へと変化して、
「――イタダキマス」
呪いを喰らう。
離さぬように、逃さぬように彼女の身体からは青黒い奇譚繊維が伸び拳全体を、腕を締め上げ拘束し……その内側にある彼女自身の口で、紫色のオーラごと咀嚼していく。
『おっどろいた。ここまでしっかり使えるようになってるなんて』
「これが実働隊、って事なんだろうね……兎も角!」
彼女はこちらを見ずに、腕だけで私に行けと。
先に進めと指示をする。
まるでここから先の障害は全て自分が取り払うと言わんばかりに、咀嚼しながら私を促して。
……ありがとう!
だから征く。
一度倒れてしまった身体を起こし、考えるだけで力の入る
「作ってくれたこの場面」
一歩。
抑えられている紫の巨人は、私を止める為にその身体の形を変え……ようとして、青黒い糸によって、無理矢理に形を整えられる。
その衝撃が周囲に伝わったのか、再び鳥達が飛んでいく。
「進み出せたこの一歩」
一歩。
教会が再度全体を脈打たせ、多数の人型を作り出す。……だが、それくらいならば私にだって対処は出来る。
腕の赤黒い奇譚繊維を振るい操る事で、進行方向に居る人型達を薙ぎ払いながら前へと進む。
叩きつけ、斬り付け、締め上げ。思い通りに動く糸を使い、目の前の障害を取り払っていく。
「ここで成せなかったら……意味がない!」
一歩、否。力強く踏み込んで、駆け出して。
私は目の前の教会へと一気に駆け抜けて。
飛び込むように、蹴飛ばすようにしながらその入り口の扉を破壊しながら中へと転がり込んだ。
……辿り、着いたぁ!
そこの内部は朽ちていた。
何かに荒らされたのか、普通ならば規則正しく並んでいるはずのチャペルチェアは真っ二つに折れていたり、そもそもが壁側へと無造作に寄せられていたりと中々に悲惨な状態だ。
それ以外にも、祭壇や説教台も破壊されており元の姿は見る影もなく。外から綺麗に見えていたステンドグラスに至っては、その全てが割られている。
その中に都市伝説の核となりそうなものは無い。しかしながら、私は直感的に……というか。見た瞬間に、それが核であると理解した。それは、
「……まぁ、居るよね。番人みたいなの」
朽ちた教会の中、中心にそれは居た。
紫色のオーラを纏った、逆十字に磔になった成人男性のように見えるモノ。目の焦点は合っておらず、かと言って何かを口から発するわけでも無い。
それから放たれる殺気、威圧はしっかりと私へと向けられており、
「ッ!」
すぐさま空気が動いた。
瞬時に教会内に出現した大量の槍状のオーラがこちらへと放たれたのだ。だが、まだそれならば対処は出来る。先程も似たような状況の中進んできたのだ。ここで出来ない道理はない。
……足りない……。
流石に本丸なのか、外で受けていた槍に比べ1つ1つの衝撃は重く、私の腕と奇譚繊維だけでは確実に逸らし切る事は出来ない。だが前に進む事は出来る。
肉が外側から、必要のない部分から削がれ、血がそこから抜けていき全身に入る力が抜けていくのを感じる。だが、前へと進む足は止めない。ゆっくりとではありながら、確実に、前へ……磔の男へと向かって進んでいく。
「……ッない……」
口から零れるのは、意識した言葉ではない。
無意識の内に、心の内から零れる想いがそのまま口から出ているだけの事。
それに気が付いた私は落ちかけていた口端を上げ、
「足りないんだよッ!もっと
『ふふ、言うじゃない――良いわ、今回は面白いものも見れたし……ご褒美よ』
言った。それと同時に、今の私には絶対に避けられない槍が飛んでくるのも見えていた。
【■■開始――失敗――介入を確認、再度実行】
【
【都市伝説データ:【口裂け女】同調成功:20%】
【ようこそ、新たなる逸話の創造へ】
だが、その槍は私には届かない。
赤黒く、先程まで私が使っていた奇譚繊維よりも太いソレが私の身に届く前に受け止めていたからだ。
「……へっ?」
当然、私が意識してやった事ではない。どういう事だ、と奇譚繊維が伸びていた右腕へと視線を向けてみれば……そこには、肩口までを赤黒い奇譚繊維によって覆われている私の腕の姿があった。
暴走しているわけではない。とはいえ、私が意識した事でもない。
疑問は多分にある。しかし、
「――考えてる暇はないかッ!」
声は聞こえていたのだ。彼女は褒美と言った。
それならば、この
……さっきよりも動かしやすい!
それに今の右腕は先程よりも動かしやすい。まるで、今までは何かしらの枷を掛けられていたかのように、思ったように……思った以上に動かす事が出来る。
強度も膂力も上がっているのか、右腕から放たれる奇譚繊維だけで槍を受け止める事も、逸らす事も出来る。その上で、
「【口裂け女】!」
『あぁもう、ご褒美あげたのにまだ働かせるの?』
私はその操作を【口裂け女】に一任する。
普通に考えれば、明確に外に出たいという意志があり友好的と言えど反発もしてくる都市伝説に任せるのは悪手でしかない。しかし、ここまで【口裂け女】と関わってきた私だからこそ判断できることもある。それは、
「このタイミングなら絶対裏切らないでしょ、貴女!」
『……それが分かってるなら私が言う事は無いわね!』
明確にこちらを害するタイミングが決まっているという事。
邪魔されたとしても、私個人の力だけでどうにか出来るタイミングでしか邪魔はせず、暴走もしない。
以前の下水道のワニ戦は初めてだった事もあるし、何なら私に対処の仕方を教えてくれていた可能性だってある。
……思ってる以上に世話焼きで優しいんだよね。
そう思った瞬間、奇譚繊維の一部が私の頭を軽く小突くものの、それだけだ。
故に、私は朽ちた教会の中を更に征く。
目の前には磔になった男。手には刀と、今し方具現化したナイフを持ち進んでいく。
残されたタイムリミットはもう少ない。気が付けば既に3分を切っている。
だがそれだけだ。この距離から3分も時間は掛からない。
既に彼我の距離は5メートルにも満たず、私達の間には槍や剣、奇譚繊維等が大量に重なり合い火花を散らし続けていた。
自身の感じている時間の流れが遅くなっていくのを感じ、一息吐こうにも体感では10秒以上も掛かっているように思いつつ、私は見る。
「目の、前ッ!」
『――ァッ!!!』
男が叫んでいた。
男は言葉にならない声で叫びながら、血の涙を流しながらこちらへと憎悪の目を向けていた。
しかしながら、
「そんなんじゃあもう、私は躊躇わないんだよね」
言葉と共に、こちらの胴体へと向けて槍が放たれる。【口裂け女】が制御している奇譚繊維は既に手一杯なのか、間に合いそうにない。
故に、私はここが最後と判断した上で。
一気に速度を上げ……右手に握った刀を
「ッ――『あたし、メリーさん』!」
瞬時に切り替わる視界。目の前から消えた私に対応できていないのか、磔の男は背後に飛んだ私の事を見つける事が出来ていない。
だからこそ、背後の逆十字にしがみつく様に抱き着いて。
「『今あなたの後ろにいるの』!今ッ!」
私は左手に持ったナイフを使い、男の喉元を掻っ切った。
それと共に、私の右腕から伸びた奇譚繊維が何本も男の体内へと突き刺され潜り込んでいく。
男は引き剥がそうと、紫色のオーラをも操って私へと攻撃を仕掛けてくるものの……ここまで近づいてしまえば、奇譚繊維による防御が間に合わないはずもなく。
……うげ、ちゃんと触覚あるじゃんこれぇ……。
少しばかり嫌な感触に顔を顰めながら、私はバフによって強化されている膂力を使い無理矢理自身の腕をも男の身体の中へと突き入れて、身体の内側を文字通り手探りで探して行くと。
『見つけた!』
「ナイス!」
【口裂け女】の言葉と共に、腕が引き抜かれていく。
私の右腕、その手のひらが男の体内から取り出したモノ。それは……淡く紫色に光る、心臓のような形をした奇譚繊維だった。