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Episode16 - トゥルーネームスターテッド


 近付いてくる人型達に向け、刀を振るい。

 駒のように一回転。

 右腕から伸びる3本の奇譚繊維と半ば同化したナイフが私の周囲を薙ぎ払っていく。

 夜の街中に、私の身体と周りの人型達によって生じる音だけが響いていた。


「数が多いッなっとぉ!」

『逆に増えてるわね、これ』

「やっぱりー?!」


 戦い始めてから既に5分。

 短い様で、戦闘時間にしては長いその時間の中、私は転移してきた場所から動けずにいた。

……倒せば倒す程出てくるって事は、倒すのは間違ってるとかかなぁ!

 そも、相手がどのような都市伝説なのか、結果としてどうして今のような状況になっているかがまだ理解できていない。

 そこを紐解いていかねば、勝つ以前に此処から出る事すら叶わない可能性だってある。


「って言っても……何かあったかなぁ……!」


 猿夢、下水道のワニのようなコレといった分かりやすい実体が居ないのは確かだ。

 それこそ、今は見当たらないものの時計がそれに当たる可能性もあるが……あれは残り時間を知らせるものの可能性が高い。

 ならば、と再度周囲を薙ぎ払う事で思考の時間の為の余裕を作り出しつつ、私はトウキョウと現在居る謎空間の類似点を探す。

……まぁ探すまでもないか。

 分かりきっている。煉瓦造りの建物達だ。

 これらが侵食が進むたびにトウキョウ側へと出現し、今居るこの空間にも存在しているモノ。

 だがそれがどう影響しているのか、答えになるのかは分からない。故に、


「んー……!【口裂け女】、ヒント!」

『あら、私が分かってると思ってるの?』

「分かってないなんて言わせないよ!というか多分だけど、見ただけでも核の位置とか分かってるでしょ!」

『それはそうよ。私より下位……ってよりは、向こうでも一部地域で広がってる類のものだもの。見ただけで充分分かるわ』


 そう言ったきり、彼女は黙ってしまう。

 追加でヒントをくれる様子はない……否、しっかりとヒントはくれていた。

……向こう、一部地域ね。……やっぱり海外系、しかも一部地域の街か村系の都市伝説かコレ……!

 それが分かっただけでも、記憶の中のデータベースにアクセスすれば何種類かの都市伝説が候補にあがる。


「付与される不幸、村、街、都市……いや、海外なら……タウン?――ッ!」


 言った瞬間。

 私が居る街が、私の言葉に応えるかのように鼓動した。

 どこに居たのか、鴉が鳴きながら飛び立ち猫の様な鳴き声が煉瓦造りの街に響き渡る。


【都市伝説の真名が看破されました】

【都市伝説データ:『ダドリータウンの呪い』再活性化開始】

【侵食が本格化します――タイムリミット再定義】

【タイマースタート:10:00:00】

【イベント終了条件公開:タイムリミット迄に都市伝説データの核を破壊】


 顔のすぐ横に出現したウィンドウに流れていく文字と、減り始めるタイマーを横目に私の身体は背後へと独りでに……自身の意思とは関係なく振り返っていく。

……成程、ここからが本番ね……!

 Arban collect Online以外にも、VRMMOではたまにある身体アバターの制御をシステム側が一時的に奪う現象……ムービー処理だ。


――――――――――――――――――――


 そこは、元はただ1つの普通の村だった。

 人々は細々と、しかしながら穏やかに暮らし、たまに夢を見た若者が都会へと飛び出ていく……そんな何処にでもある村だった。


 だが、その村を興した領主の家には無視できぬ過去おてんが存在していた。

 領主の先祖にあたる人物が、当時の統治者への反逆罪にて処刑されていたのだ。だが、それだけならばまだ良かっただろう。

 問題は処刑された人物が死の間際、この世全てを呪った事だ。


 結果として、その村は呪われた。

 その人物の呪いが故か、それともその話を知った者達の認知による現実の歪みかは置いておくにしても、事実として呪いとしか説明がつかない現象が相次いで発生した。

 伝承が事実を呼び、事実が存在を確立させた。


 その村の名前は――ダドリータウン。

 迷い込んだ者に不幸と呪いを振りまく、呪いの村だ。


――――――――――――――――――――


 身体が動く様になったと感じた私は、瞬時に背後へと倒れ込むように転がりながらも目の前にある建物から距離を取る。

……ダドリータウンの呪い……!現実でもガチだって言われてる類の都市伝説じゃん!

 周囲の景色は少しずつ切り替わっていく。今までは真夜中の寂れた煉瓦造りの街並みが広がっていただけであったというのに、今ではその全てが紫色のオーラを纏いだしている。

 だが、それだけではない。そのオーラが少しずつではあるが教会の元へと集まり出しているのだ。

 まるで、そこを護るかのように……そこへと侵入者を近付けないように。


「答えが分かりやすくて助かる……けど!」


 とはいえ、私の周囲には未だ人型も集まってきている現状は変わらない。

 街全体がオーラを纏いだしたが故か、人型の数もそれに比例するように増えていっているのだ。だが、それらを倒したとしても、事態は解決には向かわない。

……終了条件は核を破壊する事。目の前には分かりやすくオーラを集めている教会。どれが核かは分からないけど……どれを優先すれば良いのかは分かり切ってる!

 そも、私には時間がない。約10分しかないタイムリミットの中で、目の前の教会をどうにかせねばならない。そう考えると……中々に厳しいかもしれないがやるしかない。

 トウキョウ側からの援軍が来る可能性は考えない方が良いだろう。もし来れるのであれば、私がこの戦闘のトリガーを引く前の戦闘で誰かしらが来ているだろうし……何も、この現象がこちら側だけで起きているとは思えない。


「行こう」

『あら、行けるかしら。手伝いは?』

「要らない。強いて言うなら、この腕の奇譚繊維はそのまま使わせて」

『ふふ、じゃあそのままにしておいてあげる。ここから見てるから頑張りなさいな』


 手には一振りの刀を握り、一歩踏み出し。

 それに呼応するように、周囲から迫って来ている人型達を右腕から伸びる奇譚繊維によって斬り裂いて。

 目の前の禍々しいオーラを集めている教会へと距離を詰める為に更に一歩踏み出した。

 征く。躊躇う必要はない。


「ッ」


 教会は私の進みに呼応するかのように、集めたオーラを複数の槍のように変えこちらへと射出し始める。

 狙いは荒いものの、数が多い。身体に命中するモノ全てを弾こうとすれば文字通り手が足りない量だ。

 故に、身体……その中でも致命となり得る場所に当たるモノだけを弾くように思考を切り替え、刀と奇譚繊維を操り前へと征く。


 一歩。刀が胴体の中心を貫くように進んできた槍を弾く。

 一歩。頭、足、刀を持つ腕へと命中する複数の槍を、奇譚繊維と同化させたナイフによって軌道を逸らす。

 一歩。どうしても弾く事が出来ない軌道をした槍を、身体を横向きにする事で紙一重に避ける。

 一歩、一歩、一歩。進む度にHPが擦り減り、身体の端から削られていくかの様な感覚を味わいながらも、次第に私の足は速く軽くなっていく。


「前にッ!」


 自身の顔に笑みが浮かんでいるのが分かる。

 今ここに居る理由は自身の仕事に起因するモノ。しかしながら、今私の胸の内にあるのは目の前の困難を突破する為だけの僅かな勇気と、スリルに対する興奮から来た愉悦感のみ。

 今だけは仕事に縛られず、どこまで自身が征けるか、目的を達成できるのかと前へ進む意志だけで足を動かして。

 文字通り身を削りながらも教会へと近付いていく。

……残り30%!

 減りに減ったHPを横目で確認しつつ、鈍くなった身体を無理矢理動かして。

 気が付けば私は、槍の雨を抜けて教会の前へと立っていた。


「ふふ、何とかなるじゃーん……」


 だが、そこまでだ。

 身体は動く。前へと進む力も残っている。だが、私の目の前……教会と私の間には1体のオーラで出来た巨大な人型が拳を振り上げた状態で私を待っていた。

 以前見た、猿夢の電車内で交戦した巨大な猿よりも巨大なソレはゆっくりとではありながらもこちらへと拳を降ろしていく。速度は大したことないように見える。故に避けようと足を動かそうとして、


「あっ」


 突然地面に現れた・・・・・・・・僅かな段差に・・・・・・躓いてしまった・・・・・・・

……ここに来て『不幸』……!

 ダドリータウンの呪いがばら撒いているデバフであり、一定期間毎に不幸な出来事が訪れるソレ。

 それが、今。最悪な形で私に降り掛かった。

 全てが非常にゆっくりと進んでいく。走馬灯のように、トウキョウからここに送ってくれた知り合い達の顔が脳裏に浮かび、


「くそ……ごめんなさい……」


 謝ると同時、私の身体に人型の拳が振り下ろされた。





 ――かのように思われた。

 目を瞑り、その時を待っていた私はいつまでも訪れない衝撃を不思議に思い少しばかり目を開き前を確認する。すると、


「――いやぁ、待たせたぜ。神酒ちゃん」


 そこには、私がこの世界ゲーム内で一番頼ったであろう人物がいた。

 頭上から振り下ろされた巨大な拳を難なく猿の様な腕で支えながら、見覚えのない青黒く鈍く光るマズルマスクのような物を着けたその人物は、こちらへと視線だけで笑い掛ける。


「間に合ったようで何よりだよ。ほら立って立って。まだ諦めるには早いぜ?」

「――ライオネルさん!」


 ライオネルが、そこに立っていた。


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