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Episode15 - オブソリートタウン


「先輩、準備出来ました!」

「オーケィ!一旦片づけるから待ってて!……ハロウ!」

「言われなくても分かってるわよッと!」


 それから約10分ほど。

 どうやら私を空中へと打ち出す為の舞台が出来たらしく、マギステルが声をあげる。

 それと共に、私は今まで瞑っていた目を開いた。

……うん、大体イメージは出来た。

 イメージトレーニングは重要だ。特に今回のような、ほぼぶっつけ本番のような状況では。

 先程よりも思い通りに動く様になった腕のオーラを見て、少しだけ笑みを零しつつも、


「うわ、すっご……」


 改めて、私の為に作られた舞台を確認する。

 そこにあったのは、木材で作られた簡易的なお立ち台のようなもの。凡そ5メートル程度はありそうなそれを見て、少しばかり準備している彼らを嘗めていた事を恥じる。

 たった10分程度で、しっかりと昇る事が出来、高さも確保した高台を作り出したのだ。感謝しか出来ないだろう。


「神酒さん、僕が出来るのはここから時計に向けて打ち上げるだけです。その後のフォローは出来ないと思ってください」

「大丈夫、分かってますよー。あ、1つだけ打ち出す時に注文があるんですけど……」

「はい?」


 そうして、今考えた方法をマギステルに伝えると。

 彼は少しばかり疲れたように、しかしながら楽しそうに薄く笑う。


「……やっぱり、貴女は実働隊こっち側ですよ。思考が先輩とか部隊長とかと同じですし」

「あれ?言外に頭おかしいって言われてます?コレ」

『褒めてるんだと思うよ!('ω')』

「そうなのかなぁ……」


 まぁ、やってくれるならば良いだろう。

 程なくして、周囲の敵性バグを掃討し終わったライオネルとハロウがこちらへと合流した。

 彼女らはまだ暴れたりないのか、今にも他の場所へと走り出しそうになっているものの、


「大丈夫大丈夫。自分達の役割はしっかり分かってるさ。ね、ハロウ?」

「そうねぇ。ま、今回は空を飛ばずに済むし……もし失敗した時の回収は任せなさい?プレイヤーの中じゃ1番私が速いと思うから、絶対に拾ってあげるわ」

「ありがとうございます……じゃあ行きますか」


 私は一歩、舞台へと足を進めその階段を昇っていく。

 手には1本の刀と、それを握る指の隙間に無理矢理差し込んだナイフ。そして、もう片手には1本の両刃剣を持ち。

 私は徐々に高くなっていく視界の中、覚悟を改めて決めた。

……躊躇っちゃいけない。こういう時はバカにならないと……頭を無にして、身体を動かす事だけを考えないと。

 僅か5メートルでありながら、普段の高さとは違う位置から見る街は、既に侵食がかなり進んでいるように見える。

 高層ビル街であったそこは、所々が煉瓦造りの建物へと置換され紫色のオーラを周囲へと放ち始めていた。プレイヤー達の喧噪や、敵性バグ達の侵攻する音も風に乗って聞こえてきている。

 私1人がこの状況をどうにか出来るとは到底考えてはいない。そんな事が出来るなら正真正銘、英雄なのだから。高台の一番上へと昇り切り、私は空気を吸い込んで、


「私は蒐集者!英雄じゃあない!――『そうですよね?』」

「ッあは!そうだぜ神酒ちゃん、君は英雄なんかじゃない!ここに居る全員がそうだ!私達は蒐集者!都市伝説を蒐集し、悦に至る者!」


 私の声に、能力の発動に下に居るライオネルが反応する事で、私の身体全体に赤いオーラが首元の印から漏れ出ていく。

 それと共に、高台に居る私へと迫るように下から大量の水が迫ってきたのが見え、


「行ってきます」


 私は打ち出された。

……うぉお!?結構勢いが強い……!

 水の勢い、空気抵抗による顔面へと襲い掛かる圧。それらを一身に受けながらも、私は何とか足元へと両刃剣を持っていき……乗った。

 途端にバランスを崩しそうになるものの、マギステルの水の勢いのおかげか、それとも彼が何かフォローしてくれているのか、思ったよりも体勢を戻すのに時間は掛からない。

 ちらと下へと目線を向ければ、地上からは分からなかったもののかなり煉瓦造りの街並みへと変わってしまったビル群が見えてしまった。


「ッ」


 このままでは、イベントは確実に失敗してしまう。

 まるでサーフボードのように両刃剣へと乗りながら、私は上空の……徐々に近づいていく時計へと向けて視線を向けた。

 時計は今も時を刻み続けている。

 近付いていく私の事を気にしないかのように、認識していないかのように。だが、それもここまでだ。

……水の勢いが……ここかッ!

 だがまだ、確実に飛べるとは言えない。【下水道のワニ】によって感知している時計以外の音がまだ頭に叩き込まれているのだ。だからこそ、私はここから更に地上から距離を稼ぐ。

 勢いを失いつつある水に対し、私は足場としている両刃剣を強く蹴る事でその場から跳ぶ。

 その瞬間、両刃剣と共に水が弾けてしまい戻る事は叶わなくなるものの……だが、故に。それほどの力で足場を蹴ったのだ。私の身体は空を跳ぶ。

 ここだ。ここからがやっと本番。勢いによって開いた口に空気が叩き込まれ、声が出ない。だが言うのだ。ここがスタートラインなのだから。言うしかない。

 空高く、侵食されていく街を眼下に私は叫ぶ。


「『あたし、メリーさん』!」


 言った。


「『今あなたの後ろにいるの』!……ッ!?」


 瞬時に、私の視界は切り替わる。

 【メリーさん】の効果によって飛んだ先、通常ならば対象としている筈の時計の裏……裏なんてものがあるのかは分からないものの、そこへと飛ぶはずだった。

 しかしながらそこは、


「――どこココ?!」


 煉瓦造りの建物が建ち並ぶ、私の知らない夜の何処かの街。その中でも教会の目の前へと私の身体は転移していた。

 当然ながら攻撃する先なんてものはいない。

 見れば、ここに飛ばされたからなのか、パーティからも私は抜けてしまっている。

 空を見上げてみれば、そこには私がさっきまで居たであろうトウキョウが薄っすらと夜の街に映し出されていた。


「フレンドリストから連絡は……出来ない。しかもあんまりゆっくりは出来なさそう!」


 ライオネルやマギステル、1YOU辺りに連絡出来ないかと試してみても反応はなく。

 どうしようかと思った所で、私の周囲に音が生じた。複数生じたそれらの内、一番近いソレへと視線を向けてみれば、


「紫色のオーラ……そういう類の罠とか、迎撃装置って感じかな……」


 そこに居たのは、紫色のオーラで出来た人型の何かだった。

 トウキョウを侵食している都市伝説の影響であろうオーラも紫色であり、そもそも周囲には似たような煉瓦造りの建物が複数在り、空にはトウキョウの風景。無関係とは考えられない。

……転移か、それとも時計に一定以上近付き過ぎたモノに対する防衛機能か……どっちにしても倒すしかないか!

 一度考える事を止め、こちらへと迫って来ている人型のオーラへと刀と複数のナイフを向ける。

 そもそも、あんな啖呵を切って飛んできたのだ。迷う意味は無い。目の前にあるものを解決するしか能がない私が、下手に周りの事を……裏の事を考えても仕方ない。


「お披露目は大勢の前の方が良かったんだけどね!」

『あら、やれるのかしら?』

「茶々入れない!包丁でも研ぎながらしっかり見てなって!」


 右腕の【口裂け女】の能力によって生じたモノとは違う赤黒いオーラ。

 これは私自身の、自由に使えるような力ではない。しかしながら、今ここに宿り、一時的にではあるものの使える様に解放されている力。

 それを意識しながらも、近接距離……タッチの距離にまで迫ってきていた人型へと刀を一度横に振るう。

 瞬間、


『へぇ、驚いた。貴女これ・・使うの初めてだったわよね?』

「無駄に10分も瞑想してたわけじゃあないからね!」


 人型の胴体を刀が一閃すると共に、少し遅れて3本のナイフが人型の身体を斬り裂いていく。

 無論私の身体は1つであり、右手に刀を握っているが故に3本のナイフを振るえるような余裕はない。ならばどうやったのか?その答えは簡単であり、既に答え自体は以前見ているもの。

……何とか上手くいったぁ……よしよし、次行こう!

 私の右腕に残り続けていた赤黒いオーラ。【口裂け女】が全身切り替えの代わりに置いていったその力の一端。

 それは今、オーラから糸状に姿を変え、私が具現化させたナイフ全体を赤黒く染め私が思う様に動き続けていた。


「――奇譚繊維、ちょっとだけなら使えるってわけだよ!」


 新たに、否。元より得ていた力のその先のモノ。それを手に、私は戦いへと身を投じていく。

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