『まず、状況はかなり悪い事を念頭に聞いてくれ。――おい!向こうに街の破壊を進めてるバグが居る!何人か向かってくれ!』
1YOUの声を聞きながらも、街の中を駆けていく。
道中、敵性バグに囲まれていたプレイヤーを助けながらも中央へと急いでいると、3つほど無視出来ない点が見えてくる。
まず1つ目は、トウキョウの中央に近付くにつれて、侵食の度合いが高くなっていっているのだ。
……まぁ、中央から落とせるならそれを狙うよね。
これ自体は私でも考えつく程度の狙いであり、そこまで不思議でも無い。
そして2つ目であり、私が面倒だと思う物。それは、
『すまない。――現状、都市伝説による侵食が進んだエリアに滞在していると、『不幸』というデバフが掛けられる。これの効果は様々だ。突然体勢を崩したり、攻撃が外れたり、物が上から落ちてきたり……正しく不幸な出来事が一定時間毎に起きてしまう』
「さっきからどっから落ちてきてるんだって花瓶とかがそれって訳だね、厄介だなぁ」
「何も見ずに対処してる貴女がそれ言います……?」
「あは、対処できると厄介じゃないってのはイコールで繋がらないんだぜ、神酒ちゃん」
恐らくは現在トウキョウを侵食しているであろう都市伝説の能力。それによって付与されるデバフ『不幸』は中々に厄介だ。
近接距離で戦う私やライオネルの様なスタイルでは、体勢を崩したり攻撃を外してしまうというのは致命的な隙になり得てしまう。
それ以外にも、マギステルのような集中力を必要とする能力の場合も、不幸の内容によっては能力自体が封じられる事もあるだろう。
……実際、もうかなーり厄介なのは体感してるしね。
街中を駆けているが故に、既に私達には何度か不幸な出来事が起きている。
能力によって具現化しているであろうハロウのバイクがエンストを起こしたり、マギステルの液体貯蓄用の瓶や水筒に穴が空いていたり、ライオネルが軽食を食べようとした瞬間、何処かから現れた鳥に持っていかれたり。
まだ戦闘中でなかったのは幸いだろうとは思うものの、これから先が心配だ。
『問題はこの現象を引き起こしているであろう都市伝説の姿が見つからないという事だ』
「それは索敵系特化のアルバン持ちでも?」
『見つかってないっすね。一応は上空の時計と、侵食された後の建物や地面が都市伝説判定として引っ掛かるっぽいっすけど』
「じゃあ時計は破壊出来ないのかしら。……あ、もしかして」
『御明察。破壊しないんじゃなく、時計に届くほど長距離射程持ちが居ないんだ。まぁアルバンも元は都市伝説や伝承。弓や銃なんかの逸話を持っていても、あそこまで高い位置に居られちゃ……まぁ射程が足りない』
これが3つ目。
明らかに敵と関係があるものであり、あれが出現してから状況が始まったのだから……あれを壊さない択はないのだが届かない。
単純に射程が足りていなかったりもするだろうが、それ以外にも都市伝説側が何かしらの能力を使っている可能性だってある。
故に必要なのは、
「確実に攻撃を通せる、当てられる存在ってわけですか。……先輩」
「……ちょっと考えないとだね」
『まぁ、マギの液体操作でプレイヤーを打ち上げるってのが一番かもしれんっすね。問題は打ち上げられるくらい液体の量があるかってくらいですけど』
「うん、こっちも考えてみるよ」
『あと最後に!……あいつら、放置しておくと街の破壊を進めてる。それが侵食に必要な事なのかは分からないが……一部でもビルが破壊された時点で、時計の針の速度が上がったなんて報告まで上がってる』
「成程……うん、わかったよ。ありがとう1YOUくん」
言って、ライオネルは1YOUとの通話を切断する。
そうして、バック走のような形で私の方へと身体を向けにっこりと笑う。
「……流れで分かりましたけど……マジです?」
「マジもマジ、大マジだね。地上の殲滅に関しては私やハロウ、メアリーちゃんが居れば十分出来る。1YOUくんが言ってたように、射程……ってよりは効果範囲が足りてないっていうならマギくんの能力で打ち上げる事も出来る。そして」
「私の【メリーさん】による転移、ですか」
「実際問題、それが一番確実だとは思うわよ?下手に撃ち落される可能性があるモノを撃ち出すよりは、プレイヤー自身が近付いちゃった方が絶対対応の幅も広くなるでしょうし」
ハロウの言う事も分かる。
今まで攻撃が届いていないのも、都市伝説側の能力によるものかもしれない。それに対し、私はターゲットの背後に瞬時に転移する事が出来る能力を持っている。それも近接攻撃を一撃確実に入れる事が出来る位置に、だ。
……この場合、問題は私の気持ちだけって所かな……。
やるかやらないかで言えば、私はやるだろう。
しかしながら、不安が無いわけではない。なんたって1人空高く転移するのだ。ソロで地下へと潜るのとは違い、援護はあるかもしれないが……それにしたって、フレンドリーファイアにならないという確証はない。
『良いじゃないの。楽しそうよ』
「君はもうちょい不安とか……いや、そういうのとは無縁だったね」
『それはそうよ。都市伝説っていうのは不安や疑念、人の面白そうと思う気持ちや恐怖の感情から出来てるんだから』
自身の内側から聞こえてきた声に少し頬を緩ませながらも、私はこちらを見つめているライオネルの瞳をしっかりと見返して、
「やります。やってやります。一撃だけは私が……いや、私達が何とかします」
『えっ』
「あは、良いね。――マギくん!メアリーちゃん!準備お願い!ハロウは準備中に周りから寄ってきた敵性バグの処理!」
「「了解」」
『えっえっ』
私の一言で、全員がその場に立ち止まり準備を開始する。
マギステルとメアリーはインベントリから液体や、何かしらの生産系のコンテンツにでも使えるのであろう木材等を取り出し、少しでも私が高い位置から転移を行えるように、私が落ちてきた後に救助がしやすいようにと場を整えて。
ライオネルとハロウは、それぞれの得物を出現させると同時、こちらへと迫って来ている敵性バグ達の処理を開始した。
「さ、やるから頑張るよ。最悪、空中で全身切り替えね」
『はぁ……仕方ないわね。でも全身切り替えはしないわ』
「え、なんで?やってもらった方が確実性が上がるんだけど」
『対価よ対価。タダで動くような女だと思ってもらっちゃ困るわ。使わせてあげるとしても……右腕1本分程度ね』
首元の印から赤黒いオーラが漏れ、私の右腕を覆っていく。
暴走しているような見た目ではあるものの、しかしながら私の意志と反する動きをするようには見えなかった。
「これは?」
『文字通り、私の右腕1本分よ。上手く使い方は考えなさいな。私はここから、他の刃物を研ぎながら見ててあげるから』
「って言っても……!」
投げやりに言われたのに反応しようとして、私は右腕に違和感を覚えた。
確かに暴走はしていない。私の思う通りに腕は動く。しかしながら、
……何この感覚。
そこにある赤黒いオーラが、腕のように……否、腕を動かそうとすれば赤黒いオーラの方が先に動いてしまう。
しかしながら、私の感覚では『腕を動かしている』。実際にはオーラが動いているというのに、頭では腕が動いたと認識している。
「……もしかして、そういう話?」
返事はない。
だが、少ない時間ではあるものの
故に、
「よし……よし。やってみよう」
私は1本の刀と、大量のナイフを具現化しつつマギステル達の準備が整うのを待つ事にした。
私自身の準備は少ない。【口裂け女】の能力は飛ぶ前にこの場の皆に対して使えば良いし、他のアルバンの能力にしたってこの状況で使えるものはない。
ライオネル達の方を手伝うにしても、下手に手を出してHPが減ってしまったりしてはこの後に響く可能性だってある。
不幸の存在もあるのだ。動き回るよりは……このオーラに対して意識を向け、理解を深めていく方が良いだろう。
……時間は……大体1時間くらい経ってるんだ。
タイムリミットは分からない。空中の時計ではもう既に1時間ほど経っているものの、街の侵食自体はそこまで進んでいるようには見えず……思ったよりも猶予自体はあるのかもしれない。
それか、一気に侵食が進む条件があるのかもしれないが……それを気にしたって仕方ないだろう。