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Episode13 - ホワイトストレンジネス2


……最近イメージしてばっかりだなぁ。いや、元々都市伝説なんてそんなモノなんだから、そうなるのは当然か。

 思い浮かべるのは、【口裂け女】の全身暴走時の出来事。あの時の彼女は、周囲の鉈を奇譚繊維で侵食し、自身の得物として扱っていた。

 当然、私も無意識ながら近くにある刃物や武器を奇譚繊維で侵食している事はここ最近よくあった。

 だからこそ、改めて。それを出来ると認識した上で……更に、思い通りに。


『テン……ソウ、メツ?――ッ!?』

「よし……」


 1本の、刃を具現化させていない奇譚繊維を近寄ってきていた敵性バグの胴体へと巻き付けて。

 一気にその内側へ、身体の内側から根を張らせるように侵入させていく。

 相手はくねくね、ヤマノケの能力を複合させた事によって出来上がった、言わばあのボスの分体であり……獲物を狩る為の道具であり、武器であると言えるだろう。

 その認識を持った上で、私はそれを侵食していく。奇譚繊維というハッキングツールを使って、入り口・・・をこじ開けようとしていた。

……うぉ、やっぱり抵抗激しいなぁ!?

 瞬間、今まで見た事が無い程に身体を痙攣させながらも暴れ始めた敵性バグに驚いてしまうものの。

 こちらもこちらで、優しくしてやれる程余裕はない。


【!ATTENTION!アバターロストの可能性がある行動です!直ちに止める事を推奨します!ATTENTION!】


「ッ、これが難しいって言ってた理由か……!」


 見れば、今も敵性バグを侵食しようとしている奇譚繊維が少しだけ青白く変色している事が分かる。

……防衛、いやこの場合は免疫機能とかそっちかな!

 侵食しているのだ。逆にそこを糸口に侵食され始めてもおかしくはないし、当然の事だろう。

 これを失敗すれば、この『神酒』というアバターを侵食されこのArban collect Onlineというゲームをプレイする事が出来なくなってしまう。

 だが、ここで退くなんて選択肢は私の中にはない。難しい?失敗すれば?上等だ。

 元々私はギャンブル好き。分の悪い賭けの方が熱く燃える事が出来る。そんなギャンブラーなのが、私の本質なのだから。


「良いからッ!寄越せッ!!その身体ァ!!!」

『テ、ンンンンンッ!』


 どうやら私が何をしようとしているのかを理解しているのか、周囲に居た他の敵性バグ達は一目散に侵食を行っている奇譚繊維へと迫って来ているものの。

 刃を具現化している他の奇譚繊維を扱う事で薙ぎ払い、叩き潰し、光の粒子へと変えていく。

……熱ッ?!いや、チャンス!

 右手の甲が熱を帯びながらも、何かが削れていくような……嫌な覚えのある、以前も味わった感覚を感じつつ。

 私側の侵食が一気に進み、敵性バグの全身を奇譚繊維の赤黒い色が染め上げていく。

 次第に大人しくなっていくその姿に安心しながらも、私は少しだけ頭を押さえる。こちら側の侵食が進むにつれて、鈍器で殴られたような痛みが頭に響いているのだ。


「ッぅ……」

『そりゃあそうなるわよ。一気に流れ込んで・・・・・きたんでしょう?』

「分かっ、てたの?」

『知ってたら止めたのかしら?』

「ふふ、確かに愚問だったね……」


 原因は分かり切っている。頭に響いているのは痛みだけではない。

 声だ。様々な、人の……人だったモノの声。くねくねやヤマノケと一体化し、自我を失ってしまったモノ達の声の一片が濁流のように頭の中へと流れ込んできているのだ。

 憎悪、悲哀、憤怒、諦観。様々な感情がダイレクトに頭の中にぶつけられるというのは、中々厳しい所がある。私が普段から、リアルの方でも都市伝説と言った超常的存在に触れていたから良かったものの、普通の人間がこれをやったら……良くてVR機器の緊急ログアウトシステムが起動する程度には危険だろう。

……まるで一種の毒電波……いや、本当にそれではあるのか。

 見れば、薄く『洗脳』なんて状態異常まで発生している始末だ。少し頭の中に響く声に耳を傾けようとしただけでコレなのだから……しっかりと聞いて、考えてしまえば更に酷い事にはなるだろう。


「ふぅー……よし」

『方法は分かってるのかしら?』

「何となく。侵食したからね」


 そして、侵食が終わると共に声は収まっていく。

 同時に、私にはこの後どうすればいいのか……机上の空論であった筈のそれに、しっかりとした道がつけられた形で分かっていた。

 侵食という形で、末端ながらボスの一部と繋がったのだ。そこから更に奥へと潜っていくのに必要な方法は簡単だ。

……ここから先が一番、問題。でも。

 思った以上の力業。しかしながら、これが出来るのであれば、出来たのであれば。

 私はある種、強力な都市伝説に対する切り札の様なモノを手に入れられる可能性が出てくる。


「行こう――」


 一度、侵食した敵性バグを取り返そうとしているのか、再び群がり始めている他の敵性バグ達を薙ぎ払い。

 私は赤黒く染まったそれと共に、ボス本体へと近付いていく。

 岩からは威圧にも似た圧力がこちらへと放たれているものの、それに怖気る事なく手が触れられる程接近し、


「――さらに奥へ!」


 私が侵食したくねくねがそれへと触れた瞬間。

 視界が暗転し、何処か深くへと落ちていく様な感覚に包まれた。



--心像空間【くねくね】


 そこは、【口裂け女】の居た空間に似た場所だった。

 青い空に、それを反射する何処までも続く水面のような地面。

 これだけならば、唯々美しい、神秘的な空間だった事だろう。しかしながら、そうはいかない。


『た、助け……て……』

『もう嫌だ!嫌だ!嫌なんだ!』

『身体が痛いぃ……』

『お母さん……お父さん……』


 絶望。そう表すしかない声音が聞こえ続けているからだ。

 視線を私が立つ水面の下へと向ける。そこには、無数の……今も青白く身体を無理な方向へと捻らせ続けながら、苦しんでいる人々の姿があった。

……【口裂け女】の声が聞こえない……けど、能力は使えそうだ。

 そして、彼らをここに閉じ込めているであろう存在。くねくねであろう人型の存在が、私から少し離れた正面の位置に立っていた。

 それは左右に身体を揺らしながらも、感情のない瞳でこちらを見つめている。


「……状態異常は無し。そういう場面じゃないからかな」


 首元から刀を1本具現化させていきながら。

 私は足に力を込め、


「まぁ、やろう」


 地面を蹴って、それへと肉薄する。

 彼我の距離は一瞬で詰められ、それに合わせて振るわれた刀が首元へと迫り、


「……やっぱり防ぐよね!」


 命中する寸前で、異様な硬さの手のひらによって止められる。

 刀から伝わってくる感触は、まるで鉄の様でありながら。しかし、視界には薄らと血が滲んでいるのが見えていた。

……力は大体互角……面倒だ。

 アルバンによって強化されている筈の膂力を以て、押し切れない。斬り飛ばせない。

 それどころか拮抗している様な感覚に、少しだけ顔を歪め、


『がっ、ぁあああ!痛い痛い痛いぃ!!』

『何で!?何で私がこんな目に!?』

『もうやだよぅ……!やめてよぅ……!』


 足元から響いてくる声に、小さく舌打ちしてしまう。

 見れば、非常にゆっくりとした速度であるものの、私が付けた傷が塞がっていくと共に。

 足元の水面が淡い赤に染まっていく。そこから推測出来るのは至極単純で、この場において一番面倒な能力。

……そういう類ね……しかもしっかり他にも持ってる訳だ!

 変化はそれだけに留まらない。

 現在進行形で手のひらに触れている刀が、その刀身が非常にゆっくりではあるものの……青白く染まっていっているのだ。

 ダメージの転化及び、再生能力を持ち、触れた相手を侵食するであろう能力も持ち合わせている。

 つまるところ、答えは単純。


「侵食され切る前に倒すしかないって訳だ!」


 水面下の絶望している人達を全て犠牲にして、目の前の化け物くねくねを倒せ。そう言われているのだ。


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