「……雰囲気変わったけど、どう?」
『いるわねぇ。それっぽいのが』
戦闘を繰り返しながら、時折周囲を確認しつつも山を登っていく事暫くして。
風の音が大きくなると共に、私から少し離れた正面辺りに巨大な何かが立っているのが分かった。
その何かの周りには、道中嫌になる程倒したくねくねらしき物が複数体いる様な音も聞こえている。
……これは……踊ってる?中心の何かの周りを?
相手の能力的に視覚を使って確認することは出来ないが、周囲の風音とそれらが動く音によって、かろうじて目の前で何が行われているかを把握出来る。
まるで、盆踊りの様に。何かを祀るかのように。敵性バグ達が、巨大な何かの周囲を身体をくねらせながら踊っているのだ。
「これは……ッ」
突然、
それと共に、私の視界が一人称から俯瞰視点へと切り替わった。
ゲーム的、システム的演出の時間だ。
――――――――――――――――――――
それは、山の中に生まれた存在だ。
思考能力は無く、生物とは言え何かを食わねばならないという訳でもない。
ただ、そこに居る。存在しているだけの存在だった。
だが、それはある時変質した。
虚な眼をした、小さく何かを呟く女。
そして、身体を無理な方向へと捻らせながらも嗤う男。
その男女がそれに触れ、取り込まれ。
それは、力と思考能力を得た。
見た者を狂わせ、同種とする力を。
遭った者の中へと入り、狂わせ、一体化する力を。
それは初めに、周囲のモノを一体化し始めた。
周囲に在った木々を、動物を、そして果ては山自体を。
そして次第に、それと一体化したモノ達が集落を襲い始め……結果として。
今、それの周囲にはそれ以外のモノは存在しない。
――――――――――――――――――――
身体の自由が戻ると同時、私は身体全身から奇譚繊維を周囲へと放出し始めた。
……一手でも間違えるとまずい……!
ここまで来るのに大した脅威が居なかった理由が、今のムービー演出だけで理解出来たからだ。
くねくねという、見るだけでこちらに狂気を振り撒いてくるだけの相手ならば兎も角として、
「混ぜるならもっとこう……メインを張らない類にしてほしいな!」
くねくねと混ぜられているであろう、もう1つの怪異が面倒で仕方がないのだ。
ムービーで確認出来たのはヒント、虚ろな目をした何かを呟く女だけ。しかしながら……山という場所と、これまで相手にしてきた敵性バグ達の発した言葉から、それが何であるかを思い当たる事が出来た。
それは、
「ヤマノケ……!」
周囲に放出した奇譚繊維が何かにぶつかると同時、私は刃を具現化させ続けていく。
視界を覆っている為にどうなっているかは分からないが……恐らく、奇譚繊維の1本1本から全方位に向け刃が具現化されている筈だろう。
……雑魚が大量に湧く類のボス戦、かな……!
そもそもとしてヤマノケという怪異には、異常な怪力や何かを具現化させるような、戦闘に用いる事が出来そうな能力は持っていない。
かの怪異が持つ能力、それは1つ。――『女性に憑りつく』。ただそれのみであり、だからこそ私は近付かれないようにしなければならない。
「【口裂け女】、手伝って!」
『あら、何をかしら。全身暴走はしないわよ?』
「単純に目の代わり!同じ怪異とか都市伝説のあんたなら問題ないでしょ!?」
『それはそうだけど……』
言いながら、私はその場で身体を独楽の様に回転させ始める。
くねくねは見られれば狂気を撒き、そしてヤマノケは近付いてきて憑依する。故に、まずは近付けさせない工夫が必要だ。
刃を具現化させた奇譚繊維を放出しながら回転するのもその1つ。敵性バグとして相手をしてきたくねくね達ならば、これを突破して私の身に攻撃する術を持っていない事は分かっている。
だからこそ、ボス戦由来のギミックや、本体が何をしてくるのかを見極めなければならない。
「それに、私が憑かれたらあんただって侵食される可能性あるんだからね!?」
『おっとっと、それは嫌ね』
瞬間、私の脳内には周囲の景色が鮮明に映し出された。
私自身の目で見ているわけではない。どうやっているのかは分からないが、【口裂け女】が自身で見ている景色を首元の繋がりを通じて私に見せているのだ。
抜け道、裏技の様な方法ではあるが状態異常を喰らっていないということは、一応は問題ないという事。
……いや、敵性バグの数多いな!?
一番目を惹くのは、巨大な青白い岩。
そこから青白い波動が周囲へと放たれると共に、地面から、周囲からくねくね達が集まりこちらへと向かってきているのが分かる。
その種類は様々だ。人型に始まり、様々な山の動物。果てはどうやったのか巨大化した昆虫などもくねくね化して襲い掛かって来ていた。
「こういうのって、技名とか有った方が良いのかなッ!」
『名前は大事よ。それをそれたらしめるのが名前なんだから』
「なる、ほどッね!」
ボスらしき岩から音は発されていない。
だからこそ、視界がない状態で【下水道のワニ】、【メリーさん】のコンボが使えなかったのだが……恐らく、アレに攻撃した所でダメージは与えられないだろう。
今も周囲のくねくね達を薙ぎ払うと共に、奇譚繊維の何本かが岩へと命中しそうになったものの、
「ッ、やっぱり!」
その直前で目に見えぬ何かに防がれてしまい、直撃させることが出来なかった。
くねくね、ヤマノケの両方共にその手の防御能力は持っていない筈だ。故に、アレは岩の持つ能力ではなく、ゲームの仕様側……もしくはボスとなった為に得た特殊能力だと仮定した方が良い。
……ウェーブ制のボス?それか……一定数雑魚を倒さないと攻撃が徹らないパターン。
見れば、くねくね達を倒すと同時、岩から微かに光が放出されている。
どちらの推測が合っているのかは分からないが、このまま耐えていれば何かが起きる事は間違いないだろう。
だが、だからこそ。
「私が主導で状況を動かしたい……!」
今、私が挑んでいるこのダンジョンの難度は初級。
それも耐えるだけのボス戦なんて、私は望んでいない。
システム上の制約?ボスとしての特殊能力?知ったものか。
ここで好き放題出来ない程度の実力では、ここから先の防衛戦やダンジョンの何処かできっと絶対に躓いてしまう。そんな確信がある。
……無理矢理締め付ける?いや、本体に届かないんじゃ意味がない……いや?
考えながら、周囲の敵性バグを薙ぎ払う内に見えてくる。
光の粒子となって消えていく筈のそれらが、薄くなりながらも岩の方へと向かって飛んでいくのをだ。
「【口裂け女】」
『考えは分かるけれど、難しいわ』
「出来ないわけじゃないんだね」
『安全とも言わないわよ』
「十分!」
思い付いたのは、出来るかもしれないという机上の空論。
しかしながら、私の内側に居る存在は、私よりもこの力に長けた都市伝説は、それを出来ないと否定しなかった。
ならば、やる。
安全ではない?今更だ。
難しい?それを試して出来る様になってこそ、修行と言えるのだから。