『あら、結構変わったわね』
「……これ、そっちからはこう見えてたんじゃないの?」
『私は貴女の視界を見てるのよ?貴女の認識が変わらない限り、聴こえもしないし観と出来ないわ。表に出てるなら兎も角ね』
ごもっとも。
そして、変わってしまった視界には更に変化が訪れていた。それは、
『クククルルル………ンンン?』
私達が立っているあぜ道。そのど真ん中に、1体の青白い人型の何かが立っていた。
それは、踊る様に身体を捻らせては戻すを繰り返していたものの……私が見ている事に気が付いたのか、その顔をこちらへと向ける。
「ッ!」
『あら、これそういうタイプね。というか……これまた有名なのが来たわねぇ……』
そこには、何もなかった。
目も鼻も口も、耳も髪も、顔を顔として造形する為に必要なパーツが全て抜け落ちた、のっぺらぼう。
この時点でこのダンジョンを支配している
【状態異常発生:『狂化』、『混乱』、『恐怖』】
私の身体は先程よりも重く、足どころか全身が震え、平衡感覚がなくなると共に、何故だかその存在から目を離せなくなっていた。
……まっずい!場所から想定して然るべきだった!
その都市伝説……否、怪異は見てはならない。
見たら狂ってしまうから。
見たら死ぬまで共に踊ってしまうとされているから。
見たら最期――死んだ先にどうなってしまうかが分からないから。
その名は、
「くねくね……!」
日本でも屈指の知名度を誇る怪異が、そこには居た。
……目が離せない!?
『くねくね』はその性質上、見てはいけない。
至近距離は以ての外であり、遠目から見てもそれがくねくねだと分かってしまえば狂ってしまう。
そして直接的に相手を害する能力はないとされている為、視界に捉えなければ対処は容易であると、現実のデータベースには載っていたのだが。
「身体が勝手に……!」
それも、認識していなかったらの事。
既にしっかりと見てしまい、尚且つ至近距離で認識してしまった私の
関節を無理に動かしているのか、筋肉が傷付き、節々からは血が噴き出し始め、
『あぁ、もう。仕方ないわね』
突如、私の視界が赤黒く染まった。
……奇譚繊維?
視界の隅に見えていた、3つの状態異常のアイコンが消え身体が自由に動く様になる。
くねくねは『見る』という行為を禁忌にまで押し上げた怪異であり、その全てが『見る』という行為をトリガーに起動する一種の舞台装置のようなモノ。
だからこそ、
『ほら、しゃんとしなさいな。見えなければ良いだけの話でしょう』
「あ、ありがとう」
直接見てはおらず、尚且つ都市伝説という人とは違う存在である【口裂け女】が、私の目を塞ぐように奇譚繊維を操った。
言ってしまえばそれだけのことではあるが、後々問い詰める必要があるだろう。
なんせ、別段暴走しておらずとも私の身体、能力に干渉できる可能性があるのだから。
……っと、今はくねくねだ。
見えなくなっただけで、聞こえている。
先程から、単語にすらなっていない言葉の様なモノを延々と呟き続けているそれは、音を発している。
故に――私ならば見えずとも場所が分かる。
「よッ!……っとぉ?」
『あら、弱い』
【敵性バグを討伐しました】
【ドロップ:都市伝説の塊×1、都市伝説の欠片×1】
素早く腕の奇譚繊維から具現化させた刃を使い、目の前のくねくねの胴体へと向かって一閃。
続いて更に攻撃を加えようとした所で、相手の音がしなくなった事に気がついた。
ログも流れた為、その一撃だけでHP全てを削り切れたという事だろう。
「……視覚に対するデバフ盛り盛りの性能だから、それ以外の所が弱くなってるとか?」
『無いとは言い切れないわね。何事も特化したら他が弱くなるのは当然だもの』
視界を覆っている奇譚繊維を軽く操り、目の前をちらと見える様にしてみれば。
こちらへと状態異常をバラまき続ける悪意の塊は既に消え去っていた為、一息つく。
……と、まぁ。予想通りにボスではなかった訳だけど。
ダンジョンクリアの判定になっていないのは良い。
流石にここまで弱い存在がボスと言われてしまったら反応に困ってしまうし、やりがいもない。
それに元のくねくねの話の中にも、見てしまった者自身がくねくねになってしまうという、被害が拡大する類の派生話もあった筈だ。
「大元がボス、って感じだよねコレ」
『でしょうねぇ。それにどこにいるかは分かりやすいのなんの』
青白く染まった山。
風景は確かに荒れ時間が夕方になったものの、青白く……先程見たくねくねのような色にはなっていなかった。
つまりは、当初の予定通り山を目指すべきなのだろうが、
「うーん……前途多難な予感」
遠目、ではなく。【下水道のワニ】によって今も捉え続けている音。
くねくねらしきモノが発していた鳴き声と似た声が、山の方向から大量に聞こえてきているのだ。
それに、エイリアン・ビッグ・キャットの件もある。相手をするのが純正のくねくねだったらいざ知れず、何者かが混ぜられていた場合……その混ぜられている存在も看破しなければ、勝つ事は難しいだろう。
「ま、いっちょヤっていきますか――『私、メリーさん』」
善は急げ。
迷っている意味も、躊躇う意味も無いのだから。
周囲を木々によって囲われた森の中……であろう場所。
私はそこでまるで踊っているかのように、独楽が回るかの様に身体を回転させていた。
落ち葉を踏みながらこちらへと近づいて来る音に向け、先端に刃のみを具現化させた奇譚繊維を放つ事で音源自体を消失させながらも、次の相手を探す為に耳と感覚を澄ませていく。
「はい、終わりッ!次!」
『ほら背後から来てるわよ』
「知ってるッ!」
視界を奇譚繊維が覆う中、私は周囲に向かって刃と腕から伸びた奇譚繊維を振り回す。
そこに技や力加減など必要無い。
代わりに、刃からは何かを斬ったという感触が伝わり、耳と頭には人間程度の大きさの何かが地面へと倒れた音が聞こえ感じた。
……お膝元だからって量が多い!
完全に聴覚のみを使っての戦闘を行っている為か、時折ダメージを喰らうもののそこまで痛くはない。
しかしながら、痛くないダメージも積み重ねれば致命傷となり得るものだ。
まだインベントリ内の回復薬には余裕があるものの、早めにどうにかしなければならないだろう。
「やっと山の麓らしき場所まで着いたのに!」
『だからでしょうねぇ……』
「知ってるよ!」
私が今、大量の敵性バグと戦っているのは、遠目に見えていた青白い山の麓。
不意に視界にくねくねが入らぬよう、奇譚繊維によって覆ってはいるものの……こちらへと襲い掛かってくる敵性バグの多さに、早くも視界を完全に開放して全てを薙ぎ払いたくなってくる。
……問題は、ボスが何処にいるかなんだよね。
このダンジョンは支配している存在故か、階層表示はあるもののこのワンフロアだけで完結しているようで。
だからこそ、ここの何処かにはボスが居るはずなのだが……見つからない。
単純に【下水道のワニ】の能力範囲に入っていないだけの可能性はあるのだが。
「あーもう!全身剣山!」
我慢の限界だ。
私の身体全体を奇譚繊維で覆うと同時、赤黒い繭のようになったそれから、全方位に向けて刃を具現化させていく。
エイリアン・ビッグ・キャット戦で行った、自滅込みでの剣山化をより安全に、よりソロに特化したモノ。
……よし、ログが流れてくれた。
そんな私の行動に、流石のくねくね達も対応は出来なかったのか討伐完了のログが大量に流れていくのが目に見えた。
『いやぁ大漁ねぇ。これ、半分くらい貰っても良いかしら?』
「良くはないよ。用途をちゃんと教えてくれたら考えるけどね」
『む……仕方ないわね……』
一度、視界を覆っている奇譚繊維をずらす事で周囲を確認する。
青白い木々に覆われた、森のような場所。
地面ですら青白く、何処かからかんしされているかのようなねっとりとした嫌な視線を感じる、あまり長居はしたくない場所だ。
……居そうなのは……頂上か、地下か……どっちかかな。
とりあえずは、周囲を確認出来ない状況でも問題無いような方法で頂上を目指すことにしよう。