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Episode10 - オマナスフィーリング


「『……』」


 歩く事暫し。

 私は未だ、山へとは辿り着けていなかった。否、そもそも遠目に見える山に近付けている感覚すらも無い。

 確実に何かしらの影響によるモノだと分かってはいるものの、その何かからのアクションが無い為に、とりあえずはあぜ道を進んでいるのが現状だった。


「……ねぇ、【口裂け女】」

『……何かしら?言っとくけど、私は表に出ないわよ。貴女の修行のためでしょう?ここに挑んでるのって』

「話が早いのは助かるけどさぁ……」


 私の持つ手札の中で一番手っ取り早く状況を動かすことが出来るのは、間違いなく【口裂け女】の暴走だ。

 しかし、彼女が言った様にそれでは私が力を付ける事ができない。

 ならば、


「私が何とかしなきゃか……」


 私に現状出来るのは頭を捻って案を出す事だ。

 と言っても、今手元にある手札には私を延々散歩させている存在を感知する事が出来るモノは無い。

……思った以上に戦闘に寄ってるんだよね、私の能力達。

 【下水道のワニ】には私の足音や息遣い以外引っ掛かるものは無く、その流れで転移する対象が居ないのだから【メリーさん】も発動させる事が出来ない。

 【猿夢】で列車に乗って何処かに行こうと思っても、そもそもその何処かゴールが分からないのだからどうしようもない。

 一番新入りである【ダドリータウンの呪い】はと言えば……時折、私の心臓辺りから紫色のオーラが周囲に向けて放たれているものの、すぐに霧散してしまう為に索敵には使えそうになかった。


「……ん?そういえば、【口裂け女】って私の身体使ってどうやって相手の動き見切ってたの?」

『ほら、【下水道のワニ】いるじゃないの』

「ふーん……?」


 そこで引っかかる。

 【口裂け女】が私の身体を使って全身暴走を行ったのは計2回。そのどちらもがボス戦であるものの……私であったならば対応が出来ない速さ、重さの攻撃を難なく防いでいたのは彼女だったはずだ。

 重さの方はまだ対応出来るのは同調して、奇譚繊維を出せるようになって何となく理解した。筋肉の補助として使えばある程度はマシになるだろうから。

 しかしながら、速さの方はどうしようもない。そもそもが目に見えるかどうかの速度や、死角からの高速の一撃など、人間という生物の可動域的に対処するのが難しいモノだって存在していたはずなのだ。

……つまりは、何かしらの感知手段がある?でもどうやって……いや、ほぼほぼ答えは出てるか。

 私と【口裂け女】の違いは明確だ。

 人間と都市伝説、なんて分かりやすい違いではなく……単純に、奇譚繊維を出している量やその部位。

 彼女は全身から、そして私は右腕からのみしか、その都市伝説の核とも言える力を引き出してはいないのだから。


「試すだけ試してみようか」


 私はその場に立ち止まり、エイリアン・ビッグ・キャットとの戦いの中で得た感覚を思い出しながらも右腕を前に突き出した。

 まずはまず間違いなく力の戸口が開いているであろう右腕から。そう考え、力を込めれば、


「よし、成功」

『慣れたモノねぇ』

「そりゃそろそろ慣れないとね。本当はこういうポーズも無しで行きたいんだけど……そこはもうちょっと練習が必要かな」


 奇譚繊維が何本も腕の内側から湧き出すようにして出現し、腕全体を覆っていく。

 試しにその内の1本を操り、その先に刃を具現化してみると……上手くいってくれた。自由に動かす事が出来、尚且つ替えもある程度利くであろう私の新たな遠中距離の攻撃手段だ。これについても練度は上げていくべきだろう。

……さて、問題はここからだね。

 私がやりたいのはこの後。右腕以外からの奇譚繊維の放出だ。

 恐らく左腕は右腕と同じ様な感覚で出す事は出来るだろう。ならばどこから行うかと言えば、


「分からないモノを視る、聞く。大切だよね」


 頭。より正確に言えば目や耳と言った感覚器。

 奇譚繊維に直接的な身体能力の強化があるのかという疑問はあるものの、しかしながら【口裂け女】という存在が自力で、尚且つ他のアルバンの能力を使いながらも高速の一撃に対処するならば感覚器の何かしらの強化は必要だと思ったのだ。

 一瞬、ザ・田舎のあぜ道のど真ん中で何をやっているんだろうか、と正気に戻りかけたが……ここまで来たらしっかりと前へと突っ走った方が良いだろう。


「さぁーって、上手くいけばいいけどな――とぉ!?」


 右腕のように、感覚を研ぎ澄まし。

 今回は頭全体から奇譚繊維を放出するのを目標に、頑張って踏ん張ってみれば。

……ちょちょちょ!前が見えない!

 力の出し方を間違えたのか、それとも局所的に出したのが原因なのか。

 どちらにせよ、私が放出した奇譚繊維によって視界は覆い尽くされてしまった。

 しかしながら、操る事自体は問題なく出来る為、何とか頭全体に巻き付けるようにしながらも視界を確保していくと。


「……なんか量多くない?」

『私は何もしてないわよー』

「知ってるよ」


 まるで、私が赤黒い長髪ストレートであるかのようになってしまう程度には奇譚繊維の量が多い。

 何なら右腕の1.5、いや2倍程度は多いだろう。

 これは一体どういう事なんだ、とは思いつつも。私は元より考えていた感覚器への干渉を行っていく。

……いきなり目は怖いから……耳で。

 少しずつ数本の奇譚繊維を伸ばし、耳へと近付け……右腕のように全体を覆うような形で巻きつけようとした所で違和感に気が付いた。

 右腕全体を覆っている奇譚繊維は、それ以上内側に入らないよう肉に阻まれるような感覚がある……のにも関わらず。今現在、耳を覆っていくソレには一切の抵抗感を感じないのだ。

 故に、私は思い切って耳を覆うスピードを上げてみる。すると、


「おっとぉ!?」

『あら、貴女はそうなるのね』


 突如、耳を覆っていた奇譚繊維が私の意に反して動き出す。

 伝わってくる感覚的に、耳の形に覆うのではなく上に被さる様に……まるでイヤーマフのように大きく形状を変化させた様だった。


「……これ、どういう事?」

『狙ってやったんじゃないのは分かってるけれど、答えをすぐに聞くのは勿体無いんじゃないかしら』

「ぐっ……」


 中々にこの【口裂け女】きょうかんは厳しいらしい。

 とは言え、私の中ではある程度の答えは把握出来ていた。

……これまで聞こえてなかった音が聞こえる?

 奇譚繊維がその様な形状になった途端、私はこれまで聞こえていなかった筈の、何らかの声・・・・・が聴こえるようになっていたからだ。


『ヒヒ、ヒヒヒ……エモノ、エモノキタ……』

『ハイレル?ハイレル?ハイレル?』

『クル……クネ……』

「これ、【口裂け女】が声色変えてるだけとかじゃないよね?」

『そんな訳ないでしょうに。ほら、良いから目もやりなさいな』


 言われるがままに、少しだけ抵抗感がありながらも目全体を奇譚繊維で覆っていけば。

 ある程度まで覆うと同時、先程と同じ様に奇譚繊維が勝手に動き出し……何かを文字通り目の前へと形成していく。


【逸話同調:技術獲得:認識位相拡張 Lv.1】

「赤黒い黒縁メガネ……?」

『あら、似合ってるじゃないの』


 ログが流れると共に、その眼鏡を通した私の視界は一変する。

 青かった、巨大な積乱雲が浮かぶ夏の空は夕焼けよりも紅く染まり。

 青々とした稲が育っていた筈の田んぼは、見る影も無い程に荒れている。時折、白い骨の様なものまで見える始末だ。

 だが、そこまではまだ良い。所謂、ただの風景の変化であり、RPGのダンジョンらしさが出たと言うべきものだろう。

……山が……白い?

 私が目指していた山。それが青白く染まっていた。

 冬の山のような、雪に覆われた事によるものではなく、山らしい緑や茶といった樹々の色が全て青白くなってしまっているのだ。


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