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Episode3 - 請負


 イベント開始から約1時間程度は経っただろうか。

 徐々に出現する数を増やしていく敵性バグ達、そしてそれらからドロップのような形で出現する木箱と人型スライム。

 倒す事自体は楽に出来るものの、だからこそ緊張感を保つ事が難しくなっていく中……誰かが叫ぶ。


「またなんか始まったな!?」


 突如、視界の隅に赤黒い液体のようなモノが入った試験管型のゲージが出現すると共に。

 周囲の地下の入り口から聞き覚えのあるアナウンス・・・・・が流れ始めた。


『ジ……ジジ……次はぁ~トウキョウ~トウキョウ~。進路上に居る皆様は、どうか動かず轢殺されてください~』

「この声……猿夢!?」

「バッカじゃねぇの!?」


 何かが迫ってくるような音と共に、地下の入り口から眩い光が放たれ。

 瞬間、1本のファンシーな猿を模した列車が空中へと向かって飛び出していく。

……銀河鉄道に謝れ、本当に……!

 線路も無い空中を器用に走行しつつ、こちらへと向かって突っ込んでこようとするソレには乗客が乗っているようには見えない。

 しかしながら、


「待て待て待て待て!まさかアレの中身全部コトリバコとか言わないよね!?」


 車窓から見える通常車両内は、赤黒い何かが詰め込まれており……アレが流れ出るだけでも相当な被害が出る事が分かってしまう。

 故に、こちらも列車を召喚して対抗しようかと思った瞬間……ライオネルに手で制される。

 何事かと彼女の方へと視線を向けると、真剣な表情を浮かべながら何処かと通話をしている様で。


「……成程ね、うん。うん……救援は無い、こっちも無理そう。了解、お互い頑張ろっか」


 そう言って、彼女は通話を切ってから息を大きく吸ってから。


「この場のプレイヤー皆!よく聞いて!――現在、トウキョウ各地でボス個体が出現中!ここは猿夢だけど、他だと巨頭オやら下水道のワニ、果てはエイリアン・ビッグ・キャットなんかも出てるらしい!だから……ここは私達だけでアレ倒すよ!」

「なっ……」


 大きく宣言した。

……トウキョウ各地でボス出現……しかもコトリバコによる干渉下って事は……一気に侵食が進む!

 今まではそこまで脅威にもならなかった敵性バグだけだったから良かったものの……大規模な破壊を行う事が出来るボス個体が出現したのであれば話が変わってきてしまう。

 しかも話からすれば娯楽区、賭博区のボスまで出現しているとなってくればかなり状況的には不味いだろう。


「……大丈夫なんです?最悪、あの猿夢は私だけでやりますよ?」


 侵食し、心像空間へと向かえば倒す事自体は可能だろう。

 だがライオネルは首を横に振り、


「いや、神酒ちゃんのそれは最終手段。っていうか、猿夢なんかに使うよりはコトリバコの方に使ってほしいから温存して」

「それは良いんですけど……倒せますアレ?」

「あは。――任せなよ、強くなったのは君だけじゃあないんだぜ?」


 その全身から奇譚繊維を放出し、装備を形成していく。

 私のようなコートなどではなく、何処か映画の海賊が着ているような衣装に身を包み。

 口元にはいつものようなマズルマスクを作り上げ、こちらへと不敵に笑う。


「少しは周りに頼る事も覚えなよ、お嬢ちゃん。君は独りじゃあないんだからさ。……マギくん!」

「準備出来てます!ハロウさん達に指揮系統は移譲済みです!」

「さっすが私の後輩だ。じゃあやろうか!」


 彼女は言って、空中で円を描く様に……獲物を見定めるように走行している猿夢へと視線を向けた。


「と言うわけで、神酒ちゃんはここは任せて他の救援行ったげて。猿夢は私達が倒しとくからさ」

「良いんです?」

「良いも何も、多分やる事ないぜ?中身ごと私が食べるし……他のもここのメンバーだけで事足りるだろうし、ねッ!」


 強烈な衝撃と共に、ライオネルが空中から突進してきた列車へと一撃加え進路を逸らす。

 どうやっているのかは知らないが、中々に人外じみた膂力と技量をもって対処しているようだ。

……本当に要らないみたいだね。

 たまたま出来た訳でもなく、単純に出来るからやった……そう言うかの様に彼女は薄く笑っている。

 と、なればだ。


「分かりました。とりあえずどこに向かえば良いかは1YOUさんに?」

「うん、それでお願い。神酒ちゃんがいれば対処しにくいボスもやりやすいだろうしね」

「了解です」


 言って、私は走り出す。

 とりあえずは事前に共有されている1YOUの居場所へと向かって。



―――――



「行った?」

「行きましたね。……良いんです?本当は今の一回で結構限界でしょうに」

「良いんだよ、こういうのはさ」


 こちらから離れていく神酒の背を横目で見つつ。

 私は今も痺れ、満足に動かせない腕を奇譚繊維で補助して無理矢理動くようにして。


「元より、実働の私達がやらなきゃいけない事の大部分を彼女に任せてるんだ。なら、こういう所は私達がやらないとだろう?マギくん」

「……そうですね」


 一度進路を逸らされたからなのか。それとも、猿夢の中で私は中々に脅威度が高く設定されているのか。

 再度高く走り上がり勢いを付けてこちらへと迫ってこようとする列車に対して、私はインベントリ内から一本の鮪包丁を取り出した。

 普通の相手ならば出刃包丁などの刃渡りが短いもので問題は無いだろう。しかしながら、相手は列車。それも勢いがあり、下手に受けようものなら身体が木っ端微塵になってもおかしくはない相手。

 故に、


「――次で中に入って喰らう。マギくんは残ってハロウのアシスト。ハロウはいつも通りに指示しながら雑魚狩り。メアリーちゃんは一撃デカいの準備で。いいね?」

「「了解」」


 高鳴る胸を理性が抑えつつ、口の端から出た涎を指で拭う。

……ふぅー……これが終わったら色々と、ちゃんとした食事でもしようかな。

 これからの事を考えるのは早いかもしれない。まだイベントが成功するかも分からないのだ。

 だが、不思議と私達が失敗するようなビジョンは浮かんでこなかった。


「あは、これも慢心って奴かな?」


 電子音の汽笛が鳴り、列車から放たれた光がスポットライトの様に私を照らす。

 普通ならば絶対に見る事が出来ない、走行する列車の目の前に立った状態で……私は軽く鮪包丁を構えた。

 そこに神酒のような武術の匂いは無い。我流で、独学で得た経験から出来た、超常の存在と戦う為だけの道具を扱うのに特定の構えなんてものはないのだから。


「それじゃ、イタダキマス」

『轢殺~轢殺~♪お客様、御避けになられないよう宜しくお願い致します~♪』


 列車が私に激突する寸前、私は軽くその場で跳ね……奇譚繊維で全身の防御を固めた状態で、列車のフロントガラスへと鮪包丁を叩きつけた。

 甲高い音と共に、強烈な衝撃が身体を襲いHPが減っていくが……それと同時。私の全身に纏っていた奇譚繊維が独りでに動き出し、列車を構成している鉄材を喰らいだした。


「さぁ、食事の時間の始まりだ!征くぞ【ソニービーン】!君の力をちゃんと私に魅せてくれるかな!」


 乗務員室とも、運転席とも言える場所には誰も居らず。

 通常車両へと繋がる扉からは、少しずつコトリバコのスライムが漏れ出てきているのが見えている。

 だからこそ、私は思い切って全ての奇譚繊維を扉へと殺到させて、


「あはッ!良いね良いねぇ!喰らえば喰らう程に回復するしバフも得る!更に喰らう相手は尽きないと来たもんだ!地獄みたいな天国だねぇココは!」


 喰らう。喰らい続ける。

 私の身体から湧き出た奇譚繊維全てが、私自身が目の前に在るモノ全てを喰らう。

 コトリバコから生み出された存在の近くに居るからだろう。3重のデバフが罹りHPが減っていくものの関係ない。喰らえば回復するのだから。略奪し、それを血肉としてきた【ソニービーン】。

 その能力を奇譚繊維でブーストしている今の私に、喰らえないモノなんてないのだから。


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