道中、色々なモノを見た。
とは言っても、ライオネル達と居た時に見たモノと特段変わるようなものは無い。
赤黒い血のゼリーに覆われた敵性バグ達を何とか倒すプレイヤー達。
それに混じるようにして、襲い掛かってくるボス達。そして、それに対応し打ち倒そうとする腕の立つ有名プレイヤー。
……手伝う必要は……ここも無さそう。皆強いなぁ。
何処かしら危なげない雰囲気があれば手伝おうとでも思っていたのだが……その必要もないようで。
思っていたよりも、自分の中で他のプレイヤーの実力を下に見ていたのかもしれないと少しだけ恥じながら都市の中を駆け抜ける。
『着いてきてるわよ』
「分かってるよ。一種のトレインみたいになってるけど大丈夫かな」
『大丈夫でしょうよ。そこまで量は多くないしね』
ただ、どこからでも敵性バグが湧く状況の中を駆け続けているのだ。当然、私の後ろには私をターゲットに据えた敵性バグ達が追いかけてきている。
だが1YOUの元へと向かって走る私の足は、速度を緩める所か速めていた。
……一応、元々聞いてた1YOUさんの持ち場はこの辺りだけど……。
中央部から少し離れた東側に位置する場所。ビルが多く、それに伴って地下への入り口も多いちょっとした激戦区。
私の姿と、その後ろに引き連れた敵性バグ達を見て他のプレイヤー達は何事かと顔を顰めたものの、
「ごめん、ちょっと1YOUさんに用事!後ろは本当にごめんなさい!」
そういうと、各所から任せろ!という心強い声が聞こえてくる。
やはりあの時、事前会議に参加した甲斐があったものと言うべきだろう。変な行動をしていても、少し有名であるが故に何か理由があるのだろうと勝手に向こうが納得してくれるのだから。
「えぇーっと……いたいた、もしもし、1YOUさん?」
『む、神酒さんどうした?何か中央部で問題でも?』
「いや、問題どころかライオネルさん達だけで問題ないから、別の所手伝いにいきなって言われちゃって。1YOUさんの所に今走ってきた所なんですけど」
『成程、なッ!』
近くから何か巨大な物が激突するかのような音が聞こえ、通話からも同じ音が少しだけ遅れて聞こえてきた。
……これ、結構近くにいるな?
戦闘中、しかもそれなりに大きい音が発生するようなソレだ。現状、何体のボスが出現しているかは分からないが……ほぼ確定でボスとの戦闘中だろう。
「大体どこにいるか分かったから、手伝いに行きますよ。相手は?」
『助かる。相手は見えないが……エイリアン・ビッグ・キャットだろうな。ネコ科の眷属が先程から大量に発生している』
「了解、すぐに片づけましょう」
通話を切り、その場から駆け上げるように跳躍する。だが、ただただ跳んだだけではない。
足裏から奇譚繊維を放出し、近くの建物へ繋ぐことで即席の足場として文字通り駆け上がるように空中を走っていく。そうして向かう先は激突音の聞こえた方向だ。
……居た、けどすっごい事になってるなぁ!?
身体能力の向上もあってか、音の出元にはすぐ辿り着いた。
しかし、そこに居たのは……私の知るエイリアン・ビッグ・キャットではなかった。
「ッ、来てくれたか!早かったな!」
「近くまで来てたんで!……で、ソレが本当に?」
「あぁ、俺も半信半疑ではあるんだがなッ!」
1YOUがそれへと向かって殴り掛かったものの、身体全体を覆う血のゼリーによって衝撃を吸収されてしまっているのか、あまりダメージを与えられている様には見えない。
そう、ゼリーが全体を覆っているのだ。巨大なネコの様な見た目のそれに、分厚い毛皮の様に全身を覆うゼリー。呼吸や攻撃の為か鼻先や口回り、爪先には無いものの……中々に厄介であると言えるだろう。
……コトリバコじゃなかったら楽だったんだけどなぁ……!
当然、あのゼリーにはコトリバコの呪いが込められており、一応は女である私が近付こうものなら一気にデバフを喰らう事になってしまう。
だが、問題視しているのはそこではなく、
「1YOUさん!1つ質問!」
「なんだ!?」
「それ、攻撃したら
「……あぁ、出てくる。ある程度のダメージを与えないと、という前提があるみたいだが」
彼のその言葉を聞いて、私は辟易してしまう。
……一定量以上のダメージに反応して、水子霊モチーフのスライムを産み落とす……とことん私と相性が悪いなぁ……!
倒す為に攻撃すれば、スライムが出現し。
スライムを倒そうとすれば、その分エイリアン・ビッグ・キャットを自由にさせてしまう。俊敏な動きと、超能力を持っている相手を自由にさせるというリスクを考えると……中々に嫌らしいシナジーの掛かり方だ。
「……よし、1YOUさん全力で戦っちゃってください」
「良いのか?」
一度距離を取り、地面へと降り立ったこちらへと近付いてきた1YOUに対し、私は軽く笑い掛ける。
……エイリアン・ビッグ・キャットは……うん、こっちの様子を伺ってるね。突然出てきた
少し離れた位置からじっとこちらを見つめるその姿は、警戒している猫そのものにしか見えないものの。
全身を血のゼリーで覆っている所為で、可愛らしいとは言えない見た目になってしまっているのが残念な所だ。
「良いも何も、やらないと倒せないでしょう?」
「と言ってもだな……」
「それに、早めに倒せば倒す程、その分物資も浮きますからね」
「……それもそうか……はぁー……仕方ない。君と話してると脳内に少しだけ先輩がチラつくよ」
何やら心外な事を言われたものの。彼は大きく息を吐きながらその全身を狼人間のそれに変えていく。
やはり今までは周りのプレイヤーに気を遣って、力をセーブしていたのだろう。1YOUの雰囲気が変わった事に気が付いたのか、ボスの方も警戒を強めいつでも飛び掛かれるように足に力を入れた。
瞬間、
「『あたし、メリーさん』」
ボスの意識が1YOUへと向いた僅かな隙に、私は【メリーさん】の能力を使い背後へと瞬間移動をして、思いっきり上段から足を叩きつけるようにして攻撃をした。
「『今あなたの後ろにいるの』ッとォ!」
『ギャッ!?』
「また君はそういう事を……!ほら、行くぞお前達!」
「「「お、応!」」」
当然、それだけでは終わらない。足に絡みついてくるゼリーと、身体を捻って私を転倒させようとするエイリアン・ビッグ・キャットに対し、私はしっかりと笑い掛けながらもブーツ状になっている奇譚繊維から無数の刃を具現化させた。
……ゼリーの所為でまともに物理攻撃が効かないなら中から攻撃!鉄板だよね!
幾ら勢いが落とされようとも、こちらが具現化を止めない限りは伸びていく刃。
『ガッ、ャ……!』
「ふふ、苦しそうじゃん。でも大丈夫大丈夫。これも長くは続かないから、さッ!」
手で握っている訳ではない為に、ボスの身体の中へどれ程刃が入っていっているかは分からない。
だが、そんな事は関係なく。私は押し込むように足を振り下ろしていく。
ゼリーによるものか、それとも肉によるものか。どちらかは分からないが抵抗を感じるものの……今の私をここまで近付けさせてしまったのが悪い。無論、距離など関係なく瞬間移動したのは私の方だが。
……ん、デバフが重くなり始めたかな……!
私を振り払おうと身体を大きく震わせるボスに対して、1YOUを含めた他のプレイヤーが攻撃をしているのが見えているものの。意を介さない所か、それを利用しスライム達を呼び出す事で私が力尽きるのを狙っている節すら見える。
「ッ、埒が明かないな……仕方ない!神酒さん!」
「ん、何ですか?」
「君はそこでどれ程耐えられる?!」
突如1YOUから投げ掛けられた質問に、少しだけ考えた後に、
「このまま、という意味では後5分は余裕です!」
「上等ッ!間に合わせよう!」
答えた瞬間、彼の身体から大量の奇譚繊維が放出されると共に……1つの繭のようになって彼の全身を覆う。
その姿を見た他のプレイヤー達は、それが何なのかを知っているのか1YOUを守るように固まり、ボスの方へと視線を向けている。
……成程、私が知らない奇譚繊維の使い方って訳かなアレは……なら!
言われた通り、耐えるのが私の仕事なのだろう。
なんたって、彼がこの場で切るのを決めた手札だ。倒し切れる自信があるから使っているに違いない。