片足一本で相手の背中に張り付くというのは、中々に厳しいものがある。
バランスなんて合ってないようなものだし、何より何かを掴んだり挟んだりして耐える事も出来ない。私がこの巨大な肉食獣の背中に張り付いて居られるのは、単に足から具現化させた刃によるものだけだ。
故に、
「無理矢理、乗っていこうか……ッ!」
『ッ!?』
手袋状にしていた奇譚繊維を操り、エイリアン・ビッグ・キャットの口元に引っ掛け猿轡の様にして。
即興の手綱のように形状を変えると、力強く掴むと共に足の刃の具現化を解いた。
……巨大なネコ科相手のロデオ!VRMMOならではだね!
生憎と鞍を作る程の余裕はない。否、頑張れば作れるが、それをするよりも。
「補助!よろしく!回復も!」
「了解、補助します」
「こっちは回復でぃ!」
私は別に1人で戦闘を行っている訳ではない。
今はイベント中であり、防衛中であり、共にボスへと立ち向かっているプレイヤー達が居る。
……筋力強化に……持続回復!優秀なアルバン持ちが居るなぁ!有難い!
奇譚繊維の繭に覆われた1YOUを守っているプレイヤーや、ロデオを行っている私の周囲に群がり何とかボスへとダメージを与えようと攻撃しているプレイヤーの中から、私へと向かって支援が投げられる。
アルバンの能力であったり、消耗品であったりとその形は様々だが……普段の私1人では考えられない程の強化を一時的に受け、
「大人しく……しろッての!!」
『――!!』
出力の上がった膂力に物を言わせ、思いっきり手綱を引き上げれば。
まるで仰け反ったかのように、ボスの上半身が背中側に大きく反って、
「――良い隙だ、ありがとう」
衆目に晒されたその首元へと、黒い何かが凄まじい勢いで突っ込み水音を周囲へと響かせた。
その衝撃を何とか胴体の上で耐えながら、私は突っ込んできた何かの正体を両の目で捉えると。
そこには……全身を黒い毛皮で覆い、しかしながら理性の光を眼に宿した人狼の姿が在った。
噛みつくのではなく、貫手の様にエイリアン・ビッグ・キャットの首元へと片腕を突き入れたソレは、一度腕を引き抜くと同時に息を大きく吐いた。
……隠し種、切り札、鬼札……なんでもいいけど、
一見するだけではただの人狼にしか見えないそれ。しかしながら、私が奇譚繊維で作りだした眼鏡はそれがただのアルバンの能力でそう成ったモノではないと訴えかけている。
「まだ終わってないですよ!」
「分かっている。だが……まぁ、終わりだな。やはり凄まじいものだよ、
黒き人狼……繭の中から出てきた1YOUは、イヌ科の頭でありながらも分かる程に表情を歪ませながらも自身の身体を見渡してから軽く腕を振るう。
瞬間、彼の身体から何かが飛び出した様に見え、
「……うわ、マジです?私要らなかったじゃん」
「そうでもないぞ?私が
エイリアン・ビッグ・キャットの首がその場にゆっくりと落ちていく。
その断面は何か鋭利な物で斬られたかのように綺麗であり……私には何を使ったのか理解出来てしまう。
……奇譚繊維……私みたいに刃を具現化させた訳じゃなく、単純な膂力だけで物を断ち斬ったんだ。
奇譚繊維を鞭の様に、しかも目に捉えるのも難しい速度で振るう事で一種の刃物として扱い、ただでさえ頑強なボスの首をそのまま落としたのだ。
鞭を扱う技量は必要なれど、その裏にあるのは技量によるものではなく、単純な膂力による力押し。
それも奇譚繊維の扱いに長けていると自負している私の知らない、奇譚繊維の使い方。
「……良いなぁ、欲しいなぁ……」
「ん?何か言ったか神酒さん?」
「いえいえ、何でもないですよ。大丈夫です」
「そうか?……いや、俺には大丈夫そうには見えないんだが……」
「へ?……うわぁスライム達!忘れてた!?」
一瞬、心の内側の声が漏れてしまったものの。
すぐさま、私の身体に纏わりつこうとしているコトリバコのスライム達に意識が移る。
見れば、エイリアン・ビッグ・キャット自体は今も光の粒子へと変わり消えていっているものの。その身体に纏わりついていた血のゼリーだけは意志をもって動き始めていた。
当然、それらは敵性バグ。近くにいるプレイヤーを狙うのは必然であり……背中に乗っていた私が狙われるのは道理だろう。
「ちょ、ちょっとお話したいんですけど先にこいつらの処理から!」
「あ、あぁ……?分かった」
全身から刃を具現化させる事でハリネズミの様になりながら周囲に助けを求めると、苦笑いしながらもプレイヤー達は助けてくれた。
一応は私も女。コトリバコの与えるデバフを喰らい続けながら戦うというのは中々辛いものがあるのだ。
―――――
「ごほん……で、ですよ。一応先程も言った通り、1YOUさん側に救援というか、暇なので手伝える事がないかな、と思ってきた訳なんですけど」
「有難い申し出ではあるが……この状態になれたからな。正直戦力には困っていない、というのが本音だ」
「ですよねー」
一度、周囲のスライム達を一掃した後。
余力のあるプレイヤー達が近くの地下への入り口を抑える事で、少ないながらも私と1YOUが話す時間を作ってくれた。
とはいえ、話の内容はほぼ建前であり……私の視線は彼の身体、奇譚繊維の方へと向いていた。
「……気になるかな?」
「あっ、すいません。気になります」
「素直だね……まぁ隠すような事でもないから教えるが」
「良いんですか!?」
「良いも何も、戦力の増強という意味ではこちらにメリットしかないからね。……一応、先輩には教えていたんだが」
私が気まずそうに明後日の方向を向いた事で何を言いたいかを理解したのか、頭を掻きながら彼は嘆息した。
毎度の事ながら、
「これは俺のミスだな……せめてマギの方に頼むべきだった……」
「ま、まぁ私も何か連絡事項が無いかの確認をあの人にするのを忘れてたんで……」
揃って苦笑いを浮かべた後、
「とりあえず本題だ。――これは、単純に言ってしまえば『アルバンの力』を具現化させたものだ」
「アルバンの力を……具現化?私が良くやるこういうのです?」
手袋状に戻した奇譚繊維から短く刃を具現化させると、それを見た1YOUは軽く頷いた。
「そう。それは能力を使い具現化させている訳だが……こちらで具現化するのは、アルバン自身……つまりは、都市伝説や逸話そのものを具現化させる訳だ」
「……あー……成程?ちょっと話が読めてきました。つまりは、意図的に暴走させてるわけですね?いや、暴走させた上で制御してるからそう単純な話じゃないか」
「話が早いな。そして、これ以上俺に説明出来る事は無いんだ。とにかくこれは感覚的な部分が大きくてな」
思い出すのは、一番初め……【口裂け女】が私の身体を使って顕現し、下水道のワニを一方的に倒したあの時の出来事。
結局の所、奇譚繊維をある程度自由に扱えるようにはなったものの……あの時の様な威圧感や、力の出力の仕方は未だ出来ていない。
……だけど、出来る。根拠は無いけど、実例が目の前に居るって事はどうにかして出来る訳だ。
一瞬考え込んだ私を見て、1YOUは満足したように頷いて、
「俺はまだここで防衛を続ける。またボスが出てくる可能性もあるし、そもそも指揮系統を担っているからな。下手に動き回る事は出来ない」
「成程……じゃあ私はどうしようかな……戦力は1YOUさんやSneers wolfの皆さんで十分そうだし……」
「それなら……うちのスリーエスが指揮をとっている南側に向かってもらう事は可能だろうか?一応あいつの配信画面は見れるようにしているんだが……どうにも、出現したのが下水道のワニのようでな」
「あぁー……あのワニはとことん相性じゃんけんを押し付けてくる類ですもんね。スリーエスさんのメイン武器って?」
「このゲームでは短剣だな。物理であり、リーチが短い。下水道のワニとの相性は最悪だ」
確かにそれならば私の様な、リーチを幾らでも変えられる類のプレイヤーが居た方が良いだろう。
口ぶりから察するに、スリーエスの周りのプレイヤー達も似たような能力や武器を持っている可能性も高い。
「じゃ、そっちに向かいますか。何かあった時用に通話繋げておきます?」
「そうだな……各リーダーにも連絡出来るように、グループ通話を用意しよう。準備が出来たらこちらから掛けるから、先に」
「了解しました、御武運をば」
言って、私は再度駆けだした。
まるでRPGのお使いクエストの様なたらい回し具合だが、防衛戦での機動力のある戦力なんてこんなものだ。
色んな場面で活躍できるのだから、それに不満は一切ない。
だが、不安に思う事はある。
……まだ、フェーズが進まないんだよねぇ……。
各ボスが出てきた所までは分かる。だが、それ以降の進展がない、というのは少々怖い所がある。
何かきな臭い物を感じるものの、それが何なのかは分からない為に……今は、とりあえず目の前の厄介事を片づけるに限るだろう。