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Episode6 - 理解


 南部へと向かう道中、突然私の視界にメッセージが表示された。

 それは、ゲーム内の通知ではなく使っているVR機器によるものだ。通常、脳波を観測する事で装着者の生理的欲求等のシグナルや、外部の通信機器と連携させる事でそちらのメッセージの通知などを報せる機能……なのだが。

……このタイミングで、に?

 私の所属している超常事象対応特課は、現状その勢力の大部分をこのArban collect Onlineというゲームにつぎ込んで事態の収集を図っている筈だ。

 その上で、ほぼ最初期にこのゲームに参入した私をゲーム外から呼ぶのはよほどの理由が無ければあり得ない。


「……確認だけでもしようかな」

『あら、大丈夫なの?』

「うん、一応飛ぶタイプの敵性バグは居ないっぽいし……こうすればッ」

『ほんっと器用になったわね……まるで蜘蛛に噛まれた男の子みたいじゃないの』

「名前は出さないでねーそれ」


 私は手袋から1本の奇譚繊維を近くのビルの外壁へと伸ばし、その先端から刃を具現化させる事で即席のアンカーのようにして。壁に張り付く事で地上を行く敵性バグ達から離れ、攻撃されないように避難してからメッセージの内容を確認する。

……やっぱり超常事象対応特課ウチから……いや、でもコレ一斉送信?

 現在稼働中の全職員や協力者に対して送信されたと思われるソレ。

 ゲーム内に居る私達だけに対象を絞っていないのは何故だろうかと訝しみつつも、メッセージを読んでいくと……その内容に目を見開いた。


「……そういう事か……!」

『へぇ、そういう事も出来るのね。中々ずる賢いというか、抜け道を作るのが上手いというか』


 そこに書かれていたのは――現在、現実側に都市伝説や怪異、逸話の存在と思われる者達が出現し始めたという報告と、それがこのゲーム由来のモノではないか?という推測だった。

……前提から違ったって訳だ、今回は……!

 試しに、今私がゲーム内で居る場所近くの、現実側のライブカメラの映像を表示させてみれば。

 敵性バグがゲーム内で破壊した場所、そこから現実側では赤黒い何かが生じ大きく形を変え怪異が出来上がっていく。


「これちょっとまずいってレベルじゃないよ。救援とか言ってる場合じゃない」

『さっき言ってた通話でリーダー組に伝えるのは?』

「まだ連絡来てないから、多分1YOUさんが頑張ってるんだと思う。というか、多分さっきのメッセージは1YOUさんやRTBNさんにも届いてるはず」

『……ある意味で混乱してる訳ね。どうしようもないわねぇ……』


 一応、という事で一番混乱していなさそうでゲーム内で戦力になる存在へと通話を掛けてみる事にした。

 すると、だ。


『ん、もしもし神酒ちゃんかい?どうかした?』

「どうかしたって……もしかしてメッセージ見てないんです?ライオネルさん」

『メッセージ?……マギくん、ちょっと確認してもらっていい?私まだ回復中で動けないや』


 どうやら猿夢は倒せたようで。その事実に安堵したものの、実働班である彼女らがきちんとメッセージを見ていないというのはどういう事だと思ってしまうものの。

……まぁそもそも元々そういう人か……。

 そうやって諦めが付いてしまうのもいけないが、あまり人間としては尊敬出来ないような相手だ。考えるだけ無駄だだろう。


『ごめんね、今確認した。……成程ね、こっちゲーム内で進展がないと思ったら向こう現実側に影響が出てた訳か』

「多分、トウキョウが全部侵食されたらそのまま日本全土が……って事ですよね」

『そうなってもおかしくはないね。運が良かったら東京だけが……ってなるかもしれないけど、実際東京がそうなった時点で日本は負けたようなものだし』


 国の頭脳や、それを支える機関が集中している首都。そこが超常的存在で溢れかえってしまえば、幾ら超常事象対応特課がその手の存在相手のノウハウを持っていたとしても奪還するのは難しい。

 その上で、今ゲーム内に居る私達に求められているのは1つ。


『早めにこのイベントを終わらせる必要がある、って事だね。……どうする?神酒ちゃんならいけるよね?』

「いけますけど……勝てるかどうかは賭けですよ。私みたいなのを呼び寄せて叩く罠だってある可能性も捨てきれませんし」

『確かにそうだね……いや』


 一息。通話越しのライオネルが何かを思いついたのだろう。

 こちらに聞こえないように、近くに居るであろうマギステルへと相談しているのが分かる。


『――よし、それでいこう。大丈夫さ、神酒ちゃん。君が進める道は私達が拓いていくよ』

『ちょ、先輩!本当にやる気ですか?!』

『やる気も何も、やらなきゃ国が終わるんだぜ?一応私達は国に雇われてるんだ。やるんだよ』

「……絶対、今笑ってますよね?」

『あは、バレた?』


 何をする気なのか、何故マギステルが焦っているのかは分からない。

 だが、また彼女が何かをしでかそうとしているのだけは分かり……私はビルの外壁にぶら下がりながらも呆れて笑ってしまう。


「どれくらい勝算があるんです?」

『んー……多分1割あれば良い方なんじゃないかな?』

「ふふっ、この少ないプレイヤー数でクリティカルヒットする攻撃が1割も当たる可能性があるなんて上々じゃあないですか!」

『神酒ちゃんも分かってるねぇ。……よし、こっちが準備終えるまでは神酒ちゃんは戦闘しないで待機、頼めるかな?』

「了解です。出来るだけ邪魔にならない位置で、適当にやり過ごします」


 具体的な事を一切言わない辺り、流石だなと思いつつ。

 私は手から伸ばした奇譚繊維の本数を増やし、ビルの外壁に奇譚繊維による繭を作っていく。

 先程見た、1YOUが見つけた技術。それを再現する為に、力を蓄える為に、次へと繋げる為に。

 その後の細かい部分の詰めを、ライオネル越しにマギステルと行った後。

 通話を切ろうとした所で、ライオネルに呼び止められた。


『神酒ちゃん、1つ良いかい?』

「?なんです?」


 彼女は軽く笑う。いつものように、しかしながらこちらを気遣うように、


『君は1人じゃない――なんて言ったら、この後この言葉を思い出す展開とか作れそうじゃないかい?』

「切りますねー」

『あぁ!ごめんって!ちょっと待っ――』


 通話を切った。容赦なく。

 出来上がった奇譚繊維の繭の中で座り込みながら、苦笑いを浮かべてしまう。

 ライオネルが言わんとする事は二重の意味で分かる。1つはそのまま言葉通りの意味。

 そしてもう1つは……単純に、気負ってほしくないのだろう。

……優しい人だよ、本当に。

 本当ならば、彼女の様な実働班が率先して動くべき案件で事務ばかりやってきた私が矢面に立って行動している。

 その事実を理解し、把握し、咀嚼しきった後だからこそ。彼女は敢えて前へ出ずに私を押し出すようにフォローしようとしてくれているのだろう。

 だからこそ、気負わないように失敗しても私達が後詰めで居ると言外に言っていくれているのだろう。


「不器用だよねぇ」

『あら、貴女ほどでは無いと思うけれど』

「五月蠅いなぁ」


 全身から更に奇譚繊維を放出し、繭の中を満たしていく。

 ただ待つのではなく、出来る事を広げ戦力を増やす為に……自身の身体を奇譚繊維で侵食し理解し更に奇譚繊維を放出しを繰り返し。

 延々とそれを繰り返す事で、1YOUの行っていた技術を再現する為の糸口を探していく。

……1YOUさんは感覚的なモノだって言ってた。って事は、1回暴走させてる私はその感覚を掴みやすいはずなんだ。

 ただ単純に奇譚繊維で外殻のように何かを作り出す事なら簡単だ。いつもやっている成形がほぼそのままそれなのだから。

 だからこそ、私はそこからアプローチを掛けていく事にした。

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