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Episode7 - 侵食


『聞こえるかな、皆』


 試行錯誤する事数分。

 視界の隅に置いた、現実側のライブカメラの映像では今も徐々に超常的存在の影が多くなっているのが見えていた。

 繭の外からも、プレイヤー達の喧騒がよく聞こえる様になった事から、相手側の勢いが増したのが分かる。


『全体指揮を執っている1YOUだ。これから言うのは、単純であり難しい指示となる』


 1YOUから繋げられた、各防衛地点のリーダーへのグループ通話。

 それに加えられた私は、ある程度掴んできた感覚に身を委ねながらも彼の言葉に耳を傾けていた。


『前提として。知っている者も居るだろうが、現状リアルの方にもコトリバコと思われる存在が出現、超常事象対応特課の方々が対応してくれてはいるが……それも限界が来るだろう。故に』


 一息。


『我々は、少数精鋭でボスである推定コトリバコを討伐する事に決めた』

『……討伐する事に異論はねぇが、どうやってやるんだ?前回みてぇな分かりやすい扉はねぇだろ?』


 駆除班のリーダー、リックが言う事も分かる。だが、彼は知っている。

 相手の懐へと、ほぼ無条件に入り込む術がある事に。


『奇譚繊維。それを使った、侵食によって相手に干渉。心像空間にて決着をつける。……意味が分かるな?』

『質問。奇譚繊維による侵食干渉が出来る者は戦力的にも重要。何割を?』

『全てだ』


 奇譚繊維を扱えるだけで、並の敵性バグは相手にならない程度には強力な駒になる。

 その上で、それを使って相手を侵食、干渉するまでなると……かなりの実力者や、この通話に参加しているリーダー達並のプレイヤーとなってしまう。

……RTBNさんがアルバンでブーストして無理矢理に成功させてたくらいだもんね。

 だが、今回はそれが出来るのがスタートラインとなる。

 元より、私は参加する手筈になっていただろう討伐作戦は、予想していたよりも苦行の側面が強いようだ。しかも、その上で私はそれに真っ当に参加する訳ではないときた。


『全てってそりゃあ……大丈夫なのか?』

『一応出現したボス個体は全て討伐済み。現状敵性バグのみしか出現していない事を考えるに……良くて五分の勝負だろうな』

『それなら――』

『――だからこそだ!やらねば負ける!やったら勝つ可能性がある!やるしかないんだよ、俺達は!!』


 1YOUの口調が、何処かライオネルやマギステルと接する時に近いものに……堅いものから崩れ、感情を露わにした。

 そう、やるしかないのだ。

 時間をかけても負けるのが決まってしまっている現状。私達がこのゲーム開発に勝つには、ここで動くしかない。


『……失礼。だからこそ、侵食干渉が出来るモノはタイミングを合わせ突入してほしい。幸い、侵食元には事欠かないからな』

「【口裂け女】、補助任せるよ」


 自分のマイクをミュートにして、自身の中に居る存在に話しかける。すると、だ。


「私、必要かしら?」

「必要も必要だよ。他の人とは違ってスライム達を介さない方法で行くんだし」


 私の頬に新たな口が出現し、そこから【口裂け女】が話し出した。

 内側から話しかけるのではなく、外側に出てきての会話。私が内側……というよりは頭の中で奇譚繊維を操り続けている為に少しでも邪魔をしないように、という配慮だろうか。


「あー……本当に使うの?それ」

「使う使う。だって要はコトリバコ……というよりかは、大元を潰せば良いわけでしょ?使わない手はないって」


 私の手の中には、つい先日解析され中身のテキストファイルを読み込んだ開発の日記があった。

 これを侵食し、干渉する事で大元へと……今回の首謀者の心像空間へと侵入しようと考えているのだ。

 と言っても、博打である事には変わりないし、失敗したら失敗したですぐに近くのスライムから干渉し、他のプレイヤーと同じくコトリバコの討伐へと向かうのだが。


「少しでも成功する確率は上げておきたいし、奇譚繊維は元々あんたの力なんだから協力してくれた方が良いに決まってるしね」

「……否定はしないけど、推奨もしないわよ。他の人らに何か言われても私は止めたって言って頂戴な」

「ふふ、分かってるって。これは私の我儘だから」


 そうやって話していると。


『さて、ではメンバーの選出は終わったな。各班のリーダーで選出された者は副リーダーに指揮権を移譲。我々が居なくともトウキョウが落とされる事の無いように』

「おっと、そろそろか」


 心像空間へと向かうメンバーの選出が終わったらしく、この後何時に合わせて突入するという旨が伝えられる。

 私はそれに合わせ、日記を干渉するわけだが、


「あ、一応1YOUさんに言っておいた方が良いかな」

「……知ってはいたけど、やっぱり言ってなかったのね」

「そりゃあ言ったら止められそうだし?」


 通話から離脱すると同時、私は手早くこれからする事について1YOUにメッセージを送った。

 と言っても、何を使って干渉するかは明記せず、取り敢えず気になる事がある為に試すだけ試してみる、とやる事をぼかした上でだが。


「お、返信きた。『君のやる事だ、重要なのだろう』……信頼されてるなぁ」

「良い事じゃないの。これで心置きなく出来るんだから」

「それはそうだね」


 それなりに結果を残し、周りに還元してきたからなのだろう。1YOUからはそれが終わったらすぐにでもコトリバコの討伐部隊に加わってほしい旨がメッセージにて送られてきていた。

 とはいえ、だ。私が考えている通りならば、あの日記に干渉した先に居る存在を打倒した後……相手側の動きは多少なりとも鈍くなるはずだ。

……ま、念には念を。もし勝てたらちゃんとコトリバコの方にも行かないとね。

 私は笑みを浮かべつつ。

 自分の周囲の奇譚繊維の繭を解きながら、それを構成していた全ての奇譚繊維を手の中の日記へと殺到させた。


「さぁ、始めていこう!ここからが本番で!ここからが本当のボス戦なんだから!」


 自身のテンションを無理矢理上げる為に声を張る。

 テンションは大事だ。低い状態であれば自身の持つポテンシャルを活かし切れない事もあるし、高ければ高い程に細かい作業は難しくなる。だが、私はテンションを上げていく。

……ッ、やっぱり難しいな、日記への干渉……!

 無数の奇譚繊維が少しずつ日記の内側へと入っていく中で、突如何かに弾かれたかのように衝撃が走る。

 見れば、日記から赤黒い電撃の様なモノが奇譚繊維を伝わり私の身体へと流れてきていた。


「防衛機能……また面倒だなぁ!」

「あら、でもこれが相手側も嫌な行動だっていう事の証明よね?」

「そうだね!だから私の考えは合ってる、って訳で……!」


 侵食を進めていくと共に、私の身体へと電撃による抵抗が走る。

 それに合わせ、HPがそれなりに早い速度で減っていくものの。インベントリ内から回復薬を取り出して口に突っ込みながら作業を継続していく。

 徐々に徐々に、普段を考えると非常に遅い速度でありながら進んでいく侵食にやきもきする気持ちを抑えつつ。

 慎重に、HPを切らさないように、集中力を絶やさないように。細い糸を小さい穴へと通していくような作業を進めていく。


「……【口裂け女】!」

「分かってるわよ」


 侵食が半分程度進んだ辺りだろうか。突如私の居る場所の下……地上の方が騒がしくなってきた為に視線を少しだけ向けてみれば。

 大量のコトリバコのスライムや、敵性バグ達がそれぞれの身体を踏み付けながらもビルの側面を駆けあがる事でこちらへと向かってきていた。

……こっちの処理能力を奪って遅延させようとしてきたね。でも!

 こちらは1人ではない。普通の、他のプレイヤーだったならば有効だったであろう邪魔も、私相手では効果は薄い。

 私の身体から更に奇譚繊維が放出されると同時、それらは人型に……いつか見た背の高い女性の様な形を形成し始める。私の装備と同じ見た目の服装を纏い、黒い長髪をはためかせながら。

 それは白いマスクを下へとずらしながら、巨大な口で三日月の様な笑みを浮かべた。


「アナタ達……私、キレイかしら?」


 奇譚繊維によって形成された身体を動かすのは、勿論私の身体の中に宿る【口裂け女】そのものだ。

 暴走状態や、私が能力を使うのとは違い、その力を十全に使う事は出来ないようだが……それでも彼女は強い。

 こちらへと近付いてくる敵性バグ達の身体を使い、その場その場で武器を調達し、選択し、消費しながら彼らを蹴散らしていく。

……やっぱり、内側から勝手に出てくる事も出来るわけだ。ここまで隠してたのは……私が自分で気付くか、こういう場面以外で明かさないつもりだったのかな。……兎に角!

 考察は今は一旦置いておいて。【口裂け女】が稼いでくれている時間を無駄にしないように、侵食を進めていけば。


「――ッ、ふぅー……出来た!」


 回復薬を飲み干して、HPが回復していくのを横目で見ながら。

 私は手元の中の赤黒く染まり切った日記の結晶を大きく掲げる。それを見た【口裂け女】は、殲滅する手を止め、その身体を構成していた奇譚繊維を解く事でこちらへと戻ってくると、


「行くのね?」

「うん、行こう。ここからが私達の決戦だ」


 改めて出来た頬の口に返答すると同時、私は手元に奇譚繊維を大量に使い形成した鍵を作り出し。

 ゆっくりとその日記へと挿し込むように近付けて……ずぶりと沈んだ所で、横に回す。

 瞬間……何かに見られている様な感覚を味わいながらも、私の視界はブラックアウトしていった。

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