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Episode8 - 邂逅


--心像空間【???】


 何度目かの体験である為に、急なブラックアウトからそれの復帰には慣れてきた。

 しかしながら、視界の戻った私の目の前に広がっていたのは……今までとは違う光景だった。


「これ、は……何処かの書庫?いや……」


 幾つもの書架が立ち並ぶそこは、書庫の様に見えるものの。

 床に無造作に置かれた本の様子から、ここの持ち主……否、この空間の創造主は本をそこまで大事にしているようには見えない。

 それどころか、よくよく周りを見渡してみれば書架以外にも縦に長いコンピュータの物理ウィンドウや、ノイズ混じりの音を奏でるレコーダーなど、様々な情報媒体がそこには存在していた。

……天井は……見えないか。

 特にこちらへと敵意を向ける相手も見当たらない為、周囲を見渡しながら適当に進んでいくと。

 何処かから冷たい空気が流れ出した。


「……【口裂け女】」

「えぇ、多分本命ね。……でも本体じゃあないみたい」

「?……本体じゃない?」


 【口裂け女】の言葉に疑問を覚えながらも、空気の流れてきた方向へと進んでいくと。

 次第に周囲が暗くなると共に、景色の様子も変わっていく。

 床に無造作に放り捨てられていた本は、何処か禍々しい装丁に。立ち並んでいた書架や物理ウィンドウ、レコーダーはそれぞれがオカルティズムを感じさせる小物や映像、音楽を奏で始める。

 そうした変化を見て、感じながらも足を進めていくと……開けた場所へと辿り着いた。


「ここ、は……」


 まるで、無理矢理広い空間を作る為に他の物をどかしたような場所。

 書架やウィンドウ、レコーダーが倒れ、壁の様に積み上がり、円形の広場を作り上げているその中心にそれ・・は居た。

 一心不乱に、こちらがここへと辿り着いた事などどうでもいいかのように、小さな物理ウィンドウへと向き合いながら手元のキーボードを叩き続けるその姿は、ただの人の様に見えるものの。

 纏う雰囲気から、ただの人ではない事が理解出来た。


「――来てしまったのか。来れたんだな。来てくれたのか」

「……」

「無言は時に有言よりも雄弁に物を語る。お前は、君は、貴方は……オレを止めに来たのだろう?ゲームを作り続けるオレを。私を。僕を」


 手を止め、ゆっくりと立ち上がりこちらへと振り返るその姿に見覚えはない。

 しかしながら、私は彼が誰なのかをはっきりと理解出来た。それは、


「Arban collect Online開発者……!」

「如何にも、そして否とも。オレは開発者でありながら開発者でなく、外部による支配を受けた傀儡に過ぎない。故に、これからする事も本心ではないと先に定義、宣告、報告しておこう」


 頭が痛くなるような言葉回しにイラつく気持ちを抑えつつ、私はゆっくりと拳を構える。

 刀を取り出しても良いが、ここは自身の中で最も信用の出来る攻撃方法を使えるように動くべきだ。

 臨戦態勢に入った私を見てか、開発者は少し笑みを浮かべる。その姿だけ見れば、ただの草臥れたプログラマーにしか見えないものの……纏う雰囲気や環境が警戒心を助長させた。


「幸いにして、不幸にも。私がこうして滑らせる口は支配されていないのでね。こう言わせてもらおう。一度言ってみたかったんだ。――このゲームを止めるには、私を倒すしかない。故に、倒してくれよプレイヤーしゅじんこう

「物語の主人公になんざなる気はないですよ。これはただの私の仕事。仕事だからこそ私はここにいるんです」


 恰好付けた言い回しに、つい反論してしまう。

 そう、私は仕事だからこそここにいる。元々誰かも分からない上司からの命令で始めたこのゲーム。知らない内に日本や世界の命運なんてものを背負わされて、その上で私の好きな事が満足に出来ないようになってしまったからこそ、今こうして立っている。


「貴方を倒せば終わるんですね?」

「如何にも」

「貴方を倒せば都市伝説は元に戻るんですね?」

「如何にも!」

「貴方を倒せば――」


 一息。


「――世界リアルは救われるんですね?」

「如何にもッ!!そうであると、開発者たる僕が断言しよう!此処が!此処こそが終着点であり最深層!Arban collect Onlineというゲームの核であり、悪魔の作り上げたゲームを壊すたった1つの弱点だ!」

「その言葉を聞けて安心しました」


 瞬間、私は思いっきり踏み込む事で距離を詰め。

 その隙だらけの胴体に向けて、全体重を乗せた拳を放つ。

 奇譚繊維による膂力の補助と【口裂け女】の能力による身体強化。それに加え、自らの身体に刻まれた効率的な身体の動かし方によって放たれたその一撃は、何かが破裂したような音と共に命中し、


「良い一撃だな。渾身の一撃のはずだ。致命の一撃だったろう。だが、再度申し訳ない事を言おう。オレの身体は今や私の意志では動かせなくてね。あの悪魔の匙加減で如何様にも対応してくるんだよ」

「……ッ、一々煩い……!」


 見れば、彼の片手が変形し無数の触手の様になりながら私の拳を受け止めていた。

 だがそれだけではない。気が付けば彼の身体は少しずつ変化しているのか、両足は既に人のそれから変貌し触手を基とした異形のそれと成っている。

 体表の色も変化し、日本人の様な黄色人種だった色から褐色へ、そして褐色から赤を基調とした色へと変化していく。

……悪魔に魂を売った人の末路ってのは色々あるけど……この人のはその手の話とは全く違うなぁ……!

 見た目は完全に異形のそれ。だが、意識だけは開発のままであるのか心配そうな視線をこちらへと向けてきていた。

 それになんだか、無性に私はイラついて。


「お前が!そうなってる分際でッ!他人の心配なんざしてるんじゃあないッ!!」


 至近の距離。お互いの息がかかるような距離で、私と開発は戦い始める。

 身体全体から放たれる触手、まだ人の形を保っている腕から放たれる拳を何とか避け、奇譚繊維で覆った自らの拳を相手の身体の中心へと向かって突き出して。

 空気の破裂する音を聴きながら、何度も何度も……受け止められようが、避け切れず頬を触手が掠め血が出ようがお構いなしに拳を振るう。

 減っていくHPは、奇譚繊維を操りインベントリ内から取り出した回復薬を頭から被る事で回復して。

 相手の身体に傷が付かない不安感は、この後に何をしたいかを考える事で上書きして。

 息を吐き、吸うまでの間に体重を移動させ、自身がこれまで積み上げてきた技術をもって目の前の異形と相対する。


「ッ」


 開発を通してみているのか、それとも単純に私の表情に思う事があったのか。

 異形の身体は、足となっている触手を発条のように扱う事で私から一度距離を取り……何やら周囲に大量の魔法陣のようなモノを出現させ始めた。


「このゲームじゃ基本見る事がないようなものじゃん!――でもさァ」


 出現した魔法陣からは、何やら見覚えのある異形が……敵性バグ達が出現し始める。

 所々身体が壊れた機械の猿や、空中を泳ぐように進む汚水を纏った魚。身体が崩れかけているネコ科の肉食獣や、青白い人型の異形。私がパッと見ただけで由来の分かる存在はそれくらいで、他にも数えきれない量の敵性バグ達が蛇口を捻ったかのように私へと殺到し始める。

 普通ならば絶望的な状況……ではあるのだが。


「私にとっては、チャンスでしかないんだよ!『そうだよね!?』」

『――!』

「ふふ、よく分からない返事ありがとう!意味分からないから同意として受け取っておくよ」


 【口裂け女】の自己強化能力が発動し、私の身体能力を更に向上させ。

 その上で、私はこちらへと迫ってくる敵性バグを見据えながら大きく空中へと跳び上がる。

 通常ならば逃げ場のない空中に跳び上がるなんて事はしない。だが、今の私は調子が良い。

……わっかんないけど、多分【口裂け女】が色々手伝ってくれてるんだろうな。

 拳以外の、全身に纏っていた奇譚繊維の形状を一度糸へと戻し……私の腕に繋がるように、奇譚繊維で繋がった2つの巨大な拳を作り出して。


「数だけ用意されてもッ!意味が無いんだよッ!!」


 単純に、ただただ振り下ろす。

 そこに培ってきた技術の欠片もなく、本当に単純な動作を行っただけ。……ではあるが。

 能力によって強化された膂力と、奇譚繊維によって作られた高質量のそれは広範囲に破壊を齎していく。

 だが、その一撃では止まらない。何度も何度も、私が空中に居る間に地上に存在している相手が全て消え去るようにと願いを込めて拳を振るい。


「……ふぅー……ストレス発散にはなったかな」


 短い滞空時間が終わると共に、私は光の粒子が立ち昇る地面へと着地した。


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