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Episode9 - 決手


 魔法陣はいつの間にか無くなっており、周囲は私の攻撃によって見る影もない程に荒れてしまっている。

 そんな破壊の中にも居たにも関わらず、傷一つ無いように見える開発は一体どうなっているのかと視線を向ければ、


「……仕方ないだろう。オレの身体はいわばプロテクトが掛かっている状態……一種の無敵みたいなものだ。通常の方法でダメージが入る訳が無いだろう」

「先に言いなよ、そういう事は」


 プロテクト。言われてしまえば納得は出来るものの、実際に相対している側としてはたまったものではない。

 だが、それを破る術は無いわけじゃあない。なんせ、この場に居る事自体、そのプロテクトを破ってきているようなモノなのだから。


「侵食干渉……いつも通りにやっていけ、って事でしょ?」

「そうだ。そうなる。そういう事だ。出来る限り、意識側では受け入れるようにするが――」

「あぁ、大丈夫。もう繋いだ・・・

「――は?」


 1本の、目を凝らさねば見る事も叶わない程に細い奇譚繊維の糸。

 私の右腕から開発の胴体を繋ぐように伸びたそれは、赤黒い光を帯びており……私が先程、拳以外の奇譚繊維を解いた際に繋げられたものだ。

 開発の身体がそれを引き千切ろうと触手を這わせると同時、その糸は大きく膨れ上がり糸から縄へ、縄からパイプのような太さへと膨張し、


「やって良いよ、【口裂け女】」

都市伝説ヒト使いが荒いわね、本当に」


 侵食する。赤黒い光が異形の身体の中へと入り込んでいくと共に、触手の動きが止まる。開発は何処を見ているのか分からないような瞳で虚空を見つめだすものの……そんな隙だらけの状態であるというのに、私は追撃する事が出来ない。否、出来なかった。

 身体が動かせないのだ。それだけ、あの開発の身体を侵食する、というのは私の精神力を……演算処理能力を必要とするという事であると共に。

……なにこれなにこれ、なにこれ!?

 侵食を進めていく私の頭の中に、大量の未知なる知識が流れ込んでくる。

 開発を侵食しているからだろうか。それとも、知恵を授ける悪魔が操る身体に繋がっているからだろうか。プログラミングの知識を始め、知っているようなオカルトの知識、知る事の無かった現実の知識や、身近であるとも言える超常的存在についての知識など……頭の中へと無造作に、無作為に選ばれた知識が叩き込まれていく。


「……ッ」


 血が流れる。

 目から、鼻から、耳から。大量に流し込まれる知識によって、頭がパンクしそうになる程の痛みを訴えているものの、今止める訳にはいかない。

 目の前の存在を倒すには、イベントとかいうイカレた催しを止めるには今、この状況しかないのだ。

 次いつ訪れるか分からないチャンス。そして次訪れた時には、確実に対策され近付く事すらも出来ないであろう糸口。

 その前に立っている今、私にこの行為を止めるという考えは一切なかった。


「侵食、50%超えたわよ。もう少し気張りなさいな」

「分か、ってるよ……!」


 私の身体は限界だ。単純な戦いならば、まだ余裕はあった。

 相手の攻撃は見えない訳ではないし、触手だからといって対応出来ない手数でもない。大量の敵性バグに関しても、元よりソロで行動している身だ。対処する術くらいは身に染みついている。

 もしもボス個体が出てきたとしても同じ事だ。全力で叩けばリアルの様な存在でもない限りは圧倒出来る自信はある。

 だが、侵食になると違う。使うのは自らの内側の能力であり、染みついている技術も対応する為の思考能力も意味はない。視界なんてもってのほかだ。

 気を抜けば内側の大事な何かを相手に引っこ抜かれてしまいそうな、そんな感覚を味わいながら。

 私は奇譚繊維に力を込め、伝わってくる感触を頼りに相手の中へと力を送り込んで。パズルを解くように、解錠をするかのように相手の内側へと入り込んでいく。


「ッ――い、ったァ……!」

「――」


 どれ程時間が経ったかは分からない。

 数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。気が付いていないだけで数時間経っている可能性だってある。だが、私は……やり遂げた。

 開発の身体がびくんと不自然に震えると共に、ゆっくりと私は手のひらを開閉した。

 動かせる。侵食を開始する前に比べると少しばかりぎこちないように思えるものの、動くならば話はそう変わらない。


「【口裂け女】」

「事前の相談通りに、って訳ね?でも良いの?大丈夫?」

「大丈夫だから」


 私はゆっくり、何も言わない開発の身体へと近付くと共に。

 更に自身の身体から奇譚繊維を放出し、身体全体に巻き付けるようにしていく。

 簡易的な、ここに赴く前に1YOUから教えてもらった奇譚繊維の繭。そして、その先に在る力。

 それを、ここで使う。

……使った所で、何が起きるとかはないけれど。でも、使えるモノは使った方が絶対に良い。

 1YOUの様に完全な形では使えない。時間も無かったし、その技術を鍛錬する程の余裕もなかったのだから。

 しかしながら、不格好ながら形にはなり。お披露目ではないが、後詰めとしてこの力を振るう。


「――接続コネクト。対象はメインアルバン【口裂け女】」

【技術:逸話顕現の使用を確認。キャラクターロストの可能性がある技術ですが、宜しいですか?】


 目の前に出現したウィンドウを叩き割るようにしながら是を選択して……私の身体に変化が訪れる。

 黒く、そして長い髪が伸び。服装が赤黒い……薔薇を思わせる意匠がされたドレスのように変わり。

 口が大きく、裂けるように耳元まで開いていく。手には巨大な、赤黒い錆びの付いた鉈を持つ姿は……誰もが思い浮かべる口裂け女の姿そのものだ。

……でも、完全じゃない。

 首元を隠す為のスカーフがマスクになっていないし、何なら1YOUのように全身が変わった訳ではない。

 あくまで口裂け女という都市伝説の要素を、私に被せただけのこの姿。それだけでも十二分に強くはあるのだが……この状態の力を十全に引き出したとは言い難い。


「『……ふぅー……さて、と』」


 二重に、私と【口裂け女】の声がブレるように口から発せられるのを感じながら。

 私は目の前の開発の異形の身体へと狙いを付けて、


「『よっ、とぉ!』」


 鉈を肩口から振り下ろした。

 攻撃する為ではない。侵食したが故に、プロテクトとやらが解けているのか、血が噴き出ているものの……今回はダメージを与えるのが目的ではない。

 鉈が身体の中心辺りまで到達したのを見てから、私は再度息を吐く。

 侵食した後、やる事と言えば私は1つしか知らない。


「『行こう』」


 気軽に、あくまでも深刻にならないように。

 私は鍵に見立てた鉈を大きく、力づくで解錠するように横に回す。すると、だ。

 視界はいつも通りブラックアウト……する事はなく。代わりに、私達を残して周囲の景色が溶け、切り替わっていく。


「『……もしかして、回想シーンとか言うわけ?』」

「そうだ。そうだよ。そうなんだよ。これは僕の回想であり、悪魔の足掻きでもある。無敵だと思っていた駒が取られ、自身にまで手が伸びそうになっている者を遠ざける為のな」

「『あ、話せたの?』」

「話せるとも。話す必要があったからな。とは言え、ここから先は力なんて必要のない、対話のシーン。言わば、サスペンスで言う犯人を指名する場面であり、一番面白い推理シーンは終わってしまったわけさ」


 気が付けば、私達は1つの小さな部屋で座っていた。

 木製のテーブルに、木製の椅子。向き合うように座る私達を豆電球が淡く照らしている。


「『直球に聞くけど、イベントを終わらせるのって無理な訳?』」

「申し訳ないが無理そうだ。ルールを逸脱するしかないが、ゲームという媒体に縛られている以上それは難しい。明確な終了条件があるわけだからな。故に、外様から強制終了させるには、あの悪魔の元へと向かうしかないだろうよ」

「『そう……じゃあもしここで、貴方を倒したら?』」

「倒せるならば倒すと良い。一応は今回のボスであるコトリバコと繋がってはいるからな。奴の弱体化も、今後のイベントの縮小化もされるだろう」


 それを聞き、私は再度息を吐く。

 少々不可思議な状況にはなってしまったが、この状況が無駄ではない事が分かったのだから。


「『じゃあ、当面の私達プレイヤーの目標は』」

「当然、最深部を目指す事だ。DAUを使い最深部へと辿り着き、あの悪魔を打倒する。それで終いになるはずだ」

「『……ちなみに最後。これだけ聞かせてよ』」


 私の言葉に開発はきょとんとした表情を浮かべたものの、何を聞かれるのか分かったのか苦笑を浮かべながら頷いた。


「『貴方は、世界がこんな状況になって……貴方のゲームが世界に注目されて、満足だった?』」

「あぁ、満足さ。その上で、申し訳ないと心にもない謝罪を述べる余裕がある程にはな」


 その言葉を聞いた瞬間、私は鉈を握り締め開発の首を刎ねる。

 安らかな、穏やかな表情を浮かべながら落ちていく頭を、私は更に踏み潰し、


「『よし……状況終了。戻らないとね』」


 消えていく身体を見届けずに、私はその場から立ち去るように元の世界へと……トウキョウへと転移させられた。


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