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Episode10 - 再始


 トウキョウに戻されると共に周囲を確認する。

 どうやら、転移する前とほぼ同じ位置に戻されたらしく。私の身体は自由落下を開始する所だった。


「『これ嫌がらせじゃないかなぁ!?』」


 とはいえ、今の状態の私にとっては落下程度慌てて対応する必要もない。

 すぐさま奇譚繊維をすぐ近くのビルの壁へと放出し、引っ付いた先だけを侵食。そのまま簡易的な命綱として機能させれば……ビルの横にぶら下がった状態で止まる事が出来た。

……さて、と。まだイベントは終わってないみたいだけど……。

 いつの間にか閉じられていた、現実側のライブカメラを開き直し確認してみると。

 出現していたはずの怪異や、超常的存在達の姿は無くなっていた。


「『……一応は、状況収拾……って感じかな。どうだろう』」


 現実に干渉していた何かだけが止まったのだろうか。

 原因は分かる。それこそ、私が開発を倒し……否、殺したからだろう。

 あれで本当に、現実の命を奪えたとは思えないものの。彼は悪魔によってこのゲームに囚われていた存在でもある。その命の行き先は一介の人間でしかない私には分からない。

……とりあえずやるべきは……ボスの討伐かな。

 1YOU達が挑んでいると思われる、コトリバコ討伐。それを私も手伝いに行った方が良いだろう。

 そう考え、近くにスライムが居ないかを探した所……どこにも見当たらない。

 というよりも、


「『なんで敵性バグすらいないんだ……?これ確実に何か変だよね』」


 前回の最後がどうだったかは分からない。だが、敵性バグが居なくなるなんて事は起きていないだろう。

 故に、これもまた異変。今回のイベントで異変の様な事が起きるのは、大抵フェーズが切り替わった時くらいだ。

……何が起こってるのか確かめた方が良い!

 その為に、私は駆ける……なんて事はしない。

 トウキョウを目標なく駆けていたら、それこそ時間が潰れるだけ潰れてしまい、手遅れになる可能性が高いからだ。

 だからこそ、私は自分自身を吊り下げていた奇譚繊維を思いっきり引っ張って、


「『自分自身の一本釣りィ!』」


 勢いをつけて空へと飛び上がった。

 前回イベントと合わせて、2回目の飛翔。あの頃よりも強化された膂力によって、大きく空中へと投げ出された身体はすぐにトウキョウの異変を見つける事が出来た。


「『……何アレ!?』」


 トウキョウの中心部に近い位置。

 ビルなども多く、それなりに広場も多かったと記憶しているその位置にソレは居た。

 一番最初に目を惹いたのは、陽の光によって輝く朱。鮮血の色だ。巨大な朱色の、四つん這いになった人型のスライムがそこには居た。

 その身体の所々には、木製の箱のようなモノが無数に浮かんでおり……時折、それが開き周囲に黒く染まった液体を垂れ流している事が見て取れる。

……コトリバコの本体、って訳かアレ!でも心像空間に行った人達は……?!

 今まで、私はあの空間に行くだけで残された側がどうなるのかは分かっていなかった。

 他の誰からも、何も言われなかった為に特に問題も起きていないのだろうと考えていた。

 だが……あれを見ると、少し考えを改める必要がありそうだ。


「『向こうがどうなってるのかは分からないけど……流石にあれ止めないのはダメだよ、ねッ!』」


 先程、落下を止めた時の様に。

 奇譚繊維を伸ばす事で、私は何処かのアメコミヒーローの様にビルとビルの間を高速で移動していく。

 瞬間的に侵食し、蜘蛛の糸の様に張り付いて。曲芸師の様な身のこなしで巨大なコトリバコのスライムの元へと進んでいくと。


「『ッ、ァはッ……!ここまで来るのか、デバフ!』」


 まだ目標から遠い位置に居るというのに、私の視界の隅にはコトリバコからの影響を示す3種類のデバフのアイコンが出現し、そのスタック数を増やし続けている。

 どう考えても、女である私が行くのは不味いだろう。だが、それは心像空間に行った所で同じ事。

 ならば、目の前の強敵へと向かって死にに逝った方がまだマシだ。


「『とはいえ……【口裂け女】!』」

『――この状態で私に話し掛けるの、割と自問自答みたいなものよ?貴女』


 幾らまだインベントリ内に回復薬があり、装備等でHPの消耗を抑える事が出来ると言っても。このままではジリ貧なのは分かり切っている。

 だからこそ、私が頼るのはこの身に宿った……今は半ば融合している節もあるアルバンあいぼうへと声を掛ける。

 嫌味の様な事を言われるものの、しかしながら。彼女は彼女で私の要求したい事が何なのかを理解しているのだろう。何も聞く事はなく、


『1つだけ忠告よ。ここから先は、流石に私も止める事は出来ないから』

「『大、丈夫ッ!1YOUさんも大丈夫そうだったから!』」

『いや、あの子は……いえ。まあ貴女が良いなら良いわ。行くわよ?』


 瞬間、重くなっていた身体が軽く。そして何処か決定的に何かが変わってしまったかのような感覚と共に、私の身体は前へと進む。

 デバフは依然解けてはいない。しかしながら、HPの減りが大分遅くなり……代わりに、先程まで聞こえてこなかった声の様なモノが聞こえ始めた。


「……うわ、何コレ」


 変化はそれだけではない。普通に見えていたトウキョウの街並みまでもが一瞬のうちに変わってしまっていた。

 綺麗に見えていたビルの外壁には、所々にべったりと濃い血がへばりついているし。

 眼下の地面には、明らかに殺されたのであろう人の死体が大量に積み重なっている。

 特にそれが多いのは……恐らく、地下へと繋がる入り口付近だろうか。

……まるで、くねくねの時に眼鏡で見た景色みたいな……まさか?

 空いている方の手を、軽く顔へと触れさせる。しかし、そこに眼鏡は無い。

 だが、それで理解する。私が今している行動の行きつく先を。そして、それを受け入れたのであろう1YOUの覚悟の先を。


「【口裂け女】、これ一応聞くけど……口とか裂けたりする?」

『さぁ?私にもそれは分からないわ。祈りなさいな』

「はぁー……マジかぁ。いや、まぁ、私が望んだ事なんだけどさぁ……」


 もう一度息を吐き、しかしながら身体は止まらずに動かし続ける。

 私の身体アバターに起きている変化は単純であり、最悪な変化だ。思えば奇譚繊維によって都市伝説の外殻を纏う、なんて認識から間違っていた。そもそもの話をしよう。

 繭というのは、中のモノを溶かし作り直す事が目的の過程の状態だ。そんなものを奇譚繊維で作り上げ、尚且つ出来上がるのが外殻の様なモノ……な訳が無いだろう。

 出来上がるのは……私が普段、奇譚繊維で行っているように侵食された身体のみ。その侵食元がそれぞれの都市伝説であるが故に、それに近い力を得るだけの事。そんな状態の身体で、更に力を求めれば……どうなるかは分かるはずだ。


「……でも、その分本当自由に色々出来るようになったのは分かるよ。ありがとう」

『……』


 感謝の言葉と共に、いつの間にかコトリバコのかなり近くまで来ていた身体を、再度打ち上げるように飛翔させ。

 空を背に、大きく息を吸いながら眼下の異形のスライムへと視線を向ける。

 大量のプレイヤー達が集い、攻撃しているように見えるものの……その圧倒的な質量に、ほぼ意味を成していないように見え。絶望と諦観が広まりつつある戦場に向けて、大きく右腕を引いて。


「会敵一発目、景気良く行ってみようか……!試しの意味でもねッ!」


 瞬間的に放出した大量の奇譚繊維を集め、その全てから刃物を具現化。

 巨大な棒状の剣山の様になったソレを叩きつける様に投擲した。

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