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Episode11 - 終戦


 空気の破裂するような音と共に、奇譚繊維で作られた剣山がコトリバコの推定本体へと向かって飛んでいき……着弾。

 その瞬間、私は剣山を内側から弾けさせるように操作する事である程度勢いが殺されていたとしても、確実に体積を減らせるように攻撃した。


『――ッ!』

「被害は……軽微、かな?飛び散った先に居た人達の方がやばそう。ごめんね」


 近くのビルの屋上に飛び移りつつ。

 私は改めてコトリバコの全体をしっかりと見据えていく。スライム型の敵にありがちな、コアの様な物は見つける事は出来ない。

 それに加え、ダメージを与える事によって飛び散った身体は別の個体として周囲へと襲い掛かる性質を持っているらしい。今も、私が散らした欠片達が近くのプレイヤーへと襲い掛かっているのが見えている。

 また、時折箱から流れ出ている黒い液体は、地面などに接触すると同時に今まで見てきた敵性バグのような形のスライムへと姿を変えているのが分かった。

……成程、成程。居なくなったのは単純に……コレに取り込まれたからって感じかな。

 分かりやすい解答が目の前にあってくれて助かったと思う心と、面倒な事をしやがってと思う心の2つを抱えながら。

 私はどうすべきかを考える。


「これ、私とは相性悪いよねぇ……」


 今回のイベントが始まってからずっと考えていた事だ。

 相手が不定形……それも、物理攻撃があまり効かないであろうスライム型相手となると、【口裂け女】を含め物理型を主体としている私にとっては相性が悪い。

 唯一効く可能性があるのは【ダドリータウンの呪い】の呪いくらいだろうが……それも、今までの戦闘中に効力を発揮していない事を考えると微妙だろう。

……でも、ま。気楽に行きましょうかっと。

 心像空間に行くと言っていたメンバーの姿は見当たらない。つまり、まだ向こうで戦闘しているという事。ならば、こちらで本体を少しでも弱らせる事が出来れば……向こうに居るプレイヤー達の手助けになる可能性だってある。

 あくまで予想には過ぎないが、そう考えた方が色々と心に余裕が出てくるものだ。

 それに、


「こっちで倒しちゃっても良いわけだからね」


 相性が悪い、と言っても殺す術はあるのだから。

 刃物などによる線での物理攻撃が効きにくいのであれば、取れる選択肢は他にも存在している。


「開発にもやった通り!大多数は殴れば壊れる!壊れれば死ぬって訳でね!」


 大量に奇譚繊維を放出し、巨大な拳を4個形成して。

 ビルから飛び降りながら、何度も何度も眼下の巨大なスライムへと向かって叩きつけていく。

 柔らかく、打撃も効き辛い相手に対してダメージを徹す場合に考える必要がある事は1つ。それは、


「――些細な事なんて、考えずに殴り飛ばすッ!!」


 結局はコレだ。

 殴れる相手は、殴っていればいつか死ぬ。ならばそこに技術は要らないし、実際に先程開発の所で見せた通りに有効な手だ。

 強化された身体能力と、それによって操られる巨大な4つの拳。それにダメ押しで、スライムに振れると同時に爆発するように具現化する刃物。

 打たれ、弾け、斬り刻まれ。それを私が地面に辿り着くまで繰り返して、


「ワンモアチャンス!」


 再度奇譚繊維を伸ばし、身体を打ち上げる事で地面に着くまでの時間を長くして。

 愚直に、しかしながら徐々に減っていく体積を見て有効だと実感しながら私は殴り続ける。

……結局、力を延々をぶつけられ続けたら……誰でも最終的には倒れるんだから!

 ギミックがあるならば兎も角として、今の所コトリバコはただ大きいだけのスライムだ。

 確かに弾け飛んだ身体が別個体として襲い掛かってくる事や、敵性バグ達を生み出す能力、殺意の高いデバフを広範囲にばら撒き続けるというのは中々に厄介だろう。

 しかし、それだけだ。元の、コトリバコという存在が記された話からしても封印されてしまえば一時的には無力化されるだけのアイテムに、そこまで苦戦する要素は今の所見当たらない。


「【口裂け女】、武器!」

『はいはい、じゃあコレどうぞ』


 殴っているうちにテンションが上がった私は、再度跳び上がると同時。

 4つの巨大な拳を解き、内側に居る相棒に対して武器をねだる。彼女の心像空間には大量の武器があったのだから。故に、声に応えるようにして奇譚繊維を媒介に形成されたのは……巨大な、鉈。

 この世界ゲームで一番最初に倒した敵性バグの持っていた武器であり、事あるごとに私も具現化させている道具の1つ。

 それの柄を握り、多少重いなとは思いつつ。


「これで、一旦ッ!終わりッ!!」


 思いっきり振り下ろした。

 元々拳の連打によって削れていた体積に、巨大な鉈がそれなりの勢いを伴って叩き込まれたらどうなるか。予想は容易いだろう。

 衝撃を完全に打ち消す事が出来なかったのか、触れると同時にスライムの身体が無数に弾け。

 それと共に鉈によって両断され、


「やったか!?」

『それ、貴女達の言うフラグって奴じゃないの?大丈夫?』

「大丈夫大丈夫、だってさ――」


 私に見えているという事は、恐らく【口裂け女】にも見えているのだろう。

 両断されたコトリバコが、大きな2つの塊となって動き出そうとした瞬間に動きを止める。次の瞬間だ。

 スライムの奥……鮮血で染まった、不定形の身体の中に光が見え。そこから数人の人間が出現する。


「――戻ってきたみたいだからね」


 当然、この場に転移してくる存在の正体なんて知れている。

 黒い人狼に、何処か海賊の様な衣装を着た者。奇譚繊維で作ったのだろう、大量のトランプを周囲に浮かせている者や、水で模した動物達を従えている者も見て取れる。

 そう、彼らは全員コトリバコの心像空間に侵入していた者達であり。彼らが戻ってきた、という事は。


「私達の勝ち、ってね」


【核の消失を確認】

【ANNOUNCE:都市伝説『コトリバコ』の核の消失を確認しました。これより仮想電子都市:トウキョウは自浄作用により侵食を受けた地域を放棄、再構築を開始します。蒐集家の皆様におかれましては、未だ地上に残る敵性バグの処理、トウキョウ内の探索を宜しくお願いします】

【戦闘データの確認……都市伝説データの蒐集の完了を確認】


 以前も流れたログが流れると同時、目の前のコトリバコはびくりと身体を震わせ。

 他の敵性バグが消えていく時と同様に、光の粒子となって消えていく。


「あっ、神酒ちゃん?かな!おっつかれー!こっちで止めてくれてた感じかな?助かったよ!」

「ライオネルさん?……すっごいですね、匂い」

「そりゃあもう!あのスライム美味しかったんだよねぇ。いっぱい食べちゃったよ」


 海賊のような姿をした知り合い……ライオネルがこちらに気が付いたのか、無邪気に近づいてくるのを見て笑みが零れる。

 イベントが終わった、という事は。また一応は救う事が出来たのだ。

 現実を、都市伝説などの非日常が侵食していくような狂いそうになる凶行から


「と、とりあえず私達はこの後報告でしょう?他の方々は大丈夫そうですか?」

「そうだったねぇ。一応1YOUくんには言ってあるから……問題は、現実の方で出てた超常的存在とか、それに遭っちゃった人達のアフターケアかな。もう現実の方は対処されたんだっけ?」

「そうみたい?です。とりあえず私が見てる限りはどのライブカメラにも映ってはいませんね」

「あは、まぁ仕事の連絡が私達に届いてないって事は問題ないって事だね。よし、じゃあ早速また仕事しに行こうか。……一応、私達って国を救ってる英雄の筈なんだけどなぁー?」

「それは言わないお約束ですよ。軍みたいなものなんですから」


 こうして、私達はその場からログアウトする。

 直前にこちらへと視線を投げかけていた面識のあるプレイヤー達から名残惜しそうな表情をされたものの、申し訳ない。こちらも仕事なのだ。

 国勤めの融通が効かない所が出てしまうのは、こういう共に祝いたい時に惜しいとは思ってしまうが仕方ない。

 せめてもの、と消える瞬間まで私は軽く手を振り続けた。

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