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第36話 手掛かりを探して

 小鳥はペールブルーの軽自動車を運転し、アメリカ楓(かえで)の大通り沿いを走っていた。残暑厳しい街路樹の葉は萎れて元気がない。助手席には白いトルコ桔梗の花束を乗せ、が交通事故に巻き込まれた交差点に向かっていた。


(・・・あ、ない)


 そのガードレールに供えられていた花束は取り払われていた。四十九日の法要を終えた為、両親が片付けたのだろう。時間(とき)の中で薄らいでゆく7月7日の記憶、小鳥は今度こそ、この横断歩道を渡る拓真を助けるのだと心に誓った。


(拓真、待っていて。必ずその背中に追い付くから!)


 小鳥は2020年、ないし2021年にタイムリープした際に必要な情報を仕入れる事にした。


(長い間、休んでるしなぁ、ちょっと聞きにくいかも)


 パティスリーで日持ちがしそうな焼き菓子を購入し、勤務先の路面店スタッフに差し入れをしつつ色々と探りを入れる。


カランカラン


 パティスリーの扉を開けると砂糖とバターの甘い匂い、バニラエッセンスの香りに包まれた。


「これと、これを下さい」


 アーモンド、ピスタチオ、ココアとプレーンの市松模様、甘味を好まないスタッフにチーズのクッキーの詰め合わせを購入した。代金を支払いラッピングの仕上がりを待っていると、籠に盛られたカヌレが目に付いた。見た目にも表面はカリッと香ばしく、手に取ると中はしっとりもっちりとした生地である事が分かった。カヌレは、2人の拓真が好んで食べた。


「すみません、これ、それとは別に3個下さい」


 今夜、家に帰ったら3人でお茶でも飲もうと考えた。拓真たちのマグカップにはブラックコーヒー、小鳥はココアを選んでカヌレを味わおう。


(・・・・さて、と)


 トルコ桔梗が萎れない様に、駐車場は日陰を選んだ。暑い、今年は特に暑い、肌に刺す様な痛みに眩暈がした。頬が上気している、タオルハンカチで拭っても次から次へと汗が噴き出す。


(焼き菓子にして正解だったぁ、ケーキなんて最悪)


 紙袋を覗くと中から蒸れた砂糖の匂いがした。暑さでクッキーに塗(まぶ)した粗目(ざらめ)が溶けているのかもしれない。黒いギンガムチェックのサンダルは、レンガ畳みの舗道を小走りで先を急いだ。


(でも、なんだか入り辛いなぁ)


 小鳥は、拓真の交通事故以来、有給休暇や夏季休暇を利用して長期間、仕事を休んでいる。「任せておいて」と同僚は言ってくれたが、シフトを組むのも大変だったろう。小鳥がイメージキャラクターのオブジェに隠れて店内を窺っていると背中を叩かれた。昼休憩から戻って来た同僚だった。


「ぎゃっ!」

「ぎゃっ、はないでしょう!ぎゃっ、は!」

「ごめん、びっくりして」

「なにやってるの、こんな所で、入りなさいよ」

「あ、うん」


 この暑さも手伝ってか、店内は閑散としていた。一足早く入荷した初秋ラインナップのワンピースが暑苦しい。小鳥がそのハンガーポールを眺めていると、同僚は困った顔をした。


「そうなのよ、本社からどんどん秋物が送られて来るんだけど、この暑さじゃ誰も買わないわ。在庫ばかり増えて大変よ」


 バックヤードに通されると確かに7部袖や長袖のブラウスやワンピース、最悪なのはジーンズ生地のジャケットが色違いで畳まれていた。


「バイヤーは何考えてんのか分かんないわ。誰が買うのよ!」

「そうね、これは」

「ね、段ボールの山よ!」

「その山の中に、箱物は邪魔だったかな?」


 同僚は目を輝かせた。


「ううん!これは大歓迎!」

「長い間、休んでごめんね」

「良いって、気にしないで」

「週明けには出勤するから、シフトに組んでおいて」

「あ、四十九日のお参り終わったんだ」

「・・・・・・・うん」

「元気出して」

「ちょっとスッキリした、ひと区切りが付いた感じがする」

「無理しないでよ、辛くなったらいつでも交代するから」


 小鳥は手渡されたペットボトルの烏龍茶に口を付けた所で、本日の本題に及んだ。2023年7月7日のバーベキューを企画した人物を知らないか、同僚に訊ねてみた。


「あのさ、異性間交流会ってコンパ、計画した人って誰だっけ?」

「え。なによ、それ」

「去年の7月の、7日にキャンプ場でバーベキューをしたんだけど」

「あぁ、それね。私も参加したコンパでしょ?」

「そうだっけ?」

「マジか!忘れたの!あんた、肉、焦がしてたじゃない!」

「・・・・・あ」


 同僚はから小鳥がクッキーの箱を貰っていた所を見ていた。覚えているだろうか。


「ねぇ」

「なに?」

「クッキーなんだけど」

「なに、このクッキーの事?美味しいよ?」

「違うの。そのバーベキューの時、私、誰かからクッキーの箱、貰ってた?」

「クッキーの箱ぉ?そんな覚えないなぁ」

「そうか・・・・」

「あまり言いたくはないけど、あんた、彼氏と隣同士で座って黙々と肉、食べてたじゃない」

「・・・そうだね」

「ごめん、デリカシーなかったね」

「良いの、私から聞いたんだから」





 小鳥ととの出会いは2023年7月7日、それまで2人は接点もなく、丸太のベンチに隣同士に座って黙々と肉を食べていた。ビールのプラカップが回って来て、小鳥がに手渡そうとした時、指が触れ合った。


『うわっ!』

『えっ!?』


 小鳥を意識していたはプラカップから指を離してしまった。ビールは小鳥のジーンズの裾を濡らした。


『ごめん!弁償するから!』

『あ、良いんです。もう処分しても良いかなって思ってて』


 そんな事はなかった。卸したての新品に近いジーンズだった。バーベキューコンロを片付け始めた頃、拓真が小鳥に声を掛けた。


『ジーンズ弁償したいから連絡先教えて』


 そこでLIMEを交換して交際が始まった。




 小鳥が当時を思い出し、物思いに耽(ふけ)っていると同僚から声を掛けられた。


「小鳥、小鳥ってば!」

「あ、うん、ごめん、ちょっとボーっとしてた」

「まぁ暑いからねぇ、路面店は暑くて敵わないわ」


 社員名簿をペラペラと捲(めく)ると、同僚は1人の女性の名前を指した。


「去年のバーベキューを計画した子は、ファッションモール店の 村瀬 結むらせゆい さん、間違いないわ」

「村瀬さん」

「ファッションモール店は涼しくて良いわよねぇ、羨ましい」

「うん、そうだね」

「で、バーベキューと村瀬さんがどうしたの?」

「村瀬さんが損害保険会社の男性社員と仲が良かったの?」

従兄弟いとこがいるって言ってた」

「そうなんだ」

「村瀬さんって、いつからこの会社で働いでるの?」

「あ〜、私と同期だから4年前かな」

(あぁ、じゃあ・・・・2020年、2021年にはこの会社にいる)


 同僚が不思議そうな顔をするので、小鳥は香典返しで分からない人が居るから調べたいのだと曖昧な返事をした。


「じゃあ、またね」

「他のみんなにも宜しく言っておいて」

「分かった!気を付けて帰ってよ!」

「ありがとう」


 これで小鳥が2020年、2021年にタイムリープした時、いの一番に親睦を深めるべき人物が分かった。村瀬 結 と親密な関係になれば、損害保険会社と繋がる事が出来る。これで、23歳と24歳の高梨拓真に1歩近付いた。

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