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第56話 始まり

半月と待たずゴートロートは王都に向けて出発した。シンプルだがしっかりとした造りの馬車なので遠方ではあるが問題なく現地に着けるだろう。


「お祖父様、お気を付けて」


「ああ大丈夫だ。シャールこそ気をつけるんだよ。……ヤン頼んだぞ」


「……承知しました」


目で二人にしか分からない合図を交わすとゴートロートは馬車に乗り込む。そして遥か遠くの道のりを目指して出発した。



ゴートロートの居なくなった城はとても寂しい。普段あまりお喋りな人ではないはずなのに火が消えた様に感じるのはあの存在感だろうか。

側にいるととても安心できるのだ。


「ヤン、新しい草を見つけたから見てくれますか?」


花の手入れの合間には相変わらず薬草を探すが、何を見つけても喜んでくれたお祖父様がおらずシャールも元気が出ない。


「ねえヤン。お祖父様は何しに王都に行ったんでしょうね。聞いても知り合いに会いに行くって言うばっかりで詳しく教えてくれませんでした……」


「……シャール様、ゴートロート様はあの方しか出来ないことをしに行かれたんですよ」


「お祖父様にしか出来ないこと?」


「はい。皆が幸せに暮らせる様にあることを確かめに行かれました。私からはこれ以上言えないんです」


ヤンが困った顔をするといつもはキリリとした眉が下がって可哀想な犬みたいになる。実はシャールはこの顔が大好きなのだ。


「困らせてごめんなさい。ちゃんとお留守番してます。僕ももうすぐ十七歳だし来年は成人です」


(それまでにアルジャーノンは来てくれるかな……)


「さあシャール様、今日はこれくらいにしてそろそろ城に戻りましょう」


「もう少し採りたかったんだけどな」


この辺りは四季の移り変わりがあまりない穏やかな地方だ。とはいえもうすぐ訪れる冬は城の庭をうっすらと白く染め上げる。

そうなると薬草たちは凍ってしまい使えなくなるのだ。


「明日一緒にもっと沢山採りましょう。いくら城の庭とはいえあまり遅い時間に外にいるのは危ないです」


「はい」


ゴートロートと約束したのだ。ちゃんとみんなの言うことを聞いて大人しく待っていると。


大きなカゴいっぱいの草をヤンが背中に背負った。シャールは持ち手のついたカゴを手に持って入り口のドアに向かう。


シャールの背中にぴったりと張り付いて家に戻るヤンは、ナイフの様に鋭利な視線を門の外に向けた。


(やれやれ、ゴートロート様が俺を連れて行かなかった理由がわかったよ)


明らかな悪意のあるその気配に、シャールを侍女に預けたら戻って片をつけよう。ヤンはそう思いながら城の中に入った。





 ゴートロートが王都に着いたのは当初の予定通り遅く、居城を出てから三日後だった。


 途中宿で休息をしたものの、老体にはそれなりのダメージがありアルバトロスの屋敷に着くなり体調を崩してしまった。


「迷惑をかけてすまないな」


 客間のベッドで横になり力無く笑うゴートロートにアルバトロスはとんでもないと首を振った。


「シャールが叔父上に受けた恩に比べたら私の命を差し出しても足りないくらいです。ここでゆっくりしていただけるならむしろシャールの話を聞けてありがたいですよ」


「はは、そうか。大事な一人息子なのに顔も見られず気の毒な限りだ。その分私は毎日あの子と楽しく暮らせているんだがね」


 その言葉からシャールに対する無償の愛情が感じられ、改めてこの人にシャールを託して良かったと心から思う。


(……思えば幼いころ、父に叱られて泣いていた俺を慰めてくれたのはこの人だった)


 その時の記憶だろうか、シャールの預け先をと考えた時、真っ先に浮かんだのがこの優しい叔父の顔だったのだ。



「何か召しあがりますか?軽いものの方がいいですかね」


「そうだな、食欲はないが今回は化け物と対峙せねばならん。しっかりと体力をつけておかないとな」


 その言葉にアルバトロスは眉根を寄せる。


「では目的は皇室……」


「ああ、見て見ぬ振りをしておったがシャールが関わる事となると話は別だ。さっさとアルジャーノンを見つけて喝を入れてやらんとな」


「彼の行方に関しては騎士団でも噂になっています。ただ、私も彼が逃げたり消えたりするような人間ではないと分かっているので気になっていました。でもなんの縁もないアルジャーノンのためにわざわざ王都まで?」


 アルバトロスの言葉にゴートロートは声を上げて笑った。


「そのアルジャーノンとシャールが将来を誓った間柄ということを知らないのか?随分と耳が遅いな」


「えっ?!なんですって?シャールとアルジャーノンが?!」


 前回彼をシャールに会わせた時、随分と仲がいいなとは思っていたが……。まさかベータの男性と一緒になるとは思ってもいなかった。


「シャールはアルジャーノンと普通の夫婦になってのんびりと田舎で暮らす事を望んでおる。私もそれが一番だと思っているがお前はどう考えている?」


「……私はシャールがそうしたいならそれでいいと思います。既に死んだと届けは出してますし、もうシャールの命を狙う者もいないでしょう。今まで過大な苦労をかけたと自覚してますのでこれからは思うように生きて幸せになって欲しいです」


「そうか。ではやはり私が一肌脱がねばならんな」


「……アルジャーノンの行方ですか」


「ああ、新婦が健気に待っているのに新郎が帰ってこないのではあまりに哀れだろう?」


「そうですね」


「そうと決まればまずは腹ごしらえだ。それから今の皇室の状況を教えてくれ」


「承知しました」


 アルバトロスは一礼すると食事の支度を整えるために客間を後にした。

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