「ゴートロート様は何がお好きかしら」
久しぶりの客人にリリーナは朝からソワソワと準備に余念がない。
それも大事な息子が世話になっている人だ。どうにかしてもてなしたい。リリーナは知恵を絞って準備を進めていた。
「お疲れのようだから軽いものがいいわね。でも普段は結構な健啖家と聞いてるから念の為にお肉も用意してちょうだい。お酒もお好きらしいから準備して。でも今は控えられた方がいいから度数が軽くて重厚な味わいのものをお願い」
「「「はい!!」」」
屋敷の使用人たちは張り切って準備を始めた。シャールの訃報があって以降、屋敷全体が火が消えたようになり、やもすればシャールを慕っていたメイドたちの啜り泣く声がそこかしこで聞こえる毎日だったのだ。
日を重ねて少しずつ明るくなってきたものの、舞踏会やお茶会は一切開かれなくなっていたので久しぶりの客と聞いて皆が浮き足立っていた。
しばらくすると杖をつきながらゴートロートが食堂に姿を現す。一眠りしたからか、スッキリした顔をして血色も良くなっていた。
(さすがだわ。あのお年でもきちんと正装されて背筋も驚くほどまっすぐね)
リリーナは背中が曲がって前も向けなくなった自分の父親を思い出して感心した。
「ゴートロート様、我が家においでくださりありがとうございます」
膝を曲げて美しいカーテシーをして見せるリリーナにアルバトロスは優しい笑みを向ける。
「シャールは母親に似たのだな」
それを聞いてリリーナはほろっと涙をこぼした。
「ありがとうございます。主人と話もおありでしょうからわたくし達は失礼いたします。どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」
リリーナはそう言うと、使用人たちを連れて部屋を出ていく。食堂にはアルバトロスとゴートロートだけが残された。
「シャールは幸せだな。良い家族に恵まれて」
「叔父上、その家族にはもちろん叔父上も入ってますよね?」
「わはは、お前は口がうまいな」
美味しい料理と共に和やかに始まった晩餐は夜がふけるまで続いたのだった。
「ヤン、どうしても欲しい薬草があるんです」
シャールは意志の強い目でヤンを見つめた。
「あーそれはもう許可というより脅迫ですね。とめるなら勝手にいくぞって顔に書いてますもん」
「すごいね?!ヤンは僕の心が読めるの?」
「……やっぱり……」
ゴートロートが城を立って一週間。不穏な影を見つけたのは初日の夜だけだ。その男の雰囲気で大した腕は持っていないと分かったのでそのままにしておいたが、目的はおそらくシャールだろう。
それからはシャールの側から片時も離れずに様子を伺っているがこちらの気配に気付いたのか姿を消してしまったようだ。
……だから野草摘みくらいは行っても問題ないと思うんだが……。
「お願い!どうしても気になることがあって作りたい薬があるんだ」
「それは何か聞いてもいいですか?」
「……毒消し」
「毒消し?それならこの辺りにも咲いてて……」
「いえ、もっと強力なやつ。ペルタの花に効くものを作りたいんです」
「ペルタ?」
ペルタはとても珍しい花だ。臭いと言っても過言ではない独特の匂いがする。そしてその匂いにふさわしく少量でも毒となる。
だが、その花の毒に特化する解毒剤なんてなんのために必要なのだろう。
「憶測でしかないんだけど以前陛下にお会いした時に爪が黒く変色してたからもしかしてと思って……」
「えっ?!」
「その時はなんだろうってしか思わなかったんだけど、ここで薬の勉強するうちに陛下の症状がペルタの毒にやられたものじゃないかって思うようになったんだ」
「……だから解毒剤を?王都に行くこともないのにどうやって……」
「どうにかして届けられたらいいなと思って。作るって言っても簡単じゃないでしょ?いざ使おうとした時に不完全なものじゃ効果がないから練習したい」
「どうして陛下の病状をシャール様が気にするんです?」
「陛下は優しい人なんです。まだ僕が幼くて父上に嫌われてると思ってた時、とても可愛がってくれたから」
ヤンはふうっとため息をついた。
「シャール様、もし本当に陛下がペルタの毒で病気になったとして、その毒を陛下に飲ませてる奴がいるって事なんですよ。そんな中で解毒剤なんて受け取ってもらえると思いますか?」
毒を盛るならおそらく皇后だ。それなら余計に陛下の口に入らない可能性が高い。
「分かってる。でももしかしたら飲んでもらえるチャンスがあるかもしれないでしょ?可能性があるのに知らん顔なんて出来ないよ。どうかお願いします」
頭を下げるシャールにヤンは黙り込み思案を巡らせる。
(……確かにシャール様のいうことは一理ある。だが危険なことはさせられない。陛下よりシャール様の方が大切なんだから)
「ヤン!夜中にこっそり摘みにいくよ?!」
「ああもう……」
手に負えない。この人には勝てる気がしない……。
ヤンは諦めて薬草を摘んだらすぐ帰るという条件付きで外出を認めた。
「もちろん俺も行きますし手練れの数人は同行させます」
「うん、面倒かけるけどよろしくお願いします」
「はい」
ヤンのため息などシャールにはなんの効果もない。それよりも新しい薬を作ることにすっかり意識は向いていた。
「雪が降る前に欲しいから今からでもいいかな?」
「えっ?!今から?」
「ダメですか?」
しょんぼりと自分を見上げるシャールの眼差しにヤンが勝てるわけがない。それにシャールの言う通りそろそろ雪が降り出してもおかしくない季節だ。
「あーはいはい。じゃあ支度しましょう。山の上なんで寒いし岩肌は滑ります」
「はい!しっかり支度します!」
シャールはヤンの返事を聞くなり急いで出発の準備を始めた。
ヤンも畑で作業していた若い使用人に同行の指示を出し、メイドには携帯食料として焼き菓子を袋に詰めさせる。
「では行きましょう」
「はい!」
そしてシャール一行は小高い山の上にある草原に向かった