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第80話 ベラの焦り

「殿下!早く皆に陛下が目覚められたと伝えてください!」


シャールは外にいる者にも聞こえるような大声で叫んだ。


「え?!あ、しかし……いや分かった!」


セスの伝達に部屋の前で控えていた兵士たちがどよめき、慌ただしい足音がする。


(陛下が目覚められたことを隠される訳にはいかない。皇后に知られたら最悪のこともあるんだから)


「誰か!早く宮廷医を!」


在らん限りに声を振り絞ったシャールは、レオンドレスの方を向いて「騒がしくしてすみません」と小声で頭を下げた。


「……構わない。シャール、大きくなったな。それに賢い」


「陛下……」


レオンドレスはシャールの思惑に気が付いたのだろう。弱々しく掠れてはいるが、その声は慈愛に満ちていた。


「失礼いたします!」


ドタドタと足音を立てて医者が飛び込んで来る。だが、この男は皇后の息がかかった者の一人だ。シャールは側について彼の一挙手一投足に目を光らせた。


「……診察をするので陛下と二人にしていただけますか」


たまりかねたのか医者がそう言ってもシャールは動かない。そのうちレオンドレスが「我が子同然だ。気にするな」と一喝したことで医者は渋々とシャールの目の前で診察を始めた。


「……顔色も心音も正常です。ですがお目覚めになられたばかりなので体を休めてください。お客様にもお引き取り願った方がよろしいですね」


(こいつまだ言うか)


「気に留めておこう。もう下がって良い」


その言葉に医者は慌ててカバンの中の薬を取り出した。


「で、では薬だけ飲んでいただければ本日は結構です」


何が結構なのか医者の異常な慌てぶりにシャールはその手元を凝視した。そこには小袋に入れていても強い匂いを放つ薬とやらがある。


「置いておけ。シャールに飲ませてもらう」


「あ……いえこれは!とても強い薬で量を間違えると取り返しがつかなく……」


「そんなものを私に飲ませていたのか?」


「……へっ陛下!そうではなく!良薬というのは使い方を間違えると毒にもなり得るのです……」


「……それを見せていただけますか?」


シャールが手を差し出すと、医者は強い口調と目付きでシャールを牽制した。


「なりません!先ほども言いましたがこれは扱いが難しいのです!」


「私はこの子を信じておる。さっさと渡せ」


レオンドレスの言葉に一瞬言葉を失った医者は、それでも負けじと言葉を返す。


「こっ……皇后陛下に全て任されております。誰にも渡すな、全てお前が処方せよと。恐れながら陛下が病に臥せておられたのでこの国の全ては皇后陛下に委ねられております。ゆえにいくら陛下から命じられてもお渡しできません」


シャールはその言葉に飛び上がるほど驚いた。国王陛下を前にして皇后の命令を優先すると言っているのか?

よほどの命知らずがそれほどまでに皇后が怖いのか……。


形を変えそうなくらいに握りしめられた袋を見て、シャールは諦めたようにため息をつく。


「確かに毒を持って毒を制すことはありますが、ペルタの花単体に病気を治す効果があるなんて初耳ですけどね」


医者は分かりやすく体をピクリとさせ、シャールを見上げた。


「素人がふざけたことを……ペルタの花なんて珍しいもの私が持っている訳ないでしょう。何を根拠に……」


「あ、そう。じゃあそれを自分で飲んでみてください」


「……健康な人間には害になります」


(よく回る口だなあ)


どうしてやろうかと思案していると、勢いよくドアが開き皇后ベラが部屋に飛び込んできた。

よほど慌てたのか髪は乱れ荒い息を吐いている。その姿は見ようによっては愛する者を心配する伴侶のそれであったが……。


「あ、あなた……!目が覚めたのね!良かった!」


医者を突き飛ばしレオンドレスのベッドに駆け寄ったベラは大粒の涙を流して良かったと繰り返す。


「あなた、よく顔を見せてちょうだい」


ベラの手がそっとレオンドレスの頬にかかる。だが、国王はその手を制して倒れたままの医者に視線を移した。


「ベラ、その医者が私に毒を盛った疑いがある。しかしどうやらそれはお前が用意した物のようなんだ。どういうことだ?」


「……なんですって?」


ベラはジロリと医者を睨む。医者はガタガタと震えて言葉もろくに発せなくなっていた。


「なんの知識もない私が薬を用意するはずないでしょう?もしそれが本当に毒ならこの医者は王室に対する殺人未遂罪で打首よ」


「ひっ……こっ皇后陛下!あなたは確かに……」


「黙りなさい!まだ嘘を重ねて私に罪を被せようとするの?それならお前だけじゃなく家族全員の処刑が必要ね!」


「そんな!!!」


ガクリと項垂れた医者はもう何も言えない

。彼ができるのは咎を自分一人で贖えるよう黙っていることだけだ。


「だれか!この犯罪者を牢に繋いで!明朝に処刑するわ!家族も一緒にね」


「はっ」


「えっ?!皇后陛下!!お願いです!!家族はどうか……!!自分はどうなってもかまいません!家族だけはお助け下さい!お願いします!!」


そう叫びながら兵士に引き摺られて部屋から消えようとしている医者に、ベラは一瞥もくれない。


「ごめんなさい、あなた。私が気付けば良かったのに」


そう言いながらまたしてもレオンドレスに触れようとするベラはその手を叩き落とされ、渋々とベッドから少し離れた。


「不用意に触れるなベラ。私たちの関係はそんな甘い物ではないだろう?」


「……はい、承知しております。申し訳ありません」


「シャールと話がある。部屋を出ていろ」


その時初めてベラはこの場にシャールがいる事を認識した。それほどに必死だったのだろう。何にかは分からないが。


「いえ!陛下はお目覚めになったばかりです!少しでも休まれませんと……!」


「もう十分に休んだ。十分にな」


レオンドレスはベラの目を見て噛んで含めるようにゆっくりと言葉を吐き出す。


ベラはようやく打つ手なしと判断したのか、頭を下げて部屋を辞した。


「やれやれ起きた早々本当に騒がしいな」


「でも良かったです」


「シャールのおかげなんだろう?」


レオンドレスはゆっくりと手を伸ばしてシャールの頭を撫でた。


「どうしてそう思われるのですか?」


「ずっと眠っていた訳ではない。体は動かせず目も開けられなかったが。途中から苦い薬が甘いものに変わった。あれはシャールの指示だろう?」


「はい」


「侍女も変わったな?その娘が私にこれを飲めば目が覚めますと言ってくれた。返事をすることもお礼を言うことも出来なかったがな」


「そうでしたか」


後でメアリーに伝えておこうとシャールは思った。


「ところでさっきの話だが、アフロディーテの子が見つかったと言うの本当か」


「はい」


「市井で平民として暮らしていると聞き及んでいたが……。どんなに探してもそれらしき者は見つからなかったのに」


「……近くにおりました。ずっと陛下の側に」


「なんだと?」


「王室騎士団の第二師団、リーダーのアルジャーノンを覚えておられますか?」


「……?ああ、見どころのある礼儀正しい青年だ。……まさかあの男が?」


「はい。全てお話しします。その前に急ぎで一つお願いがあります」


「なんでも言ってみなさい」


そうしてシャールは大神官やゴートロート、そしてアルジャーノンの現状まで全てをレオンドレスに語った。







「まったく!どうしてあんなに元気に目を覚ますのよ!」


ベラは自分の部屋で苛々と爪を噛んでいた。

ペルタの薬草は確かに減らしたが、目覚めても意識は朦朧としているはずだった。なのに何故?


ベラはシャールが途中から薬をすり替えた事を知らない。けれどペルタを減らしたことにより解毒剤の効き目はすぐ現れ、レオンドレスの目覚めは劇的に早くなった。


「それにシャールが側にいたせいで毒針が使えなかった。忌々しい。それに陛下も何か気付いてるようだったわ」


ベラはドレスの袖に隠してあった毒針をテーブルの上に置いた。もちろん致死量ではない。けれど意識を混濁させるには十分な物だった。


「隙を見て少し弱らせてから書類にサインをさせなきゃ。早く引退させてセスを国王にするのよ」


その為にはどうすればいいのか。作戦を立てなければ。


「誰か!バリアン男爵を呼んでちょうだい!」


ドアの外から兵士の短い返事が聞こえ、足音が遠ざかる。


早く早く!

ベラは理由のわからない焦りに総毛立つ。

何かよくないことが起きようとしている気がする……!


「ここまで来たのよ。誰にもこの座は譲らない。たとえ陛下にもね。あなたはもういらないのよ」


城中がレオンドレスの目覚めに湧き立つ中、ベラは一人で真っ暗な部屋に篭りこの先の事を考えていた。




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