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第122話 エイベルの思い出

「どうして皇太子妃がこんな所に?ルーカ様?!おい、死にそうじゃないか、これはどういう事だ?!」


「……殿下から何もしなくていいと言われております」


「いやそれにしてもよくこんな状態の人間を放って置けるな!すぐ医者を呼べ!」


「はい!」


兵士だって人間だ。この状態を見ているのはつらくてたまらなかったが、命令に背くわけにはいかない。その板挟みに苦しんでいたのでエイベルの英断に感謝した。


間も無く町医者がやって来てルーカの状態を確認し、治療を施して帰っていった。あと数日放っておけば死んでいただろうという言葉を残して。


「それにしても偉い人の考える事はわかんねーな。出産を終えたばかりの相手をこんなとこに捨て置くとはな」


……エイベルも生まれた子供がセスの子ではないかも知れないという話は聞いていた。けれどそれでもこんな事をする神経が分からない。罪を償わせるのであれば、裁判にかけて双方の言い分を神の前で話し、悪いことをしていたならきちんと処罰すれば良いだけなのに。


地下牢は、日が差さないので湿気が多く病人には向かない。エイベルは部下に指示をして、ジュベル侯爵夫妻が以前牢に入れられていた時のマットレスや毛布を運び込ませた。


「こんな事して良いんですか……?」


「なんか言われたら俺が責任取るよ」


「は、はい……」


暖かい夜具の中で、ようやくルーカが安らかな寝息を立て始めた。薬が効いているのか、顔色も良くなっている。


「……昔は綺麗だったのになぁ」


「エイベル様?」


「ああ、なんでもない。定期的に医者を寄越すから後はよろしく」


「はい!お疲れ様です!」



エイベルは地上に出ると、騎士団の練習場で組み手をしていたアルジャーノンを呼び出した。そしてさっき見た光景を話して聴かせる。


「そうか、ルーカ様が」


「ルーカ様って……お前の方が身分が高いんだからいい加減自分の立場を弁えろ」


「……今はただの騎士団長だ」


「……変な奴」


「それにしてもやる事が無茶苦茶だ。結局何がしたいんだろう」


「そりゃ、あの赤ん坊を担ぎ上げて、セス殿下を国王にしたいんだろ?」


「それならその母も大事にするべきだろう」


「まあそれは?子供に罪はないが、不貞した親には罪があると思ってるんじゃないの?」


「……セス殿下はルーカ様を愛してないのだろうか?」


「……お前……セス殿下はあれだけシャール様に執着してるんだからルーカ様のことは好きじゃないに決まってるだろ」


「だが、それならなぜ子を成すような事を?」


「……ごめん、俺が悪かった」


エイベルはアルジャーノンの純粋さに、とうとう白旗を上げて降参した。きっとアルジャーノンには、セスの考えている事なんて一生分かりっこない。エイベルだって、そうだろうなと思うだけで共感も納得もしていないのだから。


「そうだよな。けど世の中にはさ、色々な人間がいるんだよ。アルジャーノンはそのままでいてくれよ。国王になってもな」


「……?ああ、分かった」


「今世紀最高の神聖なる優性オメガ姫、その相手に相応しいのはお前しかいないわ」


「……??なぜ今更そんな当たり前のことを?」


「あーうんうん、練習の邪魔して悪かったな、またな」


「ああ、すまないがルーカ様の様子を気にしてもらえると嬉しい」


「わかった!任せとけ」


エイベルはひらひらと手を振って、その場を離れた。言われなくても気にかけるつもりだったのだ。


「あの人はもう俺のことは覚えてないんだろうなあ」


たった一度だけ、エイベルはルーカに会った事がある。ずっとずっと昔の話だし、最悪な思い出ではあるけれど。


「……明日は食べやすそうな物を差し入れるか」


エイベルは独り言を呟いて詰所に戻った。





◇◇◆◆◇◇



クランは情報ギルドのオーナーだ。

だが、元は一人で依頼を請け負い、こなしていたプレイヤーだった。今となっては滅多に外にも出ないし、直接調査や依頼をこなす事はないが。


けれど、シャール関係の仕事は別だ。


「クラン様、店を空けられると困ります!」


「そうです。誰に決済をお願いすれば?」


「溜めといてくれ、二、三日で帰る」


「そんなあ!」


そんなメンバーの声はクランの耳には届いていない。彼の心を占めているのは、シャールをあんな目に遭わせたデモンの行方を追う事だけなのだから。


「今なら最終の船に間に合うな」


皆の声を振り切り、店を出たクランは、港がいつもより騒がしいことに気がついて、馴染みの切符売りに事情を聞いた。


「ああ、エイガー行きの船は出ねえよ」


「何かあったのか?」


「なんでもエイガーが戦争の準備をしてるらしい。しかもこの国に攻め入ろうとしてるとか」


切符売りは声を潜めてクランに囁いた。


「は?!それは本当か?!」


本当なら大変な事だ。街の中心部に住む者たちを避難させなければ。それより攻め入る前に交渉ではないのか?いきなり戦争なんて何があったんだ。


「まだ公になってないから黙っててくれよ。エイガーの知り合いから聞いただけだからな」


「ああ、そうか。分かったありがとう」


クランは仕方なく店に戻る馬車を探す。……しかし腑に落ちない。確かに両国の仲は良くなかったが、いきなり戦争だなんて。


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