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第130話 エイガーの国王

「……なるほど、そういうわけか」


 事情を聞いたアルジャーノンが、僅かに目を細めて頷く。

 一方のシャールは、まだ興奮が冷めきらない様子で、クランの手を強く握ったままだ。


「でも、本当に無事でよかった……!エイガーからの船に乗ってるなんて本当にびっくりしたよ。 あ、お父様たちも心配してたよ。連絡しておかないと」


「大丈夫です、先ほど使者を送りました」


 そう言って、クランはアルジャーノンをチラチラと見ながら、シャールの手から自分の手をそっと引き抜いた。



 その後、皆を集めて船の甲板での食事会が開催された。そこでシャールが皇太子のトゥランにクランを紹介した。


「父上から聞いた。情報を届けてくれて助かった。全面戦争になるところだったよ」


「勿体無いお言葉ありがとうございます」


「……堅苦しいな。普通に喋ってくれ。名前も何となく似ているし、親近感を感じている」


「…………」


(確かに名前は似ているが……他国の皇太子相手にどうしろと?)


 じんわりと背中に汗をかき、言葉を発せなくなったクランに、シャールが話題を変えて助け舟を出す。


「ところで魔道具の本場に来た感想は?見たことのない物あった?」


「!そうなんです!実は止まっていた宿に……」


 そして、シャールの読み通り、クランは水を得た魚のように軽やかに喋り始め、その場はとても和やかなものになった。



 ◇◇◆◆◇◇



 その後、エイガー王国に到着したシャール達はまっすぐ城に向かった。その馬車からは、活気のある国の様子が見て取れて、シャールは驚きながらその景色を楽しんだ。


「今のケーキ店のショーケース見ました?あんなに色鮮やかで華やかなケーキどうやって作るんでしょう」


「あれは、魔法で色粉作るんだ。それをクリームに混ぜたり飴に入れてあんな色にする」


 トゥランがそう説明すると、クランの目も輝き出す。


「色粉は他にも使えそうですね。虹色の布を作って傘にしても売れそうだ」


「同じ虹色で綿菓子も作れるんじゃない?」


「さすがシャール様!売れ筋をよく分かってらっしゃる」


 盛り上がる二人をアルジャーノンは優しい目で見ている。それを眺めていたトゥランは、アルジャーノンをこの国に呼ぶには、シャールを先に落とさなければと痛感していた。





「よく来たな。アルジャーノン」


 城に着くと、エイガーの国王が直々に城門まで迎えに出ていた。アルジャーノンは馬車からは降りて、王に親愛の情を込めた挨拶をする。


「お会いできて光栄です」


「この国ではそんな堅苦しい挨拶はいらない。……私のたった一人の甥だ。どれだけ会いたかったか」


「……ブライト国の犯罪者が国王にその話をお伝えしたと聞きました。信用に足らぬ人物です。お疑いになられていると思いますので一度親子鑑定を……」


「その必要はない」


 キッパリと言った国王の言葉に、アルジャーノンは驚いた。


「誰に聞いたとしても関係ない。目の前にいる君が答えだ。間違えようも騙されようもない。君は姉上にそっくりだ」


「陛下……」


「アリオス・エイガーだ。どうか叔父と呼んでくれ」


「……叔父上。母上の話をお聞かせください」


 それを聞いてアリオスは涙を流しながら、頷いた。


 その夜、内輪だけの晩餐会が行われ、美味しい料理と一緒に話にも盛大に花が咲いた。


 アフロディーテがどれほど優れた人柄であったか、またどれほど民心に寄り添って尽力を尽くしてきたか。

 それを台無しにしたのはアフロディーテとアリオスの叔父であるモンドという名の一人の男だったと語った。


「私たちの父は、早くに亡くなった。その後、後見人として国王代理をしていたのが、その叔父、モンドだった。……奴は、私たちがまだ幼かったのをいいことに、好き勝手にこの国を自分の思い通りに動かして、姉上の結婚まで、決めてしまったのだ」


「それで、母上はブライト王国に」


「そうだ。何しろその結婚相手は伯爵で年老いていた上、残虐な遊びが好きな事で有名だった。だから私や使用人たちで画策して、姉上をブライトに逃したんだ」


「そうでしたか。私自身に両親の思い出はありませんが、二人はとても愛し合っていたと後になって聞きました。私も会ってみたかったです」


 アルジャーノンの言葉で、シャールは食べていた肉が涙の味に変わった。そして(この人を絶対に幸せにしよう)と、決意を新たにする。


「……シャール様?」


「え?あ、はい!どうしたの?アルジャーノン」


「シャール様の好きな桃です。どうぞ」


 アルジャーノンはデザートの皿をシャールの前に置いた。


「……ありがとう?」


 デザートなら皆に同じものが出されている。現にシャールの目の前にも生の桃が添えられたタルトが鎮座しているのだが。

 目の前の皿に注がれたシャールの視線で、ようやくその事に気づいたのか、アルジャーノンが照れたように「沢山召し上がりたいかと思って」とうつむいた。


「わははは」


 それを見てアリオスは腹を抱えて大笑いをしている。


「叔父上……」


「いや、すまない。なんと初々しいものかと」


「…………」


 アルジャーノンが決まり悪そうに目を伏せたので、クランやトゥランも笑いを堪えるのに必死だ。


「揶揄っているわけではないんだ。アルジャーノンがこれほど大切にしているシャール殿を、どうすれば今後の計画に巻き込めるかを考えていた」


「……と言うと?」


 それが良からぬことであれば容赦しないとばかりに、アルジャーノンの眼光が鋭くアリオスを貫く。……それはおおよそ甥が叔父に向けるものではなかった。アリオスは改めて彼の思いの深さに感心した。


「そうだな、それはまた夜にでもゆっくり飲みながら話そう。慎重を期せねばならないようだからな」


「…分かりました」


 その後、デザートを食べ終わった皆は、それぞれに案内された部屋でくつろぐこととなった。



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