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第131話 アリオス国王の願い

「疲れているだろうにすまないな」


アリオスは、自室でアルジャーノンとグラスを合わせた。カチンと軽やかな音を立てたグラスには魔法がかかっていて、注がれた飲み物をまろやかにする効果があるため、翌日の二日酔いを防ぐ事が出来るのだ。


「いいえ、私ももっとお話をしたいと思っていました。今後のことですよね」


「ああ」


アリオスがテーブルにグラスを置くと、それは淡く発光して蝋燭のような揺らめきを見せた。


「腹を割って話そう。アルジャーノンはブライトの国王になるつもりなのか?」


「……そうですね、シャール様がそう望まれているので」


「……まずはその辺りから聞こうか」


そうしてアルジャーノンは、シャールが自分の運命の番であることや、二人の出会いが皇太子妃候補と護衛騎士だったこと、それにブライト王国の現状を伝えた。


「そうか……なるほど。そうなるとエイガーに戻って王位を継ぐというのは……」


「難しいですね。シャール様が望まれない限りは」


「……アルジャーノン、君の想いはそれほどということだな」


「……そうですね、私はシャール様と離れては生きていけませんので」


「そうか……」


「叔父上が王位を退く必要はありません。民はとても豊かに生活をしています。それは叔父上の手腕です」


「……エイガーの後継は元々姉上だった。私は姉上の子供にその座を返したい。それに……いや、なんでもない」


アリオスは一呼吸つくとグラスの酒を一気に煽った。


「……母上は幸せだったと思います」


「え?」


「例え政略結婚のせいで、祖国から逃げるようにブライトに渡ったとしても、母上は父上に会って幸せだったと思います。……その幸せは叔父上が母に与えてくれた物です。それで十分です」


アルジャーノンの言葉は、アリオスにとってまるで姉から言われたかのように響く。いつのまにかその頬には涙が流れていた。


「……ありがとう、君の気持ちは分かった。それでも私は諦めない。それは覚えておいて欲しい」


「はい。それでは今夜はこれで」


アルジャーノンは丁寧に挨拶をしてアリオスの部屋を出た。そして与えられた部屋に入る。……するとそこにはすっかりラフな服に着替えたシャールが待っていた。


「お帰りなさい。アルジャーノン」


「シャール様!こんな夜遅くにどうされましたか?」


「話したい事があって」


「……ここまでは誰に運んでもらったのですか」


眉間に皺を寄せたアルジャーノンにシャールは笑った。


「女性の護衛騎士がいるんだよ。すごく大きい人だった」


「そうですか。それなら……」


シャールは掛けていたベッドからソファに移るために、アルジャーノンに向かって腕を差し伸べた。それだけでアルジャーノンに笑顔が戻ったのだから面白いくらいに単純だとシャールは呆れながらも幸せを噛みしめる。


「もう遅いですよ」


「……どうしても気になるから少しだけ……いいかな?」


「……少しだけであれば」


アルジャーノンにとって少しでもシャールと居られるのは嬉しい。けれど、可愛らしい薄紫の夜着を身につけたオメガ姫は光り輝いていて無体を働いてしまいそうなのだ。


「この国の国王になるって本当?」


「誰がそんなことを?」


「トゥランが言ってた」


「その件はお断りしました」


「どうして?」


「貴方と離れたくないからです」


それを聞いてシャールは押し黙る。


「……勘違いしないでください。貴方のために諦めたわけじゃなく、私が貴方と離れたくないので断ったんです」


「……うん」


当然だ。アルジャーノンにとってシャールは生きる意味だ。何を引き換えにしても守るべき相手なのだから。

その想いが通じたのか、シャールはまっすぐにアルジャーノンを見つめていた。

瞳は、凛とした意志を宿しながらも、まるで深い泉のように美しく、見る者の心を奪う。


「シャール様……」


酔いのせいもあってか、アルジャーノンは衝動に突き動かされるように、シャールに口づけようと顔を近づけた――その瞬間。


「アルジャーノン、いい事思いついたんだけど聞いてくれる?」


ぱっと明るい笑顔でそう言ったシャールに、アルジャーノンは面食らった。──こんなにいい雰囲気だったのに。そう思わなくもないがシャールが嬉しそうなのだ。黙って従うしかない。


「はい……」


「あのね──」


がっかりと肩を落としたアルジャーノンだが、それでも愛するシャールのためにその「いいこと」とやらに耳を傾けた。




翌朝。

早速、トゥランはシャールの足を治療するため、魔法使いを城に呼び寄せた。魔道具の専門家たちも集まっており、クランは興味津々で付き添っている。


「これは……人間の所業とは思えませんな」

「まったく。どうしてこんな酷いことができるのか……」


エイガーでも指折りの魔力を持つという三人の年老いた魔法使いたちは、口々にそう言いながらシャールの足の傷をあちこちから念入りに確認していた。


「治るのでしょうか……?」


不安そうに周囲を見回すシャール。

その姿は三人の魔法使いたちの心臓を見事に貫いた。


「か……可憐だ……」

「天使とは、まさにこのこと……」

「なんと美しい……」


今度は先ほどとは違う意味で、魔法使いたちが浮足立ち囁き合っている。


「……皆さん、早く『私の妻』の治療をお願いできませんか」


見かねたアルジャーノンが、威嚇するような低い声でそう言うと、魔法使いたちの囁きがぴたりと止まった。


シャールはため息をついて、アルジャーノンをジロリと見た。


「……アルジャーノン失礼だよ。部屋から出て」


「シャール様!」


悲壮な顔をしたアルジャーノンは、それでも言われた通り、すごすごと部屋を出て行く。それを見てクランとトゥランは目を見開いた。


「……シャール様すごい。アルジャーノン様を追い出した!」


「……それ以上言ったらクランにも部屋を出て貰います」


「……そんな!」


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