「学ぶことが沢山あったわ!本当に行って良かった。……でも」
サラは、もっと政治に関わりたいとしばらく前から国外へ留学をしていたのだ。その間に起きた色々なことを聴いた時は、さぞや胸を痛めただろう。
「もっと早く帰ってくれば良かった。シャールが大変な時に側にいられなくて悔しいわ。本当にごめんなさい」
「何言ってるの。僕も留学に賛成したじゃないか。サラはこれからこの国を支えてくれるんでしょ?頼もしいよ」
「……そうだけど……足はもう大丈夫なの?」
「うん、もうすっかり平気だよ。涼しくなったら川遊びに行きたいって言ったらアルジャーノンが思ったより張り切っちゃって。ほらね?」
シャールはサラの前でくるりと回って見せた。
「本当に良かった。それにしてもデモンの奴、もっと苦しめてやれば良かったのに」
「あはは!サラらしいな。大丈夫だよ、結構悲惨な最後だったから。それにバリアン男爵も檻の中だしね。あの家門はもう終わりだ」
「爵位剥奪なの?あ、もう貴族制度は廃止になったんだっけ。先進的で素晴らしいわ。慣れるまで時間がかかりそうだけど」
そもそも令嬢らしからぬ活動的なサラに関してはその辺りの心配はまったくと言っていいほどしていない。シャールはそう思ったが、怒られそうなので黙っていることにする。
「サラ、早速だけどその知識でクランを手伝ってあげてくれる?エイガー王国とブライト共和国が『共和の盟約』を結ぶ調印式が来週に迫ってるんだ」
「来週?!それは大変だわ。準備はどこまで出来てるのかしら」
「クランが徹夜で頑張ってくれてるよ。何しろ決めなきゃいけないことが多いからアドバイスしてあげて欲しい。彼をブライトの首相にしたいと思ってるんだ」
「それはいい考えね!彼なら適任だと思うわ。ベリアにいた時もクラン商会を知らない人はいなかったもの」
クランは良いものを適正価格で販売するのでどの国からも信頼が厚い。今ではブライトを囲む四大陸全てで商売を展開しているのだ。
「じゃあ早速行ってくるわ。執務室よね?」
「うん、いってらっしゃい」
簡素な膝丈のワンピースを身に纏ったサラが子供のように廊下を駆けて行った。軽やかなその姿は、まさにこれから民のものとなるこの国を象徴しているようだ。
「……サラが無事に帰って来て良かった。──さあ、忙しくなるぞ」
まだまだ決めないといけないことは山積みだ。
シャールは足早にアルジャーノンの元に向かった。
翌週、予定通り調印式が行われた。
クランは半泣きで「あくまで臨時ですからね!」と言いながらブライト共和国の首相として印を押し、アリオス王と握手を交わす。
自分には務まらないと最後まで抵抗していたが、国一番のギルドを運営し、貧しい者の就業支援や食事の提供までしていた彼は平民にとっても代表に相応しい人物だと思われていたようで、最後は市民たちの後押しで決まったようなものだった。
「ありがとう、クラン。これから二国の市場はすべて君のものだ。期待してるよ」
そんなアリオス王の言葉に、クランの半泣きが本気泣きになったのはご愛嬌だ。
これで国の形は整った。
後は、既に裁判で処罰が決まった“廃皇后と、廃太子”の断罪をいつにするか、だ。
「シャール様、私に任せていただけますか?」
「……うん、ありがとう」
二人のことは確かに憎い。けれど前生と違い、直接何かをされた訳ではない。それに今生は、最初からセスに気持ちは無かったので、つらい思いもしていない。それを考えると複雑だ。
(……僕に任せたら苦しい思いをするって分かってるから引き受けてくれたんだよね。……あの二人は沢山の人間を殺したり不幸にした。このままにしたらみんな浮かばれないって、分かってる)
アルジャーノンならきっと上手く段取りを付けて進めてくれる。
そう考えて、シャールはすべて任せる事にした。
……そしてシャールが思ったよりアルジャーノンの行動は早かった。
調印式の翌日、ベラとセスの処刑執行が確定したのだ。
皮肉にも当日は晴天に恵まれて、他の行事であれば皆が幸せに過ごせそうな日だった。
アルジャーノンには来ないようにと言われていたが、最期まで見届ける義務があると考えたシャールは、広場の一番後ろに馬車を停めてそこから二人を見ていた。
最初に断頭台に立ったのはセスだった。
静かに大神官の祈りを受け入れ、こうべを垂れているその姿を見るのは、やはり複雑だ。
酒と薬が抜けるのを待っていたと聞いたが、そのせいか既にもう幽霊のような出立ちだった。
祈りが終わり、セスが大きな刃の前に跪く。
激しい音と共に刃が落ちた瞬間、シャールは静かに目を閉じた。
人々の歓声が上がり今度はベラが皆の前に現れる。
遠くて聞こえないが、なにやら大声で喚き散らしているようだ。
どれだけの人が彼らに人生を狂わされただろうか。
前生のことを思うのであれば自分やアルジャーノンもその被害者だった。
彼らは知らない。
自分たちの暴虐の果てに何があったのか。
こうしてやり直してもなお、彼らは同じことを繰り返したのだ。
暴れるベラを役人が取り押さえる。そしてギロチン台に押し込めると刃を抑えていた縄がブツリと切られた。
まばゆい陽光に輝く刃が、ベラに向かって放たれる。
その光は、すべての終わりを孕んでいた。
「もういい、行って」
シャールが御者を促すと、馬車は静かにその場を離れる。
後ろから群衆の大きな歓声が聞こえた。
あっけない。
人はなんて儚いのだろう。
涙は出なかった。
これから新しい時代が始まるのだ。
──シャールはその責任の重さに身が引き締まるのを感じた。