「アーノルド!」
サーシャは動かなくなってしまったアーノルドに対して、何もしてあげられることがなかった。
本当なら今すぐに近づいて助かる方法がないか見てやりたかった。しかしサーシャ自身もほとんどの魔力を使い果たし立っているのがやっとだった。
一方でガルダールは青白い炎に焼かれ続け、叫び声を上げて苦しんでいる。
「こんなトコロで……死ぬわけニハアアアァァァァ!」
ガルダールの体で一番激しく燃え盛っている場所、つまりアーノルドが投げた聖水、それが直接降りかかった腹部の辺りがどろっと溶け出した。
「!!」
ガルダールがそれに気づき、慌てて両腕で溶けた体をかき集め、元あった場所に戻そうとする。すると今度は両腕が炭化してぼろっと地面に崩れ落ちた。
「ガアアアアァアァァ!!」
再び腹部がどろりと溶け落ちて、真っ黒い体の中身がこぼれ出てくる。そこから金色に輝く宝石が一緒に流れ出てきた。真っ黒いどろどろしたものの中で、それはひときわ輝いて見えた。
「あれは!!」
「しまっタァァァ!」
サーシャはその一瞬を見逃さなかった。右手を前に出し、残っていたわずかな魔力でその宝石を引き寄せる。ぎゅっと握り締めたそれを見ると、確かに三年前に奪われた魔の宝珠に間違いなかった。
「腹の中に隠しておったのか……どうりでいくら探しても見つからなかったわけじゃ」
魔の宝珠を手にしたサーシャは自分の中に再び魔力が満ち溢れてくるのを実感した。そしてボロボロになった姿がみるみるうちに回復し、傷一つない元の姿へと戻った。
すぐに彼女はアーノルドの元へ駆け寄り安否を確認する。しかし、首が折れてそこからコポコポと血が溢れ出しているアーノルドは既に息をしていなかった。
「……アーノルド、おぬしこそ真の勇者じゃよ。」
サーシャはそう言ってしゃがみ、アーノルドの頭を優しく撫でた。
ガルダールは魔の宝珠の力を失い、死を迎えるのは時間の問題のように思えた。崩れ落ちた両腕に続き、体の中心から生えていた腕も青白い炎で燃え尽きて床に落ちる。
やがて立っていることすらままならなくなり、膝から崩れ落ちるように倒れた。その衝撃でガルダールの体は四散し、頭だけを残し他は全て粉々になった。
それでもなお、青白い炎はバチバチと音を立てて燃え続けている。まるでガルダールの体を完全に燃やし尽くさんとしているようだった。
「……人間ナド魔族が支配すればイイじゃないか……なぜ俺の邪魔ヲするノダ……」
顔だけになってしまったガルダールがサーシャに向かって口を開く。
「支配することに何の意味もない。人間はまだまだこれから進化していく生き物じゃ。それを静かに見守ってやればよい」
「なぜダ……なぜそこまで……人間に肩入れするのダ……」
「なぜって……もふもふ友達がいるから……じゃよ」
「……モ……フモフ?……」
「さーたん!」
広場で全ての魔物を一掃してきたハデスが、転移魔法でサーシャの横にやってきた。まず、彼女はサーシャの様子を確認する。別れる前と少しも変わっていない、傷ひとつない姿を確認して安心する。
ついさっきまで何発も魔法を浴びてぼろぼろになり、動けなくなるくらいだったことはもちろん知らない。
そして目の前でバラバラになってもなお、派手に燃えているガルダールの頭とかけらたちを見て「終わったか」と呟いた。「そうじゃの」と答えたサーシャはどこか悲しそうだった。
さらに、ハデスはサーシャが右手に魔の宝珠を握り締めていることにも気づき、「宝珠も取り戻せたのか、よかったよかった。これで一件落着だな!」と嬉しそうに話す。
「アーノルドとリディアが命をかけてくれたおかげじゃ……」
そういってサーシャは涙を流した。その言葉にハデスは、「はっ、そうだった!」と人間二人もいたことを思い出し、どこにいるか探す。
リディアは後方で胸から血を流し、息絶えていた。アーノルドはハデスのすぐ近くで首が変な方向に曲がり、血を流して同じく息をしていなかった。
「……」
二人の死を確認したハデスは無言のまま、ガルダールの頭部に向かって歩き出した。
「クソ……回復しなけれバ……」
ガルダールは頭部だけになっても、まだ望みを捨てていなかった。魔の宝珠を失ったとはいえ、勇者たちから取り込んだ魔力がまだ残っているようだった。
かすかではあるが、首の中から小さな泡がコポコポと湧いていて体を元に戻そうとしていた。
「よぉ、哀れな姿になっちまったなぁ!」
ハデスがガルダールの頭をぐりぐりと踏んで言葉を投げる。
「お前、よくも人間二人を殺してくれたなぁ! さーたんが泣いて悲しんでるだろうが! どうしてくれんだ!」
「ハハハ……ザマアミロ……!」
ガルダールとしてはなんとか隙を見てここから逃げ出し、七十年前と同じように長い年月をかけて体と魔力を元に戻す算段だった。
しかし、サーシャを馬鹿にしたようなその一言がハデスの怒りを買ってしまった。彼女の顔が一瞬にして鬼の形相になる。
「お前……死んで冥界に行くことさえ許さん。ここで消滅しろ」
ハデスがおもむろにガルダールの頭を掴んで持ち上げた。そして両手で挟むようにがしっと掴むと、目を閉じて何かを詠唱し始めた。だんだんとハデスの掌から青白い光が生まれ、ガルダールを包み込んだ。
――こいつはいったい誰なんだ! 戦いの前にも名前のことで口を出してぶん殴ってくるし、今になって再び現れて今度は「消滅しろ!」だぁ? どんだけ大物ぶってるんだ、こいつは? ――
その青白い光はアーノルドが使った聖水と同じように、再びガルダールの頭部を燃やしていく。「グアアアアァァ」と叫びながら、ガルダールはハデスに向かって口を開いた。
「オ前は……一体、何者ダ!」
「私か? 私は……通りすがりのお姉さんだ」
ふっと笑って、ハデスはだんだんと両手の距離を狭めていく。同時にガルダールの頭部もだんだんと潰れて小さくなっていく。
「クソオオオオォォォ!」
ガルダールはハデスの青白く光り輝く掌の中で小さく小さく押しつぶされ、そして消滅した。