「な、なんてことだ……っ」
ゴンドラ漕ぎののどかな歌声が流れる舟の上。
エリザが明かしてくれた、王子攻略についての 『噂』 を聞いた俺は ―― 舟のふちに、思いきり突っ伏していた。
エルリック王子の最短攻略法。
それは、ずばり、王子をディスりまくることだったのである……!
「あるとき、ネットの攻略掲示板に出ていたのよ……」
エリザの説明によると、そこにはこう記されていたという。
『王子はチヤホヤされ慣れているうえ、周囲は利得狙いで近づいてくる
―― エリザは、扇で口もとを隠しつつ、俺に宣告する。
「真の無欲さ…… つまりは、王子狙いでないとガッツリ意思表示をすること!」
「ああああっ……!」
「正直さ…… 心に思っていることを、嘘いつわりなく話すこと! 王子には、お世辞よりも価値があるということでしてよ!」
「いたたたたたっ……!」
「親切心……! 自身の損得を考えず、弱き者のために行動するその心……!」
「えええええっ! 俺、王子をディスりまくるついでに
「ふっ…… それが、己を下げることによりヒロインに対する周囲の好意値を上げるための、モブ友人ならではの友情あふれる計略と、気づかない王子ではなくってよ!」
「誤解! その気付き、158%誤解だから!」
「ここでわめいても、もう遅いわね」
エリザに冷静にトドメを刺された、俺のライフはもうゼロだ……
「わ、わかったよ…… エリザ。もう、いい……」
「まったく…… まさかアレを本当にやる人がいるだなんて。ヴェリノを見るまで、考えなかったわよ、あたくしも。普通でプレイしても、余裕で攻略できるのに」
「いや、本当に本気で、そんなつもりじゃなかったんだ……」
ああ、なんか、見上げた空が青いなあ……
俺は、足の間にちょこんとお行儀よく座っていた、もふもふガイド犬をゆすぶる。
「なんで教えてくれなかったんだ、チロル……」
【wwwwwwww】
「草! 生えすぎ!」
【失礼w ですから私は、攻略法に関する発言はできませんってww】
「うん。知ってる……」
もう、ためいきしかでない。
「俺、これからどうしよう…… エルリックとは、いい友だちでいたいと思ってたのになあ…… 避けまくるしかないとしたら、飯代がなくなったときは…… もう、次のお小遣いデーまでゲームを控えるしかないのかな?」
「あら! それなら、いっそのこと 『逆ハーレム』 をオススメするわ!」
―― は!? 逆…… なんて?
なんか、エリザ。とんでもないこと、言いだしてないか?
「なんだ、それ?」
「『逆ハーレムエンド』 はね! 4人いる NPC 全員の好意値を 『成就エンド』 確定にまで持っていく、ということよ」
「いや、だから俺、恋愛はちょっとね……?」
「だからこそよ! 王子ひとりと成就エンドになるより、全員と成就エンドになったほうが、恋愛みは薄まってよ、きっと」
「たしかに、一理はある……!」
俺は、つい、納得しかけてしまった。
「けどなー。4人も攻略なんて無理よりの無理だろうがよ。俺、みんなで楽しく遊ぶだけでいいし、しんどそうなことはやりたくないなあ……」
「できないことはないんじゃないかしら? なにしろ、無自覚に1週間で王子を攻略したんだから…… ほかの
「いや、しないよ!」
「あたくしは、むしろ推奨いたしますわよ?」
「 な ん で ?」
「いくらイージーゲームとはいっても、最速攻略なんて、なかなか、できることじゃなくってよ! せっかくですからこの際、がんばって 『
「イエ、俺はいいです」
「ふっ…… チャンスを無駄にするなんて、愚かですこと……!」
愚か、とか言いながらも、なんだか嬉しそうだな、エリザ…… あ、そっか。
―― きっとエリザみたいなツンデレさんだと、素直に 『俺が逆ハーレムエンド狙って全員を攻略しちゃわないか心配』 とか、言えないんじゃないかな?
それに悪役令嬢まじめにやってる子だから 『あたくしだってヒーローと恋愛したい』 とかも、思ってても言わないはず……!
だから、逆に俺をあおるみたいな言い方をして 『逆ハーレム狙いじゃない』 ことを確認したんだな。
うん、きっとそうだ!
―― こんな短期間にエリザを深読みできるようになった俺って、けっこうすごいかもな…… (しみじみ)
「よし!」
俺は、がっしとエリザの両手を握った。やわらかい。
「じゃあ、俺はこれから、しっかり、エリザとサクラを応援するぜ! サクラはイヅナ狙いなんだよな? エリザは?」
「はあ!? なんで、そんな話になるのよ!? あたくしは、ヴェリノ。 あ な た に ! 逆ハーを勧めたのよ!?」
「照れなくていいって、エリザ! わかってるから……!」
もう、本当にエリザったら。
ツンデレは、恥ずかしさの裏返しってやつだよね!
大丈夫、大丈夫。
「大丈夫だ! 女の子が恋をして、恥ずかしがることはない!」
俺は、妹の読んでたマンガの中の名言を借用して、せーいっぱいエリザを励ましてあげたのだった。
「恋は女の子の特権だぜ……!」
少女マンガって、役に立つなー!!
♡◆♡◆♡◆♡
舟を降りたあと ――
俺たちは、オシャレな猫の形の看板をかかげた店の前にいた。
『
猫の店。ではない。
猫型獣人のパティシエが店長やってる、住宅街のなかのケーキ屋さんだ。
小さいながらもカフェが併設されていて、プレイヤーたちに人気の可愛らしいお店である。
俺は行くの初めてだけど……
「このお店、サクラが好きそうだな! 一緒にくれば良かったのに!」
「そんなことしたら、あなたのお財布が空っぽになってよ? お礼に御馳走してくれるんでしょ?」
「うっ、そうでした……」
しゃべりながら店内に入る。
俺の足は、自然に止まっていた。
「うっわ。すごい! 外から見ても可愛かったけど、なかもいい感じ!」
落ち着いた色合いのウッドが基調で、高級感あふれる店内。だけど、ソファやクッションをパステルカラーにして、なじみやすい雰囲気にしてある。
ちょっと贅沢にくつろげる空間、ってとこかな?
やっぱり、サクラも誘ってあげたかった……! 絶対よろこんだはず!
「俺、いつか金持ちになって、サクラとエリザにケーキ食べ放題させてあげたいなぁ……」
「ふんっ…… 食べ放題など、貧乏くさいサクラとおやり! あたくしは結構よ!」
「ええっ、そんな! 俺はエリザとも食べ放題したいのに!」
「ふふふふんっ! なによ! そっ、そんなに食べ放題がしたいなら、まずは、しっかりお稼ぎ!」
「うん! 俺、頑張る!」
―― 俺は、これまで、いろんな物が欲しいとか、ゲームをできるだけ長くするためとかで、お金が欲しいと思っていた。
けど、友だちと出かけるためとか、友だちにプレゼントするためにお金使うのも…… めちゃくちゃ楽しいな! ワクワクするっていうか!
どうしよう。
俺、ますますお金が欲しくなってきちゃったよ……!
「おっと。まあ、いますぐに稼ぐのは無理だから、とりあえずケーキだよな。エリザ、どれにする?」
「そうね…… あたくしはまあ、どれも食べ慣れてますもの。ヴェリノに好きに選ばせてあげてよ!」
「え、エリザ…… 優しい!」
「ばっ、な、なによ! あたくしは、別に……!」
俺は改めて、ショーケースを眺めた。
チョコレートケーキ、モンブラン、ピッカピカのイチゴが載ったショートケーキ。
フルーツがたっぷり入ったロールケーキも美味しそうだし、ババロアも食べてみたい。
それに、ふっわふわのシュークリームに、春みたいな色合いのマカロンも!
―― 俺は頭のなかで、財布の中身を計算してみた。
現在残額 : 5,720マル (運営からもらったお詫び金のおかげで、まだまだ余裕!)
帰りの舟代1,600マルを残すとして、あとは毎日、節約をがんばるとすると……
2,500マルは、使えるぞ!
「よし! 決めた!」
俺は、ショーケースの向こうに立っているお洒落なパティシエ姿の猫型獣人に、大声で注文した。
「上の段の端から端まで、1コずつください!」
すごく、ワクワクするぅ!