てろっと輝くコーティングが神なチョコレートケーキ。
豪華な大粒のイチゴと生クリームのコントラストが完璧なショートケーキ。
マスカットの薄緑がほぼ白い優しい地によく映える、宝石みたいなババロア。
色とりどりのおもちゃみたいな、かわいいマカロン ――
「うっわぁぁあ! 並べると壮観!」
俺は、テーブルの上にずらりと並んだスイーツの皿を前に、ひたすら感動していた。
俺の前ではエリザが、なぜか不機嫌そうにしている。
だが、そんな
俺のこの感激は、止められない……!
「てか、安いよね!? 2000マルちょいでこれだよ!?
「ヴェリノ、あなた…… バカじゃないの!? あたくしたち2人で、こんなに食べる気?」
「できる! ゲームだから!」
「庶民のくせに! こんなことにお金をつかうなんて、あり得なくってよー!」
「だって、やってみたかったんだもん!」
エリザ、俺の所持金を心配してくれてるんだな…… しみじみ、いい子だ!
「大丈夫、大丈夫! 計算してるから」
「ああっ!もう!あたくしがあなたなら!こんなこと、絶対にさせないのにぃぃい!
どうするのよ!? あとでお金がなくなったら、食事HP回復できなくなってゲームオーバーよ?」
「大丈夫! そうなる前に、絶対に誰かがおごってくれる! 俺だって、そうするもんね!」
「あああああ! もう! 知らなくってよーー!」
「知らなくていいから、ケーキ食べよ! ほらっ!」
俺はエリザの口に、すかさず大粒のイチゴを放り込む。
「んんんっ……」
「くっくっくっくっ…… エリザ、 『百年前の貴重映像』 のリスさんみたいになってるなあ! かっわいいねえ! くっくっくっくっ……」
うーん!
ついつい、悪役笑いがでちゃう!
ほっぺた膨らませて、イチゴをモゴモゴしてる悪役令嬢様がかわいすぎて!
よし…… 次も……
俺は、チョコレートケーキを大きめに切り分けた。
「んっ…… もう、いきなり、なんなの!?」
「隙ありっ」
「んぐぐぐ…… むぐ!」
よっし! 第2弾・チョコレートケーキ食らわせも、大・成・功!
エリザったら、口の端にチョコつけちゃって、もう!
「かーわーいーいーなー!」
「んんんっ!」
「くっくっくっ…… 怒っていても、なにもできまい……! そう! ヴェリノさん推奨のチョコレートケーキを噛みしめ、おいしく味わう以外はな……!」
「んんんんっ!」
はあ…… 充実感。
そう、こんな気持ちは、月曜日にペットショップでケヅメリクガメに餌をあげて以来…… いや!
「ケヅメリクガメより、エリザのほうが、かわいいからな……」
「んんんんんっ!」
あれ? エリザ、顔が真っ赤だ。
もしかして、喉に詰まらせた……?
俺は第3弾・ピンク色がかわいいヤマモモのマカロンに伸ばしかけた手を、思わず止める。
「エリザ、大丈夫か?」
「…………」
「あれ? 大丈夫じゃない?」
「…………っ」
「ええっ、うそ! 水……! 水、水!」
俺は慌てて水をコップに注ぎ、エリザに渡す…… 「隙ありっ」
エリザが叫ぶ。
同時に、その右手が、俺の口に向かって動く……
なすすべもなく、俺の口のなかは、ぷるんぷるんのババロアでいっぱいになっていた…… 滑らかな舌触り。上品な甘みに、みずみずしいマスカットがベストマッチ……!
耳に聞こえる幻聴、これは天使の音楽だろうか……!?
こ、これが…… 悪役令嬢・エリザの逆襲!
「むぐっ…… ぐぐぐっ」
「ふふふ…… おーほほほほほ! ざまあないわね! おほほほほ! このあたくしを、かっ、かわいい呼ばわりするなんて! 百万年、早くってよーー!」
「むむ、むむむ……」
美味い。
美味いが、つらい。
飲み込めなくて…… んんむ?
なんか、こっちを見てるエリザの顔が、高笑いから慈愛に満ちた眼差しに変わっている……!
そうか、エリザも知ってしまったんだな……
この、ヒトにエサを与えるヨロコビを……!
くっ、こうはしていられない。
俺もはやく、ババロアに打ち勝ち、エリザの口にマカロンをお見舞いせねば……!
「むむ、んむむむむ!」
「ふふふっ……」
エリザの…… 悪役令嬢様の、赤子を眺める聖母のほほえみ、ですとぉぉぉっ!?
破壊力抜群なんだが!?
ずるい! 超絶美少女、ずるすぎる!
こんな攻撃、聞いてないよ……!
俺、なんだか顔が急に熱くなってきた。
心臓が、なぜか高速ドキドキしてるぞ!?
脇汗も、でてきた気がするし!
このゲーム、汗、ニオったりしないよな……?
「ヴェリノったら、口にクリームついてるわ。しかたない子ね」
エリザのやわらかそうな指先が、つっと俺の唇に伸びた……
「ぁぁぁぁぁぁああっ!」
もう、耐えられない。
俺はガタッと勢い良く立ち上がる。
そして。
「ごめんなさぁぁぁぁいっ!」
叫びつつ、店の外へと逃げたのだった。
♡◆♡◆♡◆♡
【エリザ視点】
「ヴェリノ! なんなの、あの子ったら……!? もう!」
急に立ち上がり、逃げるように走り去っていくショートの黒髪。
一応引き止めたものの、追いかけるのもなんか違う。
そう考えて、彼をそのまま見送ってしまったエリザは……
普通に、けっこうショックを受けていた。
いままで、楽しく(?)お茶というか、食べさせあいのバトル(?)というかをしていただけのはずなのに……
急に謝られて逃げ帰られるって、いったい、なに?
(も、もしかして、あたくし。調子に乗りすぎちゃったのかしら!? それとも、あたくしが貧乏人とか言ったのが……!?)
ショックを受けると同時に、悩む ――
高飛車な言動の割に、エリザは繊細だったのだ。
だが、それをそのまま表面に出すのは、悪役令嬢としてのプライドが許さない。
「まったく! この残りを、あたくしひとりで食べろというのかしら!? 礼儀知らずにも、ほどがあってよ! 無礼者!」
テーブルの上に残った色とりどりのスイーツを眺め、しかたなく、チョコレートケーキをひと切れ、ぱっくんする。
ほろ苦さが、舌にしみた ――
「きゅううううん」
エリザのガイド犬、アルフレッドが椅子に跳び乗り、白いふわふわのしっぽをふる。
「きゅぅん」
【置いていかれちゃいましたね】
「あたくし、それごときでイライラしなくてよ!」
こんどは、ババロアをすくい、飲み込む。
「なによ。こんなもの、普通に飲み込めるじゃない! それは、あの子に食べさせたのは、少し大きかったかもだけれど…… 別に、逃げることないと思うわ!」
「きゅうん」
【ババロアの大きさに怒ったのでは、ないと思いますよ】
エリザはこんどは、ピンク色のマカロンに手を伸ばした。ヴェリノがちらちら眺めていた、ヤマモモのだ。
香り高いマカロンをちまちまとかじる……
さくっとした生地に、甘酸っぱいジャム。おいしい。
なのに、いつのまにか、ためいきがでていた。
別にひとりで、こんなもの食べたいわけではない。
食べ物は大切にしないといけないから、しかたなく食べるけど。
「……あの子、帰ってこないつもりかしら」
「きゅぅぅん」
【テーブルの上の乗船代を見るに、そうでしょう】
「ふんっ……ヘンな子」
ヴェリノの座っていた席には、律儀に帰りの乗船代800マルが置かれているのだ。
「そんなものより、一緒に最後まで…… って、別に、寂しいわけじゃなくってよ!」
「きゅぅうん」
【そうだ。この機会に、今後どうされるか、方針をたてるのはどうでしょう?】
もう話題を変えましょう。
そう言いたげに、アルフレッドがエリザの膝に前肢をぽんぽんとのせる。割かし気遣いするタイプのガイド犬なのだ。
【ヴェリノさんの王子陥落がほぼ確定となったために、ご希望の 『婚約破棄』 イベントも確定なワケですしね!】
「ふっ…… アルフレッド。このあたくしを、だれだと思って?」
エリザはマカロンを飲み込み、紅茶カップを優雅にかたむけた。
華やかなシトラスの香りが口いっぱいに広がる……
「もちろん、今後のプランなら、すでにあってよ!」
「きゅうううん」
【おさすがです】
「ふっ…… あたくしに、ぬかりはなくってよ! ……そうよ。そういえば、ヴェリノが逃げ帰るのも、あたくしの計算のうちだったのよ!」
寂しさのあまり、すべてを支配下に置いたことにしてしまったエリザであった。
もっとも、エリザ自身はそうとは認めていないけれども。
エリザは、ショートケーキにフォークをつきたて、小さくわけてゆっくりと味わう。
「そうよ! 庶民がこんなものを全部食べたら、いくらゲームでもお腹をこわしてしまいかねないもの! だから、わざとあたくし、途中退場させてあげたのよ!」
「きゅうううん」
【おさすがです…… で、次のプランとは?】
「まずは、サクラと同盟し、共同戦線を張るわ」
「きゅう?」
【サクラさんと?】
「ええ…… 見ていらっしゃい! このままでは済まさなくてよ……!」
エリザはテーブルに並んだケーキの皿を味わいつくし、優雅に立ち上がったのだった。
♡◆♡◆♡◆♡
【サクラ視点】
「はぁぁぁ…… やっと完成したぁ!」
「くぅぅぅん」
サクラは寮の自室でえいやっと伸びをした。
普段のおっとり丁寧な口調とはノリがぜんぜん違うが、お仕事モードのときはこれがサクラの素なのだ。
ちなみに、返事をしているのはサクラのガイド犬 ―― トイプードルの、りゅうのすけだ。
―― 休日の昼。
それは、サクラにとっては重要な稼ぎどき。
ふだんは働いている両親に代わり、リアルで家族の昼食をつくり、弟妹の面倒を見なければならないため、ゲームにログインしても落ち着いてバイトする時間はない。
そこでサクラは、休日の昼はリアルの昼食を抜いてゲーム内での仕事に没頭するのだ。
ひたすら看板の絵を描いたり、レストランの新しいメニュー表を作ったり……
こうした作業は、将来デザイナーになりたいと夢みているサクラにとっては、むしろ日常のストレス解消ですらあるのだ。
それで稼ぐお金は、ゲーム内のドレス代と貯金にあてている。
貯金は、将来は砂漠に旅行したいという野望のため…… 砂漠だけではない。できるなら、世界じゅうのデザインをこの目で見てまわりたい。
こうした希望が持てるのも、サクラがこのゲームにハマっている理由だ。
「よーし! あと1枚は、がんばるよっ!」
首をコキコキまわし、サクラが宣言したとき。
トイプードルの小さなからだが、ぴょい、とサクラのヒザの上にのっかった。
「どうしたの? りゅうのすけ」
「くぅぅぅん」
【エリザさんから、メールが届きましたよ!】
「えええ? めずらしい……」
りゅうのすけの口には、公爵家の紋章が押された封筒がくわえられている。
サクラが封筒を受けとると、封筒が消えて空中にメッセージが表示された。
『こんにちは、サクラ。
王子にふられて、お気の毒でしたこと!
ついでですけど、イヅナも諦めてはいかがかしら?
事情がお知りになりたければ、鈍いあなたでも分かるように、説明してさしあげてよ!』
「エリザさんらしいなあ……」
手紙でさえも、まじめに悪役令嬢しているところが。
思わずホッコリしつつも、サクラにはピン、ときていた。
「これ、きっと、ヴェリノさんに関係したなにかよね……?」
「くぅぅぅん」
【そうなんですか?】
「うん。だって、
「くぅぅぅん」
【イヅナさんは?】
「うーん。イヅナさんはね。ヒロインには一番イージーな攻略キャラだから」
割かし、どうでもいい。
とはさすがに、ガイド犬には言わないサクラ。
(けど正直、いま面白いのは、攻略よりもヴェリノさんとエリザさんなんだよね…… 観察してるだけで面白い、っていう!)
エリザの呼び出しなら、もちろん受けるに決まっていた。
今度はエリザがどんなことを言い出すのだろうと考えると、サクラとしてはワクワクしかしない。
「うーん。土日はバイトに使いたいから…… 月曜日、早朝よね」
「くぅぅぅん」
【エリザさんに、伝えてきますか?】
「まって、まって。ちゃんとお手紙で書くから!」
サクラは急いで、いい香りのするレターセットを取り出した。
急いでエリザ宛の返信を書き、封筒に入れて、ガイド犬に渡す。
「はい、お願いね、りゅうのすけ」
「くぅぅぅん」
【うけたまわりました!】
身体の半分もありそうな幅の、封筒をくわえるトイプードル ――
「ああもう、りゅうのすけ、かわいい!」
「くぅぅぅん」
【サクラさんのほうが、かわいいですよ!】
「りゅうのすけだって、かわいいよ!」
「くぅぅぅん」
【ありがとうございます!】
ほんと、もふもふ最高……!
つい仕事を忘れ、サクラはひとしきりトイプードルをなでまわすのだった。
「―― じゃ。お手紙よろしくね、りゅうのすけ!」
【はい! いってきます!】
りゅうのすけを見送ったサクラは、ふたたびパソコンに集中する……
―― それぞれの休日は、こうして、平和に過ぎていくのだった。