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第52話 閑話 4 ~エリザとサクラとドレスショップ(2)~

「いらっしゃいませ」


「こんにちはっ、アイリスさんっ」


「あら、ミシェル坊っちゃま。お久しぶりでございます」


 アイリスさんと呼ばれた高級ドレスショップの店長は、にっこり微笑んだ。

 どうやらミシェルとは顔見知りみたいだ。


「お母様は、お元気?」


「はい、おかげさまでっ」


「また新作のお知らせ、さしあげてもよろしいですか?」


「もちろんっ、母も喜ぶよっ」


 ミシェル、見た目が幼児なのに店長さんとのおしゃべりもこなすとは…… できるな。

 (けど、NPCの母って、なんだろう)


 ミシェルはスラスラと店長さんとの会話を続けたあと、俺をずずずいっと前に押した。


「今日は、ぼく、彼女に似合うドレスを作ってもらいにきたんだよっ」


「か、かのじょ……」


「かしこまりました」


 『彼女』 呼びになにげに衝撃を受けてる俺をスルーして、店長はにこやかにうなずく。そして。


「さあ、どうぞ」 と店の奥へと俺を引き込もうとする…… 店長、もしや、なんらかのスキル持ちなんでは。

 有無を言わさぬ強制力を感じちゃうよ……


「は、はい……」


 俺はエリザとサクラに、目で合図を送ってみた。


 タ ス ケ テ !


「うわぁ、相変わらず素敵ですね、このお店!」


「ふっ…… まあ、くだらなすぎて見られないほどではないと、認めてあげてもよくってよ!」


 ダメだ ――

 サクラもエリザも、まんま乙女ゲーヒロインの顔になって、飾られてるドレスを食い入るように眺めている。

 俺のことなんか、視界の端にも入っちゃいない……!


「おねえちゃんっ! ドレス、いっぱい選んでねっ」


「あ、ああ……」


 こっちこっち、と俺を引っ張るミシェルは、まじで天使だけど……


「お、俺…… ドレスとか、選んだことないんだよね…… ミシェル」


「だいじょうぶだよっ」 「お任せくださいませ」


 ミシェルと店長が、俺に同時に笑顔を向ける。


「ぼくが、似合うのをさがしてあげるねっ!」 「せんえつながら、しっかりとアドバイスをさせていただきます!」


「よ、よろしく、お願いします……」


 こうして俺はついに、戻れない (かもしれない) 一歩を、踏み出してしまったのだった……



 ◆♡◆♡◆

【エリザ&サクラ視点】



「行ったわね」 「行きましたね」


 店長とミシェルにより店の奥へと引きずられるヴェリノを横目で確認し、エリザとサクラはかすかにうなずきあった。

 ふたりともに違うドレスを眺め、エリザは 「もう少し深めの赤はないのかしら?」 と鼻を鳴らし、サクラは 「はぁ…… もう少し、手頃なお値段じゃなきゃ……」 と肩を落としているところではあるが。

 ふたりの胸中にある想いは、じつは共通 ――


「「ヴェリノなら、なんかいい方向で、やらかしてくれないかしら??」」


 である。

 というのも ――

 このストーリー的には安直な乙女ゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 には、とある問題があったのだ。

 『攻略対象ヒーローにドレスを買ってもらうイベント、実は1回だけ (それも1着だけ)』 という、それである。


 この高級ドレスショップ 『アイリス & ヴェーナ』 はまさに、当のイベント 【お買い物デート】 の舞台。

 ゆったりした店内には、豪華なドレスのマネキンだけでなく、天然木の肘掛けがついた皮張りのソファや、植物を象ったランプ、はてはグランドピアノまでが品よく配置されている。

 乙女的には、憧れのキラキラした空間 ―― 庶民には、もちろん手が届かない。

 1回こっきりとはいえ、この豪華かつ高級なお店で攻略対象ヒーローにエスコートしてもらって、お小遣い1年分の10倍の値札のドレスをプレゼントしてもらえて、お姫様気分になれるスペシャルイベント。

 それが、全女子プレイヤーが涙してよろこぶ 【お買い物デート】 イベントなのだ……!


 だがしかし。


「「んなわけあるか」」


と、実は思っていた女子プレイヤーが、ここにふたり。


「好みじゃなくても、攻略対象ヒーローが勧めるドレスを喜んで着てみせなきゃ、好意値アップされないなんて…… とってもク◯ですわ!」 と、エリザは、まなじりをつりあげた。


「しかも以後、デートのたびに同じドレスを着ていかなきゃ 『あのドレスは?』 って聞かれちゃうんですよね……」 と、サクラは、ためいきをついた。


「デートのたびに同じドレスですよ? それでプレイヤーが喜ぶと思ってるなんて、開発サイド、絶対に服装とか気にしてない人しか、いないですよ」


「そうよね」


 普段の役柄を忘れ、深くエリザがうなずく。


「そもそもが、ひとに買ってもらったモノばかりで身を飾るのが屈辱なのよ!」


「せめて、もっと安くても良いので、3~4着買ってもらえたら良かったんですけど……」


「あたくしは赤いドレスが好きなのに、『その水色のレースが清楚で素敵だよ。君に似合う』 だなんて……!

 君に似合う、ではなくて、自分の好みを押し付けてるだけじゃない、と思ったものよ」


「 『おねだり』 は好意値が1000超えるまでは使いにくいですし…… 失敗したら蔑んだ眼差しで見られた上に、好意がさがっちゃうので、こわいですよね」 


「というかね? 好意値500超えたあたりから、甘ゼリフのオンパレードじゃない? そんなもの要らないから態度で示せ、って、思わない? なんなのあれ? チャラいことばかり言う割に、サイフはシブすぎじゃなくて?」


「 お も い ま す …… ! 」


 思わずがっつりと握手を交わす、エリザとサクラ。

 好意値が数値として上がることだけを楽しみに定石セオリー通りの攻略を続け、ストレスを溜め込んでいたのは自分だけではなかったのだ ――


「改善のリクエストも無視スルーされたっぽいし」


「エリザさんもリクエストしたんですね! わたしも、しました」


「返事は定型文だったけど」


「定型文しか送れないなら、AIに任せたほうがマシなこと言いますのにね……」


「ほんと、それ」


 リクエストが無視スルーされたことが明白な 『貴重なご意見ありがとうございます』 という運営からの返信の文面を思い出し、悪役令嬢とヒロインは、同時にタメイキをついたのだった。


「けど、あたくし。ヴェリノには、少し期待してるのよね」


「わかります……!」


 ふたりは、目をあわせて微笑む。

 たとえ、いますぐにではなくても、いつか。

 あのおきて破りのモブ友人なら、ゲームのくだらないルールをも、変えてくれるのではないだろうか……

 エリザとサクラには、なぜか、そう思えてならないのだ ――

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