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第6章

第51話 閑話 4 ~ エリザとサクラとドレスショップ(1)~

「わあああ! すごい! 鯉のぼりだ!」


 5月5日 ――

 明日はゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 の学園祭、って日のこと。

 俺とエリザとサクラ、それにミシェルは、学園祭の準備が終わったあとで街に出かけていた。


「ぅおん♪」 「くぅーん」 「きゃんっ!」


 ガイド犬チロルたちも、もちろん一緒だ…… もつれあうようにして、チョコチョコあるくの、かわいいな。


「やねよーりーたーかーい……♪」


 俺は空を見上げて口ずさんだ。

 ―― 5月5日って、リアルでは 『地上生活最後の日』 って記念日になってるんだけど。

 こっちの世界では、昔のまんまに子どもの日なんだ…… いいなあ。


「伝統の歌のとおりなんだな、この街の鯉のぼり!」


「ぼく、その歌しってるよ、お姉ちゃん!

 ♪おおきーなーまごいーはー……」


 俺と右手をつないでいたミシェルが、きれいなボーイソプラノで歌い出した。くううう、やはり天使!


「西洋風の街に鯉のぼりって、違和感しかないわね」 


「そうなんですか、エリザさん?」


「あたりまえでしょ!?」


 偉そうに言いながらも、サクラと一緒に鯉のぼりを見ているエリザの顔は、ちょっとだけ嬉しそうだ。


「核ミサイルさえ使われてなかったら、現実世界でもまだ、鯉のぼりってあったのかな?」


「そうかもしれませんね」


 サクラがいつになく、しみじみと言った。


「うーん…… いまさらどーにもならないけど 『子どもの日』 のままがよかったな!」


「それって、ほんっと、どうにもならないことよね!?」


 エリザが腕組みをしてアゴをつん、とあげる。

 ナチュラルな見下し目線、今日も決まってるぅ!


「そんなしょーもないことを考えるより、これからミシェルに買ってもらう服のことでも、考えたほうがよくってよ!」


「ううっ……

 改めて言われると、罪悪感が、ぐっさりと……」


 俺は思わず胸を押さえた ―― と、いうのも。

 これから、俺たちが向かうのはアパレルショップ…… つまり、なんと、俺は。

 そこでミシェルに、オシャレな服を貢いでもらってしまう、予定なのだ……!


 ことの経緯は、こうである ――

 学園祭の準備中、エリザとサクラがコソコソ話し合っていたときがあった。

 なんだろうな、と思ってたら、準備が終わったとたん、ふたりはこう言い出したのだ。


エリザ 「ちょっと、ヴェリノ! あなた、気合いが足りないんじゃなくて!?」


俺 「へ? 焼きそば作る気合いならバッチリあるよ! 練習したし!」


エリザ 「ほら! そこが、ダメなのよ!」


サクラ 「ヴェリノさん…… エリザさんが言ってるのは、服のことです」


俺 「へ? 制服だけど? かわいいよね! じつは俺、これけっこう気に入ってる!」


エリザ 「……っ! い、いいこと!? 後夜祭のダンスで、制服なんて着てきたら、許さなくってよーーー!」


サクラ(ぼそぼそ) 「つまりエリザさんは、そのままではオシャレレベルが上がらなくて、例のアレ逆ハーレム作りに差し障ると……」


俺 「な、なるほど……! けど、俺、服買う金、ない!」


ミシェル「お姉ちゃんっ! 後夜祭のダンスのドレスがいるの? ぼくが! プレゼント! してあげるっ! ね?」 (真正面から上目づかい)


俺 「ううううう…… けど、年下から、そんな高いものもらうっていうのも」


ミシェル(涙目) 「ぼっぼく、ぼく…… お姉ちゃん、ぼくじゃ、ダメなの?」


俺「そっ、そんなこと! あるわけないだろ、ミシェル!」


ミシェル (笑顔)「よかったぁ! じゃ、さっそく、いこっ、お姉ちゃん!」



 ―― そして、今に至る。


「うーん…… どうしても、ミシェルになにか買ってもらうのが、申しわけない感……」


 俺は胸をおさえたまま、ぼやいた。

 ミシェルは設定上は俺と同じ15歳のはずなんだけど、どう見ても幼児だからね。


「なに言ってるの、お姉ちゃんっ」


 えっへん、という感じで、ミシェルが胸を張った。


「ぼく、こう見えても、お金持ちなんだよっ」


「ミシェルぅぅぅ!」


 こんなに癒やされるドヤりが、かつてあっただろうか…… いや、ない(反語)


「どんな服でもドレスでも、みいんな、買ってあげるよっ、お姉ちゃん♪」


「うんうん、ミシェルはかわいい、いい子だなぁ……」


 服なんてどうやって選べばいいのか、俺にはサッパリ、わかんないけどね!


「お姉ちゃんには、どんないろが、にあうのかなあ?」


「楽しみですね」


 サクラがふんわりと笑う。柔らかな若草色のワンピースが、その笑顔によく似合ってるな……

 やっぱり、似合う色って性格なのかな?


「俺は、黒とかかな? カッコいい色がいい!」


「なにをいってるのよ、ヴェリノ!?」


 ふっ……

 エリザが鼻で笑う。

 ―― エリザは、今日も赤いドレスだ。

 赤が好きなのは前から知ってたけど…… 改めて見ると、似合ってるんだよな、やっぱり。

 デザインの選び方が上手なのかもしれない。生地もよく見たら、同系色で細かく花が描いてあるんだよな。

 真っ赤まっかなドレスなのに下品にならないのって、こういう細かなところを凝ってるからかもしんない。


「そうだなー…… たしかに、真っ黒よりも、なにか模様とか入ってたほうがいいのかな?」


「それ、昔の893みたいになりません?」


「へ? そうなの、サクラ?」


「たぶん、ですけど」


「ふーん…… じゃあ、やっぱり、黒一色だな!」


「なに言ってるの、ヴェリノ!」


 とつぜん。

 エリザが扇子の先で俺をびしっ、と指した。


「あなたみたいな八方美人なひとは、ピンクよ! ピ ン ク !」


「たしかに、ヒロインの色ですもんね。ピンクは必須ですよね」


 うんうん、とサクラも頭をタテに振る。

 え? まじ? いや、ピンクはないよね?


「や、でもさ、もし、ピンクなんか買って、全然似合わなかったら……」


「あのね、ヴェリノ…… この際だから、言っておくわ」


 びしぃっ

 エリザが再び、扇の先を俺に向ける。


「その1! 大事なのは、間違わないことじゃなくて対処法! 似合わなければ、似合う色で襟元えりもとを飾る!」


「はっ、はい! 大将!」


「えええい! 姫君とお呼び! その2!」


「はいっ!」


「そもそも、試着があるんだから! よほど似合わなければ、こっちだってなにか考えるわよ!」


「そのとおりですよ、ヴェリノさん。そんなに緊張せずに、まずは楽しみましょう」


 サクラが、ふと足を止めた。

 商店街の入り口。

 豪華なドレスを着たマネキンがショーウィンドウを占領している、小さなお城みたいな店の前だ。


“Iris & Vena”


 入り口の上側に、オシャレな感じの店のロゴがついてる。


「つきましたよ」


「えーっ!? ここ!? まじで!?」


「ドレスならここだよっ、お姉ちゃん♪ あっ、あのドレス、にあうかな。ね、お姉ちゃんっ」


 ミシェルの緑色の目が、もう店のなかに注がれて、きらきら輝いてるけど……!

 いやここぜったい、お高すぎる店だろ……!


「俺、ジーンズとかあるとこがいい……」


「 ヴ ェ リ ノ ! ? この期に及んで、みっともなくてよ!」 


「だって、だって、エリザぁ…… この店、庶民にはこわすぎる……」


 ぷにっ

 半泣きになる俺のお腹に、やわらかなほっぺが押しつけられた。

 ミシェル……


「お姉ちゃんっ! だいじょうぶ、だいじょうぶ。ぼくが、守ってあげるからね!」


「ううっ……」


「ヴェリノさん。ミシェルさんがここまで、言ってくれてるんですから……」


「わかってる…… わかってるよ、サクラ……」


 結局、俺は ――

 エリザに肩を押され、ミシェルに腕を引っ張られ、サクラに優しく (だが、揺るぎない信念をもってる感じで) 見守られながら。

 高級すぎて呼吸困難に陥りそうになる店に、足を踏み入れたのだった。


「お姉ちゃんっ! オシャレなドレス、いっぱい、かってあげるねっ」


 ―― 俺…… いったい、どうなっちゃうの!?

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