「わあああ! すごい! 鯉のぼりだ!」
5月5日 ――
明日はゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 の学園祭、って日のこと。
俺とエリザとサクラ、それにミシェルは、学園祭の準備が終わったあとで街に出かけていた。
「ぅおん♪」 「くぅーん」 「きゃんっ!」
「やねよーりーたーかーい……♪」
俺は空を見上げて口ずさんだ。
―― 5月5日って、リアルでは 『地上生活最後の日』 って記念日になってるんだけど。
こっちの世界では、昔のまんまに子どもの日なんだ…… いいなあ。
「伝統の歌のとおりなんだな、この街の鯉のぼり!」
「ぼく、その歌しってるよ、お姉ちゃん!
♪おおきーなーまごいーはー……」
俺と右手をつないでいたミシェルが、きれいなボーイソプラノで歌い出した。くううう、やはり天使!
「西洋風の街に鯉のぼりって、違和感しかないわね」
「そうなんですか、エリザさん?」
「あたりまえでしょ!?」
偉そうに言いながらも、サクラと一緒に鯉のぼりを見ているエリザの顔は、ちょっとだけ嬉しそうだ。
「核ミサイルさえ使われてなかったら、現実世界でもまだ、鯉のぼりってあったのかな?」
「そうかもしれませんね」
サクラがいつになく、しみじみと言った。
「うーん…… いまさらどーにもならないけど 『子どもの日』 のままがよかったな!」
「それって、ほんっと、どうにもならないことよね!?」
エリザが腕組みをしてアゴをつん、とあげる。
ナチュラルな見下し目線、今日も決まってるぅ!
「そんなしょーもないことを考えるより、これからミシェルに買ってもらう服のことでも、考えたほうがよくってよ!」
「ううっ……
改めて言われると、罪悪感が、ぐっさりと……」
俺は思わず胸を押さえた ―― と、いうのも。
これから、俺たちが向かうのはアパレルショップ…… つまり、なんと、俺は。
そこでミシェルに、オシャレな服を貢いでもらってしまう、予定なのだ……!
ことの経緯は、こうである ――
学園祭の準備中、エリザとサクラがコソコソ話し合っていたときがあった。
なんだろうな、と思ってたら、準備が終わったとたん、ふたりはこう言い出したのだ。
エリザ 「ちょっと、ヴェリノ! あなた、気合いが足りないんじゃなくて!?」
俺 「へ? 焼きそば作る気合いならバッチリあるよ! 練習したし!」
エリザ 「ほら! そこが、ダメなのよ!」
サクラ 「ヴェリノさん…… エリザさんが言ってるのは、服のことです」
俺 「へ? 制服だけど? かわいいよね! じつは俺、これけっこう気に入ってる!」
エリザ 「……っ! い、いいこと!? 後夜祭のダンスで、制服なんて着てきたら、許さなくってよーーー!」
サクラ(ぼそぼそ) 「つまりエリザさんは、そのままではオシャレレベルが上がらなくて、
俺 「な、なるほど……! けど、俺、服買う金、ない!」
ミシェル「お姉ちゃんっ! 後夜祭のダンスのドレスがいるの? ぼくが! プレゼント! してあげるっ! ね?」 (真正面から上目づかい)
俺 「ううううう…… けど、年下から、そんな高いものもらうっていうのも」
ミシェル(涙目) 「ぼっぼく、ぼく…… お姉ちゃん、ぼくじゃ、ダメなの?」
俺「そっ、そんなこと! あるわけないだろ、ミシェル!」
ミシェル (笑顔)「よかったぁ! じゃ、さっそく、いこっ、お姉ちゃん!」
―― そして、今に至る。
「うーん…… どうしても、ミシェルになにか買ってもらうのが、申しわけない感……」
俺は胸をおさえたまま、ぼやいた。
ミシェルは設定上は俺と同じ15歳のはずなんだけど、どう見ても幼児だからね。
「なに言ってるの、お姉ちゃんっ」
えっへん、という感じで、ミシェルが胸を張った。
「ぼく、こう見えても、お金持ちなんだよっ」
「ミシェルぅぅぅ!」
こんなに癒やされるドヤりが、かつてあっただろうか…… いや、ない(反語)
「どんな服でもドレスでも、みいんな、買ってあげるよっ、お姉ちゃん♪」
「うんうん、ミシェルはかわいい、いい子だなぁ……」
服なんてどうやって選べばいいのか、俺にはサッパリ、わかんないけどね!
「お姉ちゃんには、どんないろが、にあうのかなあ?」
「楽しみですね」
サクラがふんわりと笑う。柔らかな若草色のワンピースが、その笑顔によく似合ってるな……
やっぱり、似合う色って性格なのかな?
「俺は、黒とかかな? カッコいい色がいい!」
「なにをいってるのよ、ヴェリノ!?」
ふっ……
エリザが鼻で笑う。
―― エリザは、今日も赤いドレスだ。
赤が好きなのは前から知ってたけど…… 改めて見ると、似合ってるんだよな、やっぱり。
デザインの選び方が上手なのかもしれない。生地もよく見たら、同系色で細かく花が描いてあるんだよな。
「そうだなー…… たしかに、真っ黒よりも、なにか模様とか入ってたほうがいいのかな?」
「それ、昔の893みたいになりません?」
「へ? そうなの、サクラ?」
「たぶん、ですけど」
「ふーん…… じゃあ、やっぱり、黒一色だな!」
「なに言ってるの、ヴェリノ!」
とつぜん。
エリザが扇子の先で俺をびしっ、と指した。
「あなたみたいな八方美人なひとは、ピンクよ! ピ ン ク !」
「たしかに、ヒロインの色ですもんね。ピンクは必須ですよね」
うんうん、とサクラも頭をタテに振る。
え? まじ? いや、ピンクはないよね?
「や、でもさ、もし、ピンクなんか買って、全然似合わなかったら……」
「あのね、ヴェリノ…… この際だから、言っておくわ」
びしぃっ
エリザが再び、扇の先を俺に向ける。
「その1! 大事なのは、間違わないことじゃなくて対処法! 似合わなければ、似合う色で
「はっ、はい! 大将!」
「えええい! 姫君とお呼び! その2!」
「はいっ!」
「そもそも、試着があるんだから! よほど似合わなければ、こっちだってなにか考えるわよ!」
「そのとおりですよ、ヴェリノさん。そんなに緊張せずに、まずは楽しみましょう」
サクラが、ふと足を止めた。
商店街の入り口。
豪華なドレスを着たマネキンがショーウィンドウを占領している、小さなお城みたいな店の前だ。
“Iris & Vena”
入り口の上側に、オシャレな感じの店のロゴがついてる。
「つきましたよ」
「えーっ!? ここ!? まじで!?」
「ドレスならここだよっ、お姉ちゃん♪ あっ、あのドレス、にあうかな。ね、お姉ちゃんっ」
ミシェルの緑色の目が、もう店のなかに注がれて、きらきら輝いてるけど……!
いやここぜったい、お高すぎる店だろ……!
「俺、ジーンズとかあるとこがいい……」
「 ヴ ェ リ ノ ! ? この期に及んで、みっともなくてよ!」
「だって、だって、エリザぁ…… この店、庶民にはこわすぎる……」
ぷにっ
半泣きになる俺のお腹に、やわらかなほっぺが押しつけられた。
ミシェル……
「お姉ちゃんっ! だいじょうぶ、だいじょうぶ。ぼくが、守ってあげるからね!」
「ううっ……」
「ヴェリノさん。ミシェルさんがここまで、言ってくれてるんですから……」
「わかってる…… わかってるよ、サクラ……」
結局、俺は ――
エリザに肩を押され、ミシェルに腕を引っ張られ、サクラに優しく (だが、揺るぎない信念をもってる感じで) 見守られながら。
高級すぎて呼吸困難に陥りそうになる店に、足を踏み入れたのだった。
「お姉ちゃんっ! オシャレなドレス、いっぱい、かってあげるねっ」
―― 俺…… いったい、どうなっちゃうの!?