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第55話 閑話 4 ~ エリザとサクラとドレスショップ(5)~

【ヴェリノ目線・一人称】


「いやっ、そんなの、やだ! 胸と背中が空きすぎて、なんかイヤ!」


「そっそんなぁ! 試着だけでも、してみようよっ、おねえちゃんっ……!」


「姉になんって服を着せる気なんだよ、ミシェル!」


「だって、アイリスさんがせっかくもってきてくれたんだから! ぜったい、にあうよ! おねえちゃん……!」


 ドレス店奥のVIPルームから、エリザとサクラがいる、表のショールームに逃げてきて、なお。

 ミシェルは、せいいっぱい背のびして、おれにドレスをあてがおうとしてきていた……!

 いや、そんなミシェルは、まじにかわいいよ?

 いっしょうけんめいさが出てて、すごく天使だよ?

 けど、けどさぁっ!

 胸の谷がいまにも見えそうな感じとか、白いレースとか、スリット入りの銀のスカートとか……

 ―― リアル男子の俺にはハードル、激高いって!


 俺とミシェルの争いに気づいたらしい。

 エリザとサクラが、こっちを振り返った…… 今度こそ、助けてくれないかな……!?


「「…………」」


 だめだ…… エリザもサクラも、無言で見守る姿勢みたいだ。

 エリザの目は明らかに 『しのごの言わず、その程度、着こなしなさい!』 って感じだし。

 サクラのニコニコ笑顔はぜったい、 『ヴェリノさん。偏見を持たず、まずは楽しんでみませんか?』 って言ってるし……


 だが!

 たとえ最後のひとりになっても!

 俺は俺を、貫きとおすっ! (アニメヒーローふう)


「ミシェル…… おねえちゃんからの、一生に一度のお願いだ……」


 ミシェルがあてがってくるドレスをずいっと突き返し、俺は、きっぱりと言った (がんばった!)


「もっと、胸と肩を包めるデザイン、おなしゃす! …… って、なんで泣くの、ミシェル!?」


 俺、せっかくがんばって意思表示したのに!

 ミシェルが泣いちゃったら、めっちゃ悪いことした気にしか、ならないじゃないか ――!


「うっ、うううっ、ひくっ…… だ、だってっ……!」


 ミシェルはしゃくりあげながら、言った。


「せっ、せっかくっ! アイリスさんが、おねえちゃんに、いちばんっ、にあうドレスをひぐぅっ、持っできて、くれてっ…… ぼぼぼ、ぼくもっ! ううっ! にあうって、おもったのにっ! おねえちゃんにっ、こんなにっ、きらわれちゃう、なんてっ…… ひぐっ ぼぼぼ、ぼぐ、ぼぐ、もう、がっこうにっ、いけない……っ」


「い、いや、きらってない! きらってないから!」


「ひぐっ…… ううっ…… ほんと?」


「もちろん! (俺はミシェルが) 大好きだ!」


「おねえちゃんっ……!」


 ぎゅうっと抱きついてくるミシェルのやわらかな茶色の髪の毛を、俺はヨシヨシなでた。

 ふう…… まさか、ドレス選びでミシェルの気持ちを、ここまで傷つけてしまうとは……

 うーん…… ここは、俺がおとなになって、覚悟を決めるべきかな…… うん、どうせゲームでは女の子なんだしね、俺!


「よし、それ、試着してあげる!」


「ほんとっ!?」


 いま泣いたミシェルがもう、笑った。

 ぱあっと光がさすような笑顔…… うん。

 ―― お兄ちゃんは、この笑顔のために、だいじななにかを捨てることにするよ……!


 俺は、ミシェルが差し出すドレスを手にとり、 『試着』 のボタンを押した。

 とたんに店の鏡に映る俺は、シャレオツ? でちょいセクシー? なドレス姿に切り替わる。


「…… あら、ほんと。似合ってるじゃない」 と、エリザがやっと発言した。


「そうですね」 と、サクラもうなずく。


「ヴェリノさんは顔立ちがスッキリしているので、出すとこ出したデザインのほうが合いますね」


 とたんにミシェルが、嬉しそうな表情になった。


「それ、アイリスさんも、いってたよっ!」


「うううう……」


 俺は鏡のなかの俺を、がん見してみる…… 似合ってる? そうなの?

 よくわからんけど……

 やっぱ、恥ずかしいなあ、これ……

 いったん覚悟は決めたはずだけど、やっぱなぁ……


「タキシードだったら、恥ずかしくても許容範囲だったのに……」


 はああああ…… ダメってわかってても、どうしても、ためいきでちゃうよ……

 ところが。


「「 そ れ ! 」」


 エリザとサクラの目から急に、キラキラエフェクトが飛び出した…… なに?

 ふたりとも、いきなり、なにをそんなに興奮してるのっ……!?


「明日の焼きそば! エプロンだけじゃ、いまいち押しもヒキも足りないと思ってたのよね!」


「わかります、エリザさん!」 と、サクラもうなずく。


「売り上げはどれだけ、プレイヤーの女子を呼び込むかにかかっていますもんね」


「そうよ! なんとなくモヤってたのだけれど、男装女子ならいけるわね!」


「そうですね。ついでにセットで、NPCには女装してもらいませんか?」


「ああら! あなたの頭も、ヘラヘラ笑ってペコペコさげるためだけにあるんじゃなかったのね、サクラ!」


「ふふふ。エリザさんの口も、扇で隠すためだけにあるんじゃ、なかったんですね」


「ほほほほっ! これで、ウチが売り上げNo.1になることは間違いないわね!」


「あ、でもそれなら、普通に学ランとか……軍服とかどうでしょう?」


「いいわね! 軍服の方がいいんじゃなくて?」


 ……す、すごいぞ、ふたりとも。

 普段の2倍の早さで口が回転しているな!

 しかし、エリザとサクラが楽しそうに盛り上がるいっぽう ――

 ミシェルの目には、ふたたび、涙が盛り上がっている。


「ぼくっ、ぼくっ…… お、おねえちゃんは……っ、ドレスと軍服、どっちがいいの?」


「ううううん…… 正直に言うと…… 軍 「うっ、ううううっ、ひぐっ……! ぼ、ぼく…… ぼくっ…… ひぐっ……!」


 ああ…… ミシェルがまた、泣き出してしまった。どうしよう……

 やっぱりここは、ドレスにしとかなきゃ、どうしようもないのか……


 ところが、ここで。

 エリザが、つかつかとミシェルのほうに寄っていく…… エリザ、どうする気だ?

 エリザは、腰に手をあてて胸をバーンと張り、言い放った。


「ばかね、ミシェル!」


「ひぐっ……!?」


「金持ちなら金持ちらしく、両方、お買いなさいな?」


「……っ?」


「あなたが着せたいドレスも、ヴェリノが着たい軍服も! ついでに、あたくしとサクラのまで買う! そういった太っ腹さを見せてこそ、ヴェリノが惚れる、余裕のある男というものですわ!」


「……っ! そ、そうだねっ……」


 おーい、ミシェル。

 なんかちょっと、だまされてないか?

 少なくとも俺は、余裕のある金持ち男が趣味ってわけじゃ、ないぞ?

 気をつけろ、ミシェル……!


 ―― 俺はミシェルに向かって口をパクパクさせて、注意をうながしてみた…… けど。

 全然、通じてないね!


「うんっ、わかったよ! エリザさん!」


 ミシェルの目からも、キラキラエフェクトが流星群のように飛んだ…… こりゃ、ダメだ。


「ぼくっ! このドレスと軍服、両方、おねえちゃんに買ってあげることにするねっ! エリザさんとサクラさんの軍服も、まかせてね!」


 言いながら、俺をちらちらとうかがうミシェルのドヤ顔……

 かわいいじゃないか……

 余裕のある金持ち男は別に好きじゃないが、そのアピールを一生懸命したがるショタ枠は……

 うん、簡単にいうと、逆らえないね!


「ありがとう、ミシェル……!」


 俺はミシェルの小さな身体を、ぎゅっと抱きしめた。


「お姉ちゃんは、こんな弟をもって、すごく誇らしいよ!」


 現実にはすぐ詐欺にひっかかってそうで心配しかないけど、ここはゲームの中だしね!


「うん! まかせて、おねえちゃんっ!」


 ぱあっと輝くミシェルの表情の向こうでは、エリザがニンマリと悪役令嬢の笑みを浮かべている……!


「じゃあ、あたくしはお先に」


 エリザは優雅にお嬢さまっぽいお辞儀をして、レジに向かったのだった。

 そのあとをスキップしながらついていく、ミシェル…… かわいいなあ……

 けど……


「つまり、後夜祭はあのドレスってことだよね……?」


「ぅおんっ♪」


 つぶやく俺の脚に、これまでおとなしかったチロルガイド犬が、すりすりとからだをこすりつけてくれる。もふもふだぁ……

 きっと、なぐさめてくれてるんだな、チロル。


 【着る着ないは、自由ですからw】 


「うーん、まあ…… 断りきれなくなる予感しかしないからさ」


【wwwwww】


 だから、草生やしすぎ!



 ―― その後。

 俺たちは別の専門店で軍服を仕立ててもらい、ついでに、一緒に行けなかったNPCたちへのお土産も、ミシェルに買ってもらったのだった ――

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