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第54話 閑話 4 ~ エリザとサクラとドレスショップ(4)~

【エリザ&サクラ視点】


 エリザは知っている。

 サクラがせっせとバイトに励むのは、服を買う資金を調達するため、ということを ――

 なぜならこのゲームのサクラの役割 = 『ヒロイン通常恋愛モードの男爵令嬢』 の小遣いは、最低ランクの週6000マルしかないからだ。

 ちなみに最高額は、エリザ ―― すなわち、婚約破棄・断罪エンド付きハード悪役モードでプレイしている公爵令嬢の週18,000マルである。

 派手に無駄遣いさえしなければ、高いドレスだって余裕で買える ―― それが、このゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 の悪役令嬢だ。リスクをとるぶん、きちんとリターンがあるのである。

 だが。

 週に6000マルしかもらえないサクラが、いくらバイトしても、買えるわけがない。

 30,000マルの値札がつくドレスなんて。

 ―― いや、必死でお金を貯めれば可能だろうが。

 オシャレなサクラには、無理だ。

 なにしろ、毎日同じ服を着るのが耐えられない人種なんだから……


 だからエリザは、 名残惜しそうにドレスを棚に戻すサクラに、思い切り、上から目線を決めこんだ。


「ふんっ、自業自得ですわね!」


「えへへ…… ですよね」


「そうよ! つまらない庶民服ばかり、バカみたいに買うから!」


「えーっ…… 庶民服も、かわいいですよ?」


「貧乏くさいのよ! いやだこと! サクラといると、あたくしまでミジメさが移りそうですわ!」


「大丈夫ですよ。エリザさんだから……」


「…………」


 エリザは思った。

 これだけディスってるのに、なんでそんなに、ヘラヘラできるのかしら。

 ―― こうなればもう。

 実力行使しか、ないじゃない……!


「―― 買ってきなさい」


「……え?」


「あら? 耳が悪いのかしら? それともこれが見えないの?」


 片手に扇を持って顔の半分を隠し、もう片手に持った3枚の1万マル札でペタペタとサクラの頬をはたく、エリザ。

 その目付きといい、態度といい、いかにもヒロインをいびっている悪役令嬢である。

 ―― 少なくとも、エリザはそう、信じている。


 こうした上からの態度でサクラを逆ギレさせ、売り言葉に買い言葉、みたいな勢いで、なしくずしに3万マルのドレスを押しつける……

 これが、エリザの作戦なのだ!

 ―― だが。


「ええええっ……!?」


 サクラは、普通に驚いてツッコんでくる。


「いくら公爵令嬢でも、やりすぎですよ!?」


「あら。なんのことかしら」


「フリスビーより0ゼロが一個多いんですよ? ……目を覚ましてくださいぃ、エリザさん!」


「ああら、サクラ!?

 つまりあなたは、あたくしが、この程度のモノも買えぬと!?」


「いえ、単に、わたしに買ってくれる義理はないかな、って……」


「そんな! あたくしたち、と、とも…… ごほっ、ごほごほっ」


 サクラに 『あたくしたち、ともだちでしょうっ!?』 とウッカリ言いかけてしまったことに気づいたエリザ。

 あわてて咳きこむ ―― 悪役令嬢としては、ヒロインに 『ともだち』 などと言うわけにはいかない。

 けど 『買ってもらう義理はない』 と普通に言われてしまったことは、エリザには悲しかった。

 一緒に 『ヴェリノに逆ハーレムを築かせ隊』 を結成したはずの仲なのに……


「とも、じゃなくて、同志、でもなくて…… そ、そうだわ! 『協力者』 よ、サクラ! あなたは、あたくしの協力者じゃなくて!?」


「まあ、そうですけど……」


「よかった…… とかでは、なくて! あっ、あたくしとしては! 協力者がみすぼらしい服を着ているのは! 耐えられませんわっ!」


「えーと、それを言うなら、エリザさん」


「なによ!?」


「わたしも、じつは、エリザさんがいつもパーティーみたいなドレスを着てるの、ちょっと恥ずかしいな、って……」


「なによ! 別によくなくて!? ゲームなんだから!」


「まあ…… 感性の違いですよね」


「うぐっ……」


 サクラは、ほほえんだ。

 ―― エリザには 『みすぼらしい』 と言われても、サクラは庶民の服も気に入っているのだ。

 新作をみかけるたび、つい買ってしまったりするせいで、たしかにお高いドレスを買うお金はないけれど……

 だからって、見下げられる理由も、お高いドレスをプレゼントされる理由もないはず。

 『感性の違い』 は尊重するしかないのだから……


 だが、エリザは反撃に出た。

 フフン、と鼻で笑いつつ、サクラにたずねる。


「……今着てるワンピース、おいくら?」


「4,000マルですけど」


「ほうらっ! 貧乏くさいわ!」


「だからそれは、感性の……」


「サクラ…… 貧乏くさい服ばかり着てると、感性まで貧乏になってよ?」


「うぐっ……」


 こんどは、サクラが黙り込む番だった。


 ―― ドレス購入をめぐり、なぜだかいま、悪役令嬢とヒロインの舌戦バトルが繰り広げられる事態となってしまっているが……

 エリザとしては、サクラが値段ゆえに諦めるのを、見ていられないだけである。

 だから、ドレスをプレゼントしたい。

 ―― 貧乏人だから喜んで施しを受けてくれるだろうとナメていた面も、もちろん、あるにはあるけれど……

 ここまでかたくなに断られるとは、正直なところ思っていなかった。

 そうなると、エリザとしても意地がある。


(ここは、徹底的にサクラを怒らせ、なしくずしにドレスを押しつけてしまうしかないわね!)


 すなわち 『売り言葉に買い言葉』 作戦、続行決定 ――

 さらに上から目線でサクラをディスろうと、エリザは深呼吸をした。

 そのとき。


「もう、なんでもいいっ! ミシェルの好きなのでいいからっ……!」


「ダメですよ、お姉ちゃんっ! ちゃんと選ばなきゃ……!」


 だだだだだっ

 奥のVIPルーム (ゲームイベント用) からヴェリノとミシェルが、もつれるように駆け出してきたのだった。


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