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第53話 閑話 4 ~ エリザとサクラとドレスショップ(3)

「ヴェリノさんとおっしゃるんですね。私、店長のアイリスです」


「あっ、お店の名前の……?」


「そうだよっ、お姉ちゃん! アイリス&ヴェーナのアイリスさんだよっ」


「はい、よろしくお願いいたします」


 アイリスさん、素敵な笑顔だな。


「今日はヴェリノさんのドレス選び、しっかりお手伝いさせていただきますね」


「あっ、ああ…… ヨロシク、オネガイシマス……」


「はい! では、奥のお部屋にどうぞ!」


「は、ハイ……」


「お姉ちゃんっ、楽しみだね♪」


 ちなみにミシェルによると、アイリス&ヴェーナのヴェーナさんは、デザイン・縫製担当で、滅多に店には出てこないそうだ。


 ―― それにしても、緊張するぅ!


 ドレスショップの奥の部屋に入ったとたん、俺は全身、かたまってしまった。

 ―― なに、なんなの!? このシャレオツ&ラグジュアリーな空間は!

 ふかふかのカーペットに、ゆったりとしたソファ、天然木をピカピカに磨いて側面にうねうねと彫刻がしてあるテーブル。

 壁一面が鏡なのもすごいけど、その鏡の枠が植物をモチーフにした木の彫刻なのもすごい。

 店の表もすごかったけど、こっちの奥の部屋も、ほんとすごい (語彙)


「どうぞ、おかけくださいね」


「お姉ちゃんは、ぼくのおとなりだよっ」


 アイリスさんに勧められて、俺はこわごわ、ソファにすわる ―― と、ミシェルがぴったり隣にすわってくれた。

 俺を励まそうとしてくれてるのかな、ミシェル…… なんていい子なんだ(兄目線)

 まもなく。


「いらっしゃいませ。朝摘みのダージリンでございます」


 NPCっぽいイケメン店員が、紅茶を持ってきてくれた。

 ふおおおお…… 現実世界リアルのお茶ではあり得ない、めっちゃいい香り!

 そしてティーカップがなんか、お高そう!


「ゆっくりおくつろぎください」 とかアイリスさんは言ってくれてるけど…… やっぱり。

 き、緊張するぅ!

 このカップ、もし、落としちゃったら……!?


 と、それまでおとなしかったチロルが、俺の足にじゃれついてきた。もふもふ。


【ここはゲームのなかですよww イベントでない限り、物は壊れませんってww】


 そ、そっか……


【そもそもそのカップ、リアルだと1客5万円くらいするやつなのでww リアルでも、ちょこっと落とした程度では、壊れませんねww】


 そんな情報いれられたら、よけい緊張するよ!


【wwww】


 はぁぁぁ…… サクラかエリザが、一緒に来てくれたら良かったのになぁ……

 実はドレスショップに行く前に、エリザとサクラから協力を断わられちゃってるんだよね、俺。


「あら、あたくし、イベントを邪魔する精神こころは持ちあわせていなくってよ!」(byエリザ)


「ヴェリノさん、チャンスですよ!がんばって3、4着くらい、買ってもらっちゃってくださいね!」(byサクラ)


 とか言っちゃって、ふたりとも(しょぼん)

 ―― だいたい、3、4着もドレス、いる?

 制服1着で、じゅうぶんじゃん。

 かわいいし。

 ゲームだから、それこそイベントでもない限り、汚れたりしないんだし。

 制服最強。


 そんな俺の思いは、アイリスさんにはまったく通じてないみたいだ。

 すっごいにこやかに、俺の目を見て首をわずかにかしげるアイリスさん。

 しごできの仕事できるキレイなお姉さん、って感じだな。


「で。ヴェリノさんは今日は、どんなドレスがお入り用なんでしょうか?」


「ど、どんなドレスって…… なに?」


「ドレスにも色々とあるんですよ。アフタヌーンドレス、セミアフタヌーンドレス、イブニングドレス、カクテルドレス。ラインもAライン、プリンセスライン、マーメイドラインと色々ありますし……

 ここはゲームですから、シーンに合わせる、というより、お好みで選べばいいですけど、たとえばダンスパーティーに行くのであれば、やはり華やかなイブニングドレスやカクテルドレスを選ぶのがベターかと」


「…………!」


 アイリスさんが呪文のような言葉を唱えるたびに、空中にパッパッパッと色んなドレスの画像が浮かぶ。

 すごいんだけど、ごめん、アイリスさん!

 正直、俺はドレスのことなんて、さっぱりわからないんです!


「大丈夫だよ、お姉ちゃんっ」


 ミシェルが俺の手に、小さな手を伸ばしてきてくれた。

 ミシェルぅぅぅ!


「ボクにまかせて!」


 ミシェルは俺の耳に口をつけてコソッとささやくと、アイリスさんに営業スマイルを向けた。


「とりあえず、アイリスさんっ! 彼女に似合いそうなのを、ぜんぶ、もってきてね!」


 ぜ、ぜんぶ…… だと!?


「えええ!? それ試着だけで時間どんだけ!?」


「大丈夫だよ、お姉ちゃんっ」


 ミシェルの笑顔が、なんか怖くなってきちゃったよ、俺……


 と、ここで、チロルがゆさゆさとしっぽをふる。


【ドレスに触ったら、空中に 『試着』 ボタンが出ますから、それを押せばOKです。『購入』 ボタンと間違えないでくださいねww】


「お、なるほど…… それならいけそう」


「うんっ! ぼく、お姉ちゃんがドレス着てくれるの、すっごい楽しみ!」


 ミシェルはやっぱり、天使だ……

 ―― わかった!

 ここは、いっちょ、腹をくくるか!

 俺はドレスとかにはどうしても興味ないけど、エリザとサクラも 『ドレスは必須』 って言うし、着るだけでミシェルも喜んでくれるんだしね!

 そうと決まれば ――


「よしよし! 俺、がんばるよ! ありがとな、ミシェル! チロル!」


 ふたりを両腕でぎゅーっとして、交互にほおずりだ!


「ほれーうりうりうりうりー!」


 くぅん、とチロルが甘え鳴きし、ミシェルがきゃっきゃと身をよじって笑う。

 うーん……

 スベスベ柔らかなほっぺ。

 モフモフの毛皮。

 ダブルとか、幸せすぎじゃない!?


 ―― こうして、俺の気持ちもなんとか落ち着いたころ。


「お待たせしました」


 アイリスさんが、両手いっぱいにドレスを抱えて、戻ってきた。


 ―― ボタン1つで装着とはいえ、それなりに大変そうだなぁ……



 ◆♡◆♡◆♡

【エリザ&サクラ視点】


 同じころ ――

 店の表の部屋では、サクラがエリザに、パステルカラーのかわいいドレスを押し当てていた。


「エリザさん、赤もお似合いですけど、こんな色もいいんじゃないですか?」


「いえ、あたくしは、けっこうよ」


「やだ、もったいないですよ! せっかく顔も胸も背もお金もあるんですから! いろいろ楽しみましょう! ね、エリザさん?」


「サクラ…… あなた、いつもとちょっと違うんじゃなくて!?」


「かわいいドレスの前に、ヒロインも悪役令嬢もありませんから!」


「…………っ」


 ヒロインサクラの意外な攻勢にタジタジとなる、悪役令嬢エリザ

 ―― オシャレが嫌いなワケではないが、パステルカラーのフワフワしたドレスなど、エリザは着ようと思ったこともない。

 もともと、エリザのドレスの好みは、かなり悪役令嬢寄りなのだ。

 いついかなるときも、主張の強い、豪華なドレスをパリッと上品に着こなしていたい ―― エリザはそう考えている。


 しかし、サクラは。

 そんなエリザの考えなどまったく気にせず、目の色を変えて、エリザにアレコレとドレスをあてがっているのだ。


「エリザさんこのピンク、似合いますよ! あと、こっちのクリーム色もいいです!

 髪型からすると、暖色系が似合いそうですけど…… 金髪で紫の瞳だから、ブルー系も素敵です!

 ほら、この水色のアフタヌーンドレスなんて、フェアリーですよ、もう! エリザさん、フェアリー!」


「ふふふふ、ふぇ、フェアリーですって……!?」


「そうですよ! ほら、はかなげで神秘的じゃないですか?

 あ、でも、同じデザインでも、こっちの薄い黄緑だと、ティンカーベルみたいですね! かわいい……」


 エリザは、思った。

 ―― はかないとか、可愛いとか…… フェアリーとか。

 断じて、キャラじゃなくってよ!


「ふんっ! ほめられたからって、このあたくしが喜ぶとでもお思い……っ!?」


「え? ほめてませんよ? 別に」


「うっ…… ほほほ、ほめてないですって!?」


「みたまんまですから」


「うううっ……!」


 こんなところに、意外な刺客。

 エリザが受けているダメージなど意に介さず、サクラは次のドレスを手に取る。

 じっと眺めつつ、何度も布の質感を確かめ、少し離して全体をチェックし……

 小さくタメイキをついて、元に戻した。


「これは…… ちょっと、違いますね」


「あ、あたくしのものばかりでなく! 自分のものも、選びなさいな!」


「あ、わたしは、いいんです」


「何言ってるのかしら。それ、好きなんでしょ。そういう、いかにもなのが」


 そう ―― エリザには似合わないのだ。

 淡い薄紫の、シフォンなんて。

 首や肩まわり、胸元は細かい刺繍を施した透け感のあるオーガンジーでおおわれていて、繊細でかわいらしい。

 動作に合わせてふわりと広がるスカートといい。

 清楚で庇護欲をそそりそうなヒロインにぴったりのドレス ――


「あなた向けでしかないじゃないの、サクラ」


「いえ、いいんです…… そんなお金、ないので」


 サクラは、てへへ、と誤魔化すように笑った。


「わたしは、もっと安いお店で探すので、心配ないですよ」


「…………」


 エリザはドレスの値札をちらり、と見た。

 ―― 30,000マル。

 たしかに、サクラには手が届かないだろう ――

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