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第14話 臆病王女は凹みます

「姫様?」

「あ、ええっと……ここに来る途中かしら。不思議な夢を見て、だからリスティラ侯爵の使者だってすぐに分かったし、もろもろと迅速に行動できたのよ」

「そうなのですね。このお力がもっと早く出ていれば、王宮内での立場だって違っていたかもしれませんのに……。残念ございますわね」


 自分のことのように怒ってくれるマーサに、胸が温かい気持ちになる。こんな風に私を慕ってくれた人たちを守りたい。


「マーサ。……ううん、あの状態で贈物ギフトの能力が開花していたら、お兄様やお姉様たちの陣営に取り込まれるだけで、自分の陣営としての擁立するのは、難しかったと思うの」


 どちらにしても王宮では制限があるだろうし、監視もより厳しくなる可能性が高いわ。それにどちらかの陣営に着いたとして、暗殺や刺客の対処、信頼できる護衛や参謀、軍資金もなければいざという時に自分と周りを守れない。

 王都から離れている今、そして周囲には『役立たずの末姫』と呼ばれている間に、なんとかしなければならない。

 少なくともタイムリミットは、一年後の疫病が流行る前まで。


「とにかく今は、私の陣営に組みする信頼できる人を集めるわ」と、マーサも含めて今後の計画について話し合った。彼女は貴族視点として派閥やら諸々の事情にも詳しい。それは引きこもりだった私や、異世界のカノン様、魔導書の怪物であるダレンにはない強みだもの。


 すでにリスティラ侯爵のパイプもあるけれど、表向きは「第五王女に借りを作るため」と言うことにして、私陣営であることを隠蔽した。ローレンツお兄様に敬意を払うという認識にするためでもあり、私が早々に力を付けることを印象付けないための仕掛けでもある。


 それもあって嬉しい引きこもり生活──もとい、本を読む時間が増えたと内心喜んでいたのだけれど、そう物事は簡単にはいかなかった。話を詰めていた時に「次は王都の闇ギルド主催の闇オークションを潰して、奴隷剣闘士の精鋭をゲット、武器商人とのパイプ作りをする」のことを聞き流していたのだから。


 やっぱり私は役立たずのまま、お荷物な王女なのかと思ったらちょっぴり凹んだ。



 ***



「はあ」


 明日には王都の武器商人との顔合わせがある。それもあってトンボ返りのような形で向かうことになるなんて……。ふう、と何度目になるか分からない溜息が漏れた。

 自室でマーサが下がったのを見計らって、ベッドに倒れ込む。清潔感のある石鹸の香りと、固くないマットレス。「寝心地の良さは久し振りだわ」と、思わず苦笑してしまう。


 九回目の死に戻り。

 前回とは全く違うことに安堵しつつも、周りの有能さに目が眩みそうになる。どうして私には、できることが少ないのかしら。明日の武器商人との顔合わせに至るまでの準備や、王都までの最短距離の道筋、闇オークションを潰す大胆な策……全部、周りがしていて、私は内容を把握するだけで精一杯だった。

 これってローレンツお兄様を失って私を御旗にしてきた時と同じ──。


『本当に同じだと思っているの?』

「カノン様」


 カノン様はベッドの端に座って、私に声をかける。気付けば私の隣にいるのが当たり前になっていた。不思議とカノン様には自分の本心が出た。


「これじゃあ死に戻りした時と同じように、御旗となるだけの形だけになってしまうわ」

『それが嫌?』

「嫌。だって用意された道を歩くだけだったら、いざ予期しない時にみなを守れないし、助けられなくなってしまうもの」


 自分の不甲斐なさを嘆いた、愚かで浅はかな戯れ言なのに、カノン様は嬉しそうに微笑んだ。私の頭をそっと撫でる。なんとなく触れられている感覚がくすぐった。


『そういう考えに行き着くレイチェルだからこそ、私は貴女の力になりたい。そうずっと思っていたわ。私だけじゃなくて、これからもっと増えていく。ローレンツのような力強いカリスマ性がなくても、あのレジーナバカ女のような蠱惑な魅了がなくても、レイチェルにはレイチェルの特別はあるの。……そう思うでしょう、ダレン』

「!?」

「その通りです。まったくレイチェル様が落ち込んでいたので、ここぞとばかりに私が声をかけようとしたのに、先を越さされるとは……私もまだまだです」


 音もなく姿を見せたダレンは、片手のトレイにティーカップを用意していた。この魔導書の怪物の変わりように困惑しつつも、気に掛けてくれたことが嬉しい。例え利用価値があるからだと分かっていても、そんな些細なことに胸がくすぐったくなる。


「ダレン」

「レイチェル様の体はお一人のものではないのですから、大事にしませんと」

「言い方!」

「失礼。しかし先ほどのレイチェル様の意見には賛成です。いざという時にどう動くかで、上に立つ者の器を試されます。レイチェル様には八回ほどの失敗による心的外傷トラウマが根深く残ってしまっている。私もそれを放置してしまった責がありますので……ここは一つ私の鑑定の力を付与しようと思うのですが、どうでしょう?」

「ダレンの……?」

「ええ、能力の一部譲渡でも構いません」


 ダレンが対価なしに言い出すなんて意外。裏があるのではないかと疑ってしまうけれど、カノン様は「ふうん」と楽しそうに微笑んだ。本当に前世の私なのかと思うほど、いつも余裕があって、何もかも見透かしたような聡明さと人を惹きつける魅力を持っている。


『いいんじゃないの? 元々、レイチェルの贈物ギフトとしてあるけれど、未だ開眼していないようだし、強制的に引き上げるのも良いと思うわ』

「私の……開花していない?」

『そうよ。そもそも贈物ギフトは先天的に与えられているのが最低一つはあるという意味で、それ以外は自分自身の経験と技術によって、いくらでも獲得できるわ。それを知っている人間は少ないようだけれど。教会が意図的に隠しているのもあるのかも』


 カノン様やダレンの話を聞いていると、私の常識が音を立てて崩れていく。ううん、私が無知だったのだろう。ダレンは知識そのもの全てを愛しているようだけれど、私はあくまで興味関心があるものに対してだけだったわ……。

 玉座に腰掛けたまま、カノン様やダレンに頼り続けるのは楽かもしれないけれど、それだけでは王位継承権争いでは生き残れない。覚悟を決めてダレンに向き直った。




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