郵便屋へ
この手紙は郵便屋のあんたに宛てての手紙だ。
読み終えたら燃やしてくれ。
あんたへ何かの形で感謝を伝えたいと思っていた。
郵便屋のあんたがいたことで、
世界は変わろうとしている。
この世界に革命が起きる。
世界は愛を取り戻す。
革命ともなると、何かが傷ついたり、
何かを否定したりすることがあるかもしれない。
処刑と言うこともあるかもしれない。
全てが正しいと言えないかもしれない。
ただ、俺たちは、愛の消えたこの世界に、
もう一度愛を取り戻したかったんだ。
郵便屋のあんたが郵便を届けてくれたことで、
愛を取り戻す革命が決行される。
いろいろ、ありがとう。
郵便屋のあんたが知っての通り、
この世界は人工知能で管理されている。
全てが計算されていて、
端末のメールはすべて中身が見られている。
通信はすべて傍受されていて、
危険分子はすべて排除されている。
争いのない世界を作ろうとしていたらしいけれど、
結局、過剰な管理社会になって、
俺たちは物と変わらないものになった。
争いは起きなくなったかもしれなかった。
間違いはなくなったように見えた。
けれど、そこには愛がなくなった。
誰かを愛し、誰かを大切に思う気持ちが失われた。
俺をはじめとして、
この世界に疑問を持ったものはいた。
通信は傍受されて、メールも把握されている。
世界中に人工知能が管理しているカメラがあって、
人の流れも何もかもが把握されている。
疑問を持っても、それを表に出すと排除されるような世界だ。
そこで生きたのが、あんた、郵便屋だ。
俺たちのような、世界に疑問を持ったものが、
紙に言葉を書きつけて、
郵便屋のあんたに運んでもらう。
紙は人工知能も中身を見れない。
郵便屋のあんたのこともノーマークだ。
俺たちは郵便屋のあんたを介して、
いろいろな場所にいるものと連絡を取る。
この世界に疑問を持つ者たちが、
郵便を通してひとつになる。
人工知能が全てを把握しているとされている世界で、
郵便はそのアナログさゆえに、
全く把握されていない。
メールなどのデジタルを把握すれば、
すべてを把握したと思っていたのかもしれない。
ただ、俺たちはデジタルの生き物じゃない。
紙に言葉を書いて、郵便屋に届けてもらう、
アナログなこともできる。
人間ってのは、デジタルだけで生きている訳じゃないんだ。
世界を覆う人工知能の網から、
郵便は引っかからずに俺たちをつないでくれた。
そうして、俺たちは革命の計画を立ててきた。
デジタルな通信に比べたら、
郵便は時間がかかるかもしれない。
それでも郵便屋のあんたは、
できる限りの速さで俺たちに郵便を届けてくれた。
返事が来るのが待ち遠しかった。
早く届いてほしいと願っていた。
郵便屋のあんたはその願いをかなえてくれた。
郵便屋のあんたも、人工知能にノーマークとはいえ、
バレたら排除の危険性があったはずだ。
そんな中、俺たちの手紙を届けてくれてありがとう。
俺たちの願いや思いや理想が詰まった手紙で、
世界は変わろうとしている。
俺たちが何もかも正しいわけじゃない。
管理していることの方が正しいかもしれない。
それでも、世界に愛がないのは、
人間が生きるにあたり、間違っていると思うんだ。
これから、俺たちは間違った道を行くかもしれない。
革命という暴力に出るのは、
愛に反することかもしれない。
でも、願ってしまうんだ。
俺たちの子どもや孫やその子孫が、
愛に満ちていて、平和な世界で、
誰かを愛し、誰かを大切に思い、
何物にも縛られない豊かな世界を願ってしまうんだ。
俺たちが間違っていると歴史に残されるかもしれない。
暴力で世界を変えようとしたと残されるかもしれない。
俺たちは愛を取り戻したかったんだ。
愛に満ちた世界を取り戻したかったんだ。
もうすぐ革命ののろしが上がって、
世界は人工知能の支配から脱却する。
多分革命のすぐあとは、
たくさんの混乱があると思う。
支配していた人工知能がなくなるのだから、
何にすがっていいかわからなくなると思う。
俺たちが余計なことをしたと言われるかもしれない。
それをすべて甘んじて受けよう。
革命後の世界を、愛に満ちた世界にするために、
俺たちはいばらの道を切り拓こう。
郵便屋のあんたには、たくさん世話になった。
郵便を交わした俺たちのようなものが、
革命で死んでしまうかもしれない。
俺も革命のあとに生き残れるかわからない。
革命のさなかに生き残れたとしても、
そのあとの混乱で命を落とす可能性がある。
命を落とすとしても、
俺たちはみんな、郵便屋のあんたに感謝している。
俺たちの思いを届けてくれたことに感謝している。
俺たちの力が一つにまとまったのは、
郵便屋のあんたが手紙を届けてくれたからだ。
感謝してもし足りない。
この手紙は俺から郵便屋のあんたへの、
最初で最後の手紙になる。
革命のあと、あんたが排除されないように、
何かの責任などを取られることがないように、
あんたはこの手紙を燃やしてほしい。
あんたには、ずっと幸せでいてほしい。
今まで危ない橋を渡ってきたあんただ。
革命が起きて人工知能の支配がなくなった後、
あんたは穏やかに過ごしてほしいと願っている。
俺たちの手紙を届けたことは隠して、
あんたはどこかでのんびり暮らしてほしい。
そして、俺たちのことをちょっとだけ思い出すだけして欲しい。
世界は正しく変わらないかもしれないけれど、
あがこうとした俺たちのような奴らがいたことを、
郵便屋のあんただけは覚えていてほしい。
語り継がれなくてもいい。
郵便屋のあんたの中にだけ、記憶の中にあればいい。
いつも郵便を届けてくれてありがとう。
俺たち仲間を繋いでくれてありがとう。
あんたが郵便屋でいてくれたことで、
どれだけ俺たちが心強かったかわからない。
あんたが郵便を届けてくれたとき、
どれほど俺たちが嬉しかったか、
それを表現する言葉を俺たちは持たない。
世界はデジタルで支配されていたかもしれない。
人工知能が全てのデータをつかんでいたかもしれない。
生きることすら、人工知能の計算の中だったかもしれない。
でも、俺たちには手紙があった。
人工知能の網の目をかいくぐって、
俺たちは思いを交わすことができた。
俺たちのような革命の手紙だけでなくて、
郵便屋のあんたは、たくさんの手紙を届けただろうと思う。
デジタルにならない人の思い。
必要ないと切り捨てられてきたもの。
それが本当は必要なものだったんだと俺は思うんだ。
人が人であるために必要なもの。
人と人の間にあるもの。
その大切なものを届けてくれたのが、
郵便屋のあんただったんだと思うんだ。
みんなみんな、あんたに感謝しているよ。
俺はこうしてあんたに手紙を書くけれど、
あんたに感謝を述べたいものはたくさんいると思う。
そのすべての気持ちを代筆するつもりで書くよ。
ありがとう。
世界中があんたに感謝している。
この気持ちを受け取ったら、
この手紙は燃やしてくれ。
あんたが革命のあとも穏やかに過ごすために。
革命のあとの世界を、
郵便屋のあんたは見守っていてくれ。
俺たちがなそうとしていたものを、
見届けて欲しい。
あんたの届けた手紙でできた世界を見ていてほしい。
愛に満ちた世界になるよう、
俺たちは命をかけよう。
それじゃあな。
いってくる。
とある革命家より