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第八話「桜ふふむ ーさくらふふむー」①

【第一章までの、簡単なあらすじ】


・葉月が『黒湖様』に、巫女の候補として選ばれる。

・夜長姫を殺めた罪で、桜が処刑されかける。

・葉月が『月国の巫女』になって、桜を従者にする。

・巫女たちや桜と共に、各国を巡る旅に出ることに。


ーーーーーーーーーー


 すだれを上げると、心地良い風がほおを撫でた。まさに小春日和といった感じだ。

 空模様も清々しい青だし、目の前には壮大な山々が広がっているけど、僕が見たのは空でも山でもなく、地面だった。


「どうしたの? 下なんか見て」

「本当に線路なんですね」

「『せんろ』? おうどうのこと?」

「あ、はい」


(しまった。この世界では『桜道』なんだった)


 桜道のことだと理解してもらえたのは、さくらさんの頭の回転が速いからだろう。


「それがどうかしたの?」

「なんていうか……本当にこの上を馬車が進んでるんだなぁって」

「そりゃそうでしょ。桜道なんだから」

「あはは、ですよね……」


 元の世界にも馬車鉄道というものがあったらしいけど、僕の中で線路と言えば電車だ。桜道のことを知識で知っていても、やっぱり違和感はぬぐえない。


 とはいえ、巫女の専用ルートとして桜道が用意されているのは、旅をする上で、安全面でも機能面でも合理的だと思う。

 昔の馬車はぬかるみにはまったり、石につまづいて横転したりといろいろ大変だったらしい。前回、そういった事故がなかったのは運が良かったのだと思う。


「葉月。そろそろ顔を上げたら? 下ばかり見てると頭に血が上るわよ」

「あ、はい」


 幼稚園児レベルの注意を受けて、ようやく線路から目を離した。

 すでに頭に血が上っていたようで、軽い眩暈を覚える。「おふ」と変な声を漏らしながら背もたれに身を委ねた。


「ほら、言わんこっちゃない」

「あはは……以後、気を付けます」


 呆れ顔の桜さんに笑いかける。頭がぐらぐらするのに、桜さんと向き合って会話をする時間が楽しくて仕方がない。



 今朝、七国のやしろまちを巡る視察が始まった。



 約四、五か月かけて七国を一周する馬車旅だ。前に乗ったものより一回り大きな馬車が、桜道の上で七台連なっている。


 ざっくりと言ってしまえば、平安貴族が乗りそうな馬車だ。馬車と馬車の間には馬が二頭いて、馬車をひくと同時に、電車でいう連結部の役割を成している。


 巫女と従者の一組につき一台なのだから、ずいぶんと親切な話だと思う。

 もっとも、それは国を守る巫女たちの視察だからなのだろう。前回は縛られた上におんぼろ馬車だったので素直に嬉しい。


づきの世界では、桜道のことを『せんろ』というのね。何が通るの?」

「電車という乗り物です。馬車よりもずっと巨大で、軽く百人以上は乗れますよ」

「へぇ……まるで一つの建物ね」

「そう! そんな感じです!」

「じゃあ、馬どころか動物には引けないわね。どうやって動かすの?」

「うーん……静電気とか、分かります?」

「いいえ、知らないわ」


 電気と言っても通じないだろうとは思ったけど、やっぱり静電気も駄目だった。


「乾燥した時期に人とか金属に触れると、ビリッて痛みが走るあれです」

「……あぁ。雷様かみなりさまの悪戯ね」


 どうやら存在はしているらしい。なんか、民間伝承っぽいけど。


「雷様って、神様ですか?」

「えぇ。暗闇だとまれに雷に似たような光が見えることから、そう呼ばれているわ。雷様というのは雷の別称でもあるしね」

「雷も神様扱いなんですね」

「よく分からない現象は、神様や妖怪のせいにされるのが世の常よ」

「……神様や妖怪にとっては世知辛いですね」

「むしろありがたいんじゃない? 信仰がないと存在できないんだから」

「あ、そっか」


 悪戯好きの神様や妖怪は多々いるけど、案外生きるために必死に道化を演じているだけかもしれない。現実の道化師ピエロだって、生きるために笑いを取るのだ。


(そういえば、僕も初めて会った時、道化師みたいって桜さんに言われたっけ)


 道化師のように生きてきた僕が、一度死んだ後、神のように崇められる巫女になったというのは、ある意味ではとうかもしれない。


「それで、雷が乗り物を動かしているの?」

「まぁ……そんな感じです」

「不思議なものね。巫女の力でも、百人をいっぺんに移動させるなんて聞いたことないわ。死体を運ぶなら話は別だけど」

「怖いこと言わないでくださいよ……」


 この世界の人が電車を見たら、どんな反応をするんだろう。生き物にでも見えるのだろうか。それこそ『鬼』とか『神様』だと大騒ぎするのかもしれない。


 桜さんでも、大口を開けてひっくり返ったりするのだろうか。


 全く想像できないからこそ見てみたいけど、僕と出会った時も終始冷静だった彼女だ。すごいわねの一言で片づけるかもしれない。


「それにしても、この馬車……人間の徒歩と変わらないですね」

「まぁ、馬が歩いてるからね」


 桜さんは淡々とあいづちを打っているけど、僕にとっては軽く衝撃だった。


 とにかく進みが遅い。

 呑気な僕でも困惑するくらいに、遅い。


 桜道上を進んでいることを差し引いても、乗り物特有の揺れが全くない。それほど遅いのだ。もしかしたら、これは早足で歩いた方が速いかもしれない。


「馬車って、前に乗ったやつみたいに走る印象が強いんですけど」

「馬車を走らせるなんて緊急事態の時くらいよ。馬が潰れてしまうもの。そもそも、七台分の馬車が連なっている時点で、あんな風に走らせるなんて不可能よ」

「ですよね……」


 ちょっと遅い気がするけど、馬車の揺れで苦い経験をしたばかりだ。派手に飛ばされるよりは良い。

 そもそも、この馬車には巫女を乗せているのだ。乱暴な運転をしていいはずがないと、今さらながら気が付いた。


「もうすぐ着くわね。ほら、見て」

「あ、ほんとだ。赤い建物がありますね」



 ずっと山ばかりだったところに、一際目立つ建物が見えてきた。



 黒瓦が敷き詰められた屋根に、真紅に染められた木造の屋敷だ。

 質素な造りだけど、穏やかな緑に囲まれているからだろうか。真紅の鮮やかさと黒瓦の光沢がより際立って、厳かな雰囲気をかもし出している。


「あれが駅よ」

「なんか、やしろにそっくりというか、一回り小さくしたみたいですね」

「ある意味、社ね。巫女にとっては離宮みたいなものだから。田舎に住んでいる人間にも、社がこういうものだって示す必要があるしね」

「あぁ、なるほど」


 程なくして、馬車が駅の前で止まった。

 遠目からでも目立つ建物だが、目の前にあると圧巻だ。存在感が半端ない。


 いよいよ駅に入るのかと緊張してきたが、すだれが上がる様子は一向にない。


ずいぶんと時間かかってますね」

「馬を退かしているのよ。このままだと邪魔で降りられないでしょう?」

「確かに」


 この馬車は西洋のそれとは違って、前後から乗り降りする仕組みになっている。平安時代の牛車ぎっしゃが、確かこんな感じだったと思う。


「それに、前の馬車に乗っている者から降りていくから、もう少し待たないと」

「あ、乗った時と同じですね」


 僕たちの馬車は最後尾だ。この順番は、視察で回る国の順番に相応する。



「葉月様」



 いつもより一段と低い声がして、僕は思わず彼女の方を見た。


 桜さんが真顔で、じっと僕を見つめている。

 桜さんだけど、桜さんじゃない。まるで別人だ。彼女がまとう空気まで、急に鋭くなったような気がする。


「あなた様はつきのくにの巫女で、私はしもべです。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」

「え? あ、えと……はい」

「……ぷっ」



 桜さんが、小さく吹き出した。


 穴を開けた風船のように、張り詰めていた彼女の表情が一気に和らいだ。 



「緊張しすぎ」

「すみません……」

「まだ慣れないのね。社の者たちからは、散々敬語で話しかけられてるのに」

「そりゃそうですよ。まだ三日目ですし」


 それに昨日は桜さんが忙しくて、あまり顔を合わせられなかった。だから、従者としての彼女を見るのは今が初めてだ。


「でも、今言ったことは冗談じゃないからね。早く慣れてしまいなさい」

「肝に銘じます」


 これからは、従者の桜さんとも接するのだ。

 そう実感して、改めて自分が巫女になったのだと突き付けられた気がした。自分で選んだとはいえ、なんだか少し寂しい。


(いやいや! 何をネガティブなことを!!)


「それと葉月」

「はい」

「たまにそうやって変な動きをしてるから、気を付けた方がいいわよ。正直、挙動不審でしかないから」

「え……あ、はい」


 一瞬なんのことかと思ったけど、頭をぶんぶんと振っていたのだと気付いて顔が熱くなった。こういうところも、桜さんに道化師と言われる所以ゆえんなのだろう。


「失礼いたします」


 外から声をかけられた。この馬車の御者ぎょしゃだ。

 すだれが上がり、外の空気と暖かな日差しが馬車の中に入り込む。降りようとした僕を、桜さんが手でさり気なく制した。


(あ、そうだった)


 馬車の乗り降りには作法があって、乗る時は身分の高い者から、降りる時は低い者からとなっている。その作法にのっとり、桜さんが先に降りた。


「どうぞ」



 桜さんが、手を伸ばしてきた。お手をどうぞというやつだ。



「え、え!?」

「馬車に乗る時、着物のすそを踏んで転びそうになったでしょう?」

「あ……」


 どうやら他意はないようだ。変な勘違いをしてしまった自分が恥ずかしい。


「あ、ありがとうございます」


 おずおずと、桜さんの手のひらに指を重ねる。

 桜さんが、凛々しく微笑みながら僕の手を握った。緩やかに歩調を合わせながら、ぎこちない動きをする僕を外へと導いていく。


 僕の手を取る桜さんは、さながら童話に出てくる王子様のようだ。


 桜さんのエスコートが完璧すぎるからだろうか。恥ずかしいのに、心地いい。もう自分が男なのか分からなくなりそうだ。


(まぁ――)


「『別にいいか』?」

「!?」

「あら、図星ですか?」




 驚きのあまり、声すら出なかった。


 反射的に、声のした方を見る。




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