「はーい、ということでお休み中にオーストラリアに旅行に行って来た先輩と!」
「一緒に楽しんできた後輩のお送りする錬金チャンネル、始まりますよー」
あれから僕たちは、コンパクトケースの販売に伴うお詫びとクレーム対応に追われていた。
やっぱりか、と言った感想。
後輩が飛びつき、うさ族が絶賛したアイテムは瞬く間にSNSで拡散!
収集が追いつかなくなり、今回こうしてお詫びをするべく配信をスタートさせた形である。
くそ、世の女性の美に対する執念を甘く見てた!
<コメント>
:始まった
:また唐突ですな
:オーストラリアというとローディック師?
:この前コラボしたばっかやん
:だいぶ前だけどな
:実際に一緒に作ってはいないからな
:コラボとは一体なんだったのか、ウゴゴ……
:先輩の作った合金を使った武器だからコラボでしょ
:そう言えば先輩NYAOって知ってる?
:女児向けアニメを知ってるわけないだろ
:モチーフが先輩じゃないかって言われてるあれな
「NYAOは知ってますよー。なんなら提携してる。僕がモチーフって聞いた時は驚いたけどね」
「私が許可を出しました!」
壁からドヤっている後輩の声が聞こえる。
それに釣られてコメントは加速する。
いつもの流れだ。
後出しジャンケンは彼女の十八番である。
<コメント>
:後輩ちゃん、また先輩に内緒で許可出したんか
:たまげたなぁ
:後出しのプロ
:それよりも先輩、NYAOのコンパクトケースについていくつか質問があります!
:それっておもちゃの?
:うちの子供も欲しがってたなぁ
:どこも売り切れになってるっていう噂のやつだね
:せやで
:あまりにも高性能すぎてオモチャを超越してるやつ
:一体何をしてしまったんだ
やっぱりそれがきたか。
すでにいくつかの情報がリークされて、販売元にウチが関わっている件をかぎつけているんだろう。目敏い奴らだ。
「あー、はいはい。年齢制限を設けたあのおもちゃについてね。制作に関しては僕も関わってるので順序立ててお話ししていきますねー」
「今回の配信はそのおもちゃの性能と販売価格、年齢制限についてですね!」
「だねー」
<コメント>
:年齢制限?
:いや、子供向けなら扱う前提の年齢制限あるから
:今回の制限は逆なんだよなぁ
:逆?
「あーはい。そうですね。今回のコンパクトケース。年齢は15歳までとしております」
「純粋にファンの手元に行き届く配慮ですね」
「けどおまけ効果が、後輩が飛びつく性能で、そっちが炎上しましたね」
「あれは仕方ないと思いますけど、要はメイクセットの簡略化ですから」
「僕としては変身機能のおまけの延長線なんだけど」
「世の女性はそう捉えなかったみたいですねー」
<コメント>
:何やらかしたんだ?
:いつもより追求が激しい
:むくみ取りポーション以上の厄ネタか?
「では最初にどんな効果があるのか紐解いていきましょー。後輩、テロップ出して」
「はーい」
画像にはコンパクトケースの外観。
専用ネイルでの承認機能。
問題はその中身だ。
アニメと全く同じ変身機能を搭載、さらには簡易メイクセット機能を付属している。鏡の中の自分へ即座にメイクが伝達する選択機能付き。
とはいえ、オリジナルカラーは原作準拠で5種類からしか選べないし、選択できるのも原作準拠の白粉、口紅、アイシャドウまで。
物足りない人向けに、各メーカーおすすめのセットをサブスクで追加購入できる機能を増やしたくらいだ。
後輩とエミリーさんに渡した全てのメイクを網羅したバージョンの販売は流石にやめた。あれは僕から見たってやりすぎだと思ったもん。
だからこれで炎上はしないだろうと、そう高を括っていたんだけどね。
簡単に燃え広がってやんの。
もう笑うしかないって、こんなの。
<コメント>
:これはやらかしてますね
:あー、はい。これはキレる人が出てもおかしくない
:おまけとは一体?
:これをおもちゃで出す勇気
:化粧品メーカーブチキレ案件では?
「いや、それに関してはメーカーの方がノリノリで提案してきたからね? NYAOの限定カラーを販売しましょう! 廃盤カラーもサブスクで、少しお高めですがこれくらい出してくれればって。僕途中から怖くなってさ。だって目がガチなんだもん」
「先輩が困惑してたので、あとは私が引き継ぎました!」
「うん、後輩に丸投げしてことなきを得た」
だから僕は悪くない。
責めるならメーカーを責めたまえよ。
<コメント>
:サブスク機能www
:コンパクトケースにつける機能じゃねーのよ
:後輩ちゃんノリノリで快諾してそうだな
:廃盤カラーの復活してほしいと思ってる層は割といるよ
:自分の顔に合うカラーってなかなかないしね
:メーカーとしてはサブスクできるんならしてーわってのが本音やね
:材質によっては保存が難しいのもあるから
:あー、ね
「でも僕が考えるまでもなく、こういう機能あればいいなってのは誰もが思うじゃん? 今回は僕がたまたま転送陣の開発者で特許を持っていたから。いろんな薬品を取り扱う技能に長けてたから。学会で知名度があり、世界各国に顔が売れてたから実現しただけなんだよね」
<コメント>
:こいつ……自分が天上人であるという理解をしてないのか?
:だけ、ではない件
:実際夢見たって先輩しか作れなくて草
:そんな作品をおもちゃとして、年齢制限までつけたらそりゃ荒れるわ
:普通に考えれば、夢のコラボなのに、どうして最後がうまく締まらないかなぁ
それはそう。
コメントを拾って、事のデカさを再認識する。
とはいえ、これはただのファングッズ。
みんな目を血走らせすぎ。
もっと肩の力抜いてこ?
「ちなみに販売に際して、うちが関わってるのは商品企画と転送陣の認証ライセンスくらいで、あとはおもちゃメーカーと化粧品メーカーの準備次第だから、うちに文句を言ったところでなんら解決しないよ?」
「はい、今回を制限をかけたのは単純に需要に対して供給が圧倒的に足りてないからなんですよね」
「だから文句言うんならあんたが作ってねっていう話でさ」
「そういうわけでメーカーの人員募集告知をご用意してます! なんとそこの従業員になるだけで優先的に商品の購入ができちゃうんですねー」
<コメント>
:草
:見事に転売ヤー涙目やん
:転売する人は働きたくないからそれに走るんだよなぁ
:売れるって分かってる商品、そして金に糸目をつけない顧客
:そりゃ売れるなら売りたいわ
:まず入手難易度がな
:実際、クレームの主犯は欲しい人と転売ヤーどっちの割合多いんだ?
:知るか
「え、僕の商品で転売を!?」
「犯罪者予備軍はどこにでもいますからね。まだ懲りない人がいるんだと嘆かわしい限りです」
「させるわきゃないのに、勉強しない人もいたもんだ」
「きっと性根が捻くれてるんですよ」
<コメント>
:おwまwえwがwいwうwなw
:先輩関連は転売防止グッズの先駆けなのに、まだ転売に夢見てる奴いるんか
:実際、先輩を不快にさせて現地からNNPが撤退したら困るのは俺らなんだよな
:先輩が国防の最重要人物すぎるwww
「そうだぞ、もっと敬いたまえ」
「はい、飴ちゃんあげます」
「わーい」
<コメント>
:飴で釣られる先輩
:やっすいなぁ
:本当にこの人が国防の要なの?
:個人Vなんだよなぁ
:それでお値段は?
:そこ、気になってた。
「なんとおひとつ税込み9,800円!」
「安い!」
<コメント>
:本当にバカやすい
:え、その機能のものを1万円以下で?
:そりゃ安く買い占めたい層が出てくるのも納得だわ
:中途半端に安いからみんな欲しがるんだろ
「いや、これはただのファングッズだからね。あんまり高いと子供がお小遣いで買えないから譲歩に譲歩を重ねた値段だから。なんなら気持ち高くなったのは化粧品メーカーの横入りがあったせいだから。僕としては3800円あたりで収めたかったんだけどね」
「メイクセットは安くてもそれぐらいいっちゃいますからねー」
仕方がないんです、とそれにノリノリで応じた後輩が何か言ってら。
「そんなわけで僕たちからは以上です」
「他に何か質問ありましたら、いつもの質問フォームからご相談ください」
<コメント>
:え、本当にそれだけの配信なの?
:待って今予約成功したけど12年待ちって出るんだけど
:www
:おめでとう、うちは10年後だ
:これ、予約した人間の年齢で査定されてる?
:なおうちの娘(8歳)は二週間後に届く様子
:予約システムどうなってんだ!
:15歳以上とそれ以下で制限かかりすぎだろ
:これはいじめ待ったなしやで
:入手したら下でそういう問題があるのか
:責任問題どうなんの、これ
「あーみんな何か勘違いしてると思うけど、これはなりきりセットとかじゃなくて、普通にNYAOの能力がメイクした対象に載るシステムだからね?」
こんな危険な世の中だ。
気分だけの変身よりも、実際に戦えるシステムがあった方がお得だ。
<コメント>
:は?
:は?
:は?
:つまり巨大化した怪人をワンパン一発で倒せる機能が子供に備わる?
:いやいやいやいや
:待て待て待て
:それってアニメのNYAOをリアルに体験できる的な?
:やべーじゃん
:おい、そんなものを安くばら撒くな
:メイク機能が飾りです、本当にありがとうございました
「だからファングッズなんだって」
「女の子の夢をここに実現!」
「女の子はメイクで自分の本質を変えられるらしいからね」
NYAOもそう言ってたし。
多分そう。
「あ、そうそう。サブスクにはうちのにゃんにゃんプラントも参加すよ予定でね。むくみとりポーションを浸したパックとか売る予定でいるから。もしご縁があったらよろしくね。以上! 最近のクレーム対応に疲れた先輩とー」
「以降電話対応は受け付けない後輩でお送りしましたー」
「またねー」
決意表明を述べ、配信を切る。
最後コメントが加速した気がしたけど、きっと気のせい。
「ふぅ、これで説明責任は果たしたろ」
「お疲れ様でした」
「さぁてと、研究研究。うさ族からもらった素材の吟味がまだなんだよねー」
僕はもう外からの情報を取り扱わないぞ、と宣言して研究室に引き篭もる。
そのタイミングで、後輩は「そういえば」と何かを思い出していた。
「何かあるの?」
「実はNYAOの原作者から面会のオファーが来てまして」
「ふぅん?」
「ちなみにうちのチャンネルの熱心な追っかけの方で、結構な頻度で先輩にファンアートを送ってくれていますね」
「後輩としては僕に会わせたい感じ?」
「今回のコンパクトケースの発表にもノリノリで対応してくれましたし、会っておいても損はないかと」
「あー、原作者にもクレーム行っちゃってた?」
「本人は気にしてないと言ってましたが」
それは嘘だろう。
世界規模の登録者数を持つうちのクレーマーはその数が尋常じゃない。
それを一つの出版社や個人が請け負うには骨が折れるなんてものではないはずだ。だから僕も少し罪悪感が浮かんで、会うくらいならいいかという気持ちになった。
「どんな人? 後輩は会ったことある?」
「お名前は予々。でも実際に会うのは初めてですね」
「ふぅん」
それでも顔合わせしたい相手なのだろう。
数日後、忙しい時間を縫ってその人はやってきた。
まるで知り合いかのような軽薄さで、僕に呼びかける声の主は。
「やっほ、ヒー君。会いたかったわ」
「母、さん?」
14年前、高校卒業とともに僕の前から姿を消した、母親の姿がそこにあった。